第364話 vs.ピリオド・Round.7 其は赫き龍紋を刻みし当代最強の鎧なり

「うっ、くそ……お前ら、全員無事か……?」


 どうやら街中を歩いている最中に、四人同時に悪魔の憑依を受けたようで、精神世界に侵入してきたクソデカい蚤の化け物をブッ殺すことで、悪魔を体外へ叩き出したラヴァリールは、一緒にいたリョフメト、リラクタ、フクサの様子を確かめた。


「むふん! 大丈夫!」「なるほど、こういう感じなのね……」「しまった、殺してしまった! これ確か捻じ伏せるだけで済ませておけば、悪魔に力だけ借りられたんだよな!?」


 全員無事ではあったが、聞き捨てならない表現を聞き咎めるラヴァ。


「おいフクサ、滅多なこと言うもんじゃねぇぞ。てめぇ、うちらに対する異端認定の撤回を撤回されてぇのか?」

「名誉返上、汚名挽回というところか。それは困る!」

「あのね! フクちゃんバカだから、状況に合わせてわざと誤用してるのか、普通に間違えてるのか、あたしわかんないな!」

「リョフメト、お前そこまで口悪かったか!? ソネシエあたりに悪影響受けてないか!?」


 雪ん子ちゃんと頭ピカピカ女が揉め始めるのをよそに、思案げに黙り込んでいたリラクタが、ラヴァと眼を合わせて口を開いた。


「今、わたしたちはそれぞれおおよそ四分の一の力で支配されかけたわけだから、わりと簡単に跳ね除けられたけど……リューちゃんとデュロンくんは、これにフルで抵抗し切った後で、優勝決定戦をやっていたのよねー」

「言うな言うな、あいつらはどっかおかしいんだ。特にデュロンの野郎なんか、あたしらとは悪魔憑依の捉え方が違うんだろうよ。いい意味でか、悪い意味でかは知らねぇけどな」


 最近気づいたのだが、リュージュはキリギリスというよりは、サボりアリに近いのかもしれない。

 だからこういうときは率先して対処に走ったりするのだ。

 もっとも、そうでなくてはラヴァが惚れ込ん……いやなんでもない。


 益体もないことを考えたり喋ったりしていると、さっき寮で見た顔が二つ近づいてくる。


「おっすおっす〜。お姉さんたち全員かわいいね、良ければ俺たちとお茶しな〜い?」

「ナンパを挨拶だと思ってるタイプの子が来たわねー。やる気もないのに形だけ誘うのは、むしろ失礼だと思うわよー?」

「あっ、バレてら。俺振られたし、プリンピに交代〜」

「了解、アニキ! お姉ちゃんたち、音楽はなにを聴く!!?」

「気に入らない答え言ったら殺されそうな圧で訊いてくるよ、怖すぎるよ!」


 大失敗に終わったファーストコンタクトをなかったことにして、取り立て屋のブルーノは、差し当たりの連絡を済ませてくる。


「結構路地裏探したんだけどさ、術者っぽい奴とか全然いねぇわ。ていうかいくらなんでも、ピリオドくん活動時間長すぎ。うちのボスにも判断仰いだんだけど、なんか変だなって言ってるぜ」

「やっぱそうなのか……じゃ、あたしらにできることは……」

「……ちょっと待て。皆、あれを見ろ」


 不意に遮るフクサの声に、彼女の視線の先を辿った他の五人は、呆気に取られて黙り込み、しばらくしてリラクタが口を開く。


「なんかああいうの、前にも見たかもー」

「マジか……なんなんだ?」

「うーん、ああいう花火?」

「いやそれはない……こともないかもな」


 ミレインという街は頻繁に妙なことが起き、何度来ても飽きることがない。

 惜しむらくは観光客にも、戦闘能力や生存能力が求められることだろうか。




 怪電波を撒く影の靄、沸騰する横殴りの酸性雨、体表で増殖し棘が突き刺さる砂漠の薔薇、生成されては襲い来るカトラリー。

 これらをすべて捌いたものの、ドラゴスラヴは悪魔憑きに対する脅威認識を改めていた。


 特に最後のはヤバかった。普通の金属なら問題ないのだが、魔術を無効化する銀への変換が、ちょっと成功しかけていたのだ。

 しかしピリオドが手加減してくれたわけではなく、奴は今、灰鉄色の髪の美少年に憑依していて、せっかくのかわいい顔を苦渋で歪めているところだった。


「あークソ……どうも息吹ブレスってのは魔術と比べて、精度が低くていけねえな。元が大雑把なもんだから、属性重ねて強化しても、規模ばっかりがデカくなりやがる」

「なにを嘆いてんのかわかんねぇなぁ。そこが竜人族ドラゴニュートのいいところなのに」


 言いつつ少年を殴りかけるドラゴスラヴだったが、直前で気づいて、なんとか寸止めを成功させた。

 悪魔はすでにそこにはおらず、依代は意識を失って倒れ込むばかりだ。

 ではどこにいるかというと、灰茶色の髪の大柄な青年に乗り移っていて、いかにも気の良さそうなその顔に仮託して、迫真の演技で泣いてみせている。


「ドヌキヴ、ニェーニェ、オルガ、そしてフィリアーノ……お前たちの遺志は、俺が受け継ぐからな!」

「死んでねぇし、よく知らねぇが、ベナクくんはたぶんそういうこと言わない」

「おっ、コイツの名前はやっぱり知られてるみてえだな」

「彼自身は不本意だろうけどな。悪魔憑依、それも一方的に肉体の主導権を奪われるのが二回目ってのは、魔族としちゃあ悪名だろうぜ」

「言ってくれるね。だが曲がりなりにもここでてめえに勝ちゃ、無名に勝る勇名になるんじゃねえの?」

「そりゃあそうかもしれねぇけどよ、有名無実の間違いじゃねぇの」


 悪魔憑き相手に気さくなお喋りは、信仰上以外の意味合いでもまずかったかもしれない。

 口八丁はお手のもの、さすがに詐術はさるものだ。


 次いで言葉の代わりに不意打ちで放たれた息吹ブレスは、荒い砂礫の塵旋風。

 しかもただ肌を削るだけではない。錬成系か爆裂系で、悪魔の魔術が組み込まれ、襲い来る一粒一粒が爆薬と化している!


 こんなものを食らえば、並の魔族ではひとたまりもない。しかもベナクの肺活量は地力の時点で相当なようで、悠に一分間ほど息吹ブレスを放出し続ける。

 無限に上がり続けるのではと思われた煤埃と土煙が治まったとき、ドラゴスラヴの視界には、ピリオドがベナクの顔に浮かべた、驚愕の表情が映っている。


「な、ん、で……てめえ今のを正面から受けて無傷なんだ、ドラゴスラーヴ!?」

「あーあーハイハイ……お前がどういう勘違いをしてたのか、なんとなくわかったぜ」


 赤い魔力のシールドを掲げながら、当代最強の龍人ズメウは牙を剥いて笑う。


「確かに爆裂系の固有魔術は、発動速度と瞬間火力が命だ。基本的にはな。しかしだからっつって、防御に使ってもどうせ一瞬しか保たねぇだろうってのは、不見識が過ぎるぞ悪魔くん」


 ドラゴスラヴの固有魔術は〈過剰装甲オーバーアーマー〉といい、爆裂系の魔力シールドで全身を覆ったり、もう少し広げて一定範囲を守ったりするという、スーパーシンプルな能力である。

 特筆すべきは二点。一つは、攻撃を受けると同等以上の威力で弾いて防ぐ仕組みなため、第三者が防御範囲に入っていない状態で不用意に近づくと危ないという、軽い注意喚起。

 もう一つは、ドラゴスラヴの方から動いて対象に接触した場合も、〈過剰装甲オーバーアーマー〉は相手からぶつかってきたとみなし、必要以上の防衛力をもって報いるという、強い警告である。


 龍化変貌で発現した鱗の上から、全身に〈過剰装甲〉の魔力シールドを纏ったドラゴスラヴは、足場である屋根の煉瓦を蹴りつける。

 するとドラゴスラヴ自身の踏み込む脚力に、彼の屋根に対する抵抗力の反動が加算され、単純計算で倍の勢いをもって、彼の体は前方へ射出される……という具合なのだ。


 この固有魔術は終始この調子で、たとえば彼の不届き者がいた場合、結果的にドラゴスラヴが腕力のおおよそ倍の威力で爆撃パンチを食らわせることになってしまう。

 それがわかっているようで、ピリオドはベナクの砂礫息吹グラヴェルブレスを、外部放出から内部循環に切り替えて、竜化変貌した鱗の下を、さらに血肉でガチガチに固めてくる。


 そして反応も間に合ったようで、ドラゴスラヴが思い切り踏み込んだ右足に重心を乗せ、全速力で繰り出した右拳を、見事に左掌で受け止めてきた。

 だが残念、そちらは不発フェイントだ。


「!?」


 ベナクの皮膚を通して、ピリオドの動揺が伝わってくる。

 示威でもなんでもなく自然と舌舐めずりをしてしまうことを、ドラゴスラヴは他者事ひとごとのように自覚している。


 ドラゴスラヴの足の甲に肉の薄い部分を押し付け……いやもうこのややこしくていやらしい表記はやめよう。

 渾身の左上段回し蹴りをこめかみに食らったベナクは、爆速で錐揉み回転しながら吹っ飛んで、屋根の上から転げ落ちたかと思うと、石畳の地面に激突し、轟音とともに蜘蛛の巣状の亀裂を走らせた。

 いちおう生きてはいるようで、痙攣する彼の体から、ピリオドが出てきて罵倒しながら去った。


【バーカ、このタコ! 知能低い固有魔術しやがって、頭の程度が知れるわボケうんこ! もうちょい射程伸ばしてから出直してきやがれ!】

「なんなんだあいつ……敗けたくせに偉そうだし、語彙がガキになってるのに指摘はやたらと的確だし……」


 昔は自分しか守れなかったので、これでも範囲を広げた方なのだ。

 しかし爆裂系のわりに遠隔攻撃手段がないのは本当なので、やはり魔術の性能そのものに関しては、筋肉ダルマの野郎どもが頑張るより、才能溢れる魔女っ子ちゃんたちに任せた方が……とそこまで考えたところで、ドラゴスラヴは頭を抱えた。


「あっ!? そうだ、エーニャは無事なのか!? 先にそれだけは確認しねぇと!」


 今夜ミレインで起きるシスコン爆発が、この一ヶ所だけで済んだかはわからない。




 ギデオン行きつけのバーに行く途中、少し遠くの屋根の上から降ってきた強大な存在感に中てられて、恐怖を胸に振り仰いだフミネが投射したのは、華美で堅固な多層構造の装甲を纏う、臆病なほど重厚な鎧の戦士であった。

 全身がトゲトゲしたハリネズミのような概形をしていて、図らずも彼の根源を表しているのだろうかと思わざるを得ない。


 そんなものを背後に巨大な幻影として浮かび上がらされているのだから、ドラゴスラヴはさぞ気が散るだろうと思いきや、すでに対戦する悪魔憑きをブッ飛ばした後のようで、頭を抱えてオロオロしたかと思うと、屋根から跳び降りて姿が見えなくなった。

 相手がフミネの視界から外れたため、彼女の固有魔術〈共有幻想シェアイリュージョン〉が解除され、クソデカ背後霊が消える。

 勝手に発動してしまっていたフミネ自身が、一番ホッとした顔を見せているくらいだ。

 一方のギデオンはというと、浮かべざるを得ない卑屈な笑みが顔に馴染まず、自然と普段の仏頂面に戻っていくのを自覚していた。


「やはり半端ではないな……しかし、こうして遠巻きに憧れてばかりいると、自分で勝手に少々焦れてくる。デュロンの言い草ではないが、俺もあの男に一撃入れてみたくなった」

「その意気だよ」


 ぐっ、と拳を作ってエールを送ってくれるミュールとは対照的に、フミネとかいうキノコは完全に縮み上がっていた。


「むむむ、無理だよぉぉ……あのドラゴスラヴとかいう人、寮でニコニコごはん食べてた時点で、オーラが尋常じゃなかったもの……わたしやギデオンさんみたいなキノコ森の住民は、慎ましく隅っこで暮らすべきだと思うわけで」

「いつから俺もキノコになったのか知らないが……なるほど、正面から堂々とというのは無理かもな。つまり、暗殺か」

「なんでそうなるのぉぉ!? 妖精なんだから、少しは平和な思考をしてほしいのでぇぇ!」


 すぐに追いつけなくたっていい、背中も見えなくたって構わない。

 目指して走れば、少しは前に進めるだろう。

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