第363話 vs.ピリオド・Round.6 鎧など着るな

 メリクリーゼ・ヴィトゲンライツの固有魔術〈観念具現イデアアバター〉は、ざっくり言うと「なんでも斬れる光の剣を生成する」というものだ。


 その謳い文句に偽りはなく、ピリオドがドルフィ・エルザリードの〈反響酊威エコーチェンバー〉をベースに作成した重力崩壊魔術も、ナキニ・シモアーラの〈濾過泡膜フィルターバブル〉を氷属性でアレンジした概念凍結魔術も、サヨ・ピリランポの〈騒々心霊ポルターガイスト〉に毒の副次効果を付与した呪怨浸潤魔術も、すべてが回避・防御不能の高等攻撃魔術であるにも関わらず、メリクリーゼは一刀両断で吹き散らしてみせた。


 やはり祓魔官エクソシストの最高位である聖騎士パラディンは、伊達や酔狂で与えられうる称号ではない。

 発現した固有魔術の性能に頼り切りというわけでもなく、メリクリーゼは剣技自体も一流で、三人に自己再生込みで死なずに済むギリギリの重傷を与えて、完璧に無力化するという繊細な妙技を、憑依するピリオドに特等席で見せてくれた。


 仕方ない、ここはピリオドと同じうつろ属性を持つ、ターレット・スカーフィズくんの出番だ。

 コイツの固有魔術〈避役除厄カメレオンチャーム〉は、対峙した相手が苦手とする属性の魔術を、アトランダムで一つ放つことができる。

 つまり自動的に相手の弱点を割り出せるという解析機構も兼ねているため、困ったときにとりあえず撃ち得の便利能力なのだ!


「ケーッケケ! さあ食ら……えっ?」


 ところがどうした、メリクリーゼに向かって掲げたターレットくんの掌からは、スカッ……となんにも出やしない。本当に虚無である。

 あっさりと斬り捨てられて泡を吹く、役立たずのクソガキくんから脱出したピリオドに向かって、メリクリーゼは余裕の笑みを浮かべてくる。


「残念だったな。光属性に見えるだろうが、私のこれはいわば『斬る』という概念そのもの。それゆえなんでも斬れるという代物で、既存の属性にはどれにも当てはまりそうにない。すなわち私の固有魔術に、弱点などないということだ」

「あんまりでけえ口叩いてっと、敗けたときに後悔するぜ!」


 アホめ、とピリオドは心中で毒吐く。景気のいいハッタリをフカしやがって、わかっているのだ。

 なんでも斬れると言ったところで、たかだか魔族ごときの固有魔術。

 その対象はすべての魔術と、ほとんどの物質というのが実情だろう。

 霊体も、仮に悪魔すら斬れるとして、魔族に共通する弱点物質を、いくらコイツでも無視できるわけがない。


 最強の異能がなにかという、終わりのない議論にあえて一定の私見を示すなら……ことこの魔族どもが跋扈ばっこする世界においては、錬成系で間違いないだろうというのがピリオドの答えだ。


 その証左を示すため、ピリオドは地中に潜らせておいた五体目の依代に憑依し、石畳を広範に割ってド派手に登場する。

 太い腕を組んで胡座あぐらを掻いた小鉱精ドワーフの青年が、彼自身の錬金術により迫り上がる土塊を、彼が頭に乗る駆動木偶ゴーレムへと成形する。


 このガップアイという男は、若くして肉体も精神(魔術)もなかなか成熟しており、本来はそこまで気楽に乗り移れるレベルの相手ではないのだが……このときのコイツは二徹だか三徹の任務が終わって寝に帰る途中という最悪のコンディションだったようで、思いがけず超簡単に主導権奪取に成功したのだ。


 さあ、ここからが本番だ。ガップアイの固有魔術〈傀儡工廠ゴーレムメーカー〉をさらに錬成系の魔力で強化し、足元のデカブツくんに魔術的な因果を含めたピリオドは、即座にガップアイの体を後方の地面に跳び降りさせた。そうしないと危ないからだ、ガップアイが、そしてピリオド自身も。


 簡単な話である。十メートルほどの高さにまで立ち上げた盛り土を、同じ大きさの銀塊へと変換するのだ。

 それもできた瞬間に自重で圧壊し、メリクリーゼに向かって雪崩のごとく覆い被さり襲いかかるように!


 さて、聖騎士に正義があるか試してやろう。メリクリーゼの後ろには今、ドルフィ、サヨ、ターレット、ナキニが倒れている。

 メリクリーゼが身を躱せば、四人は十割死ぬだろう。そういう角度になるように、計算して倒したのだから!


 こいつは見物みものだ。なぜならメリクリーゼは十中八九、ガキどもを庇って銀山に呑まれる!


「……なるほど。舐められたものだな」


 なのでピリオドは、実際に起きた結果に対して、しばらく声も出せなかった。


 メリクリーゼはいつものように、光の剣をただ振るう。

 こと魔族に対しては、度外れた怪力による破壊などを除けば対処不能の天敵となるはずの巨大な銀塊が、チーズのようにあっさりとスライスされ、バランスを変えられて横様に倒れる。

 弱点物質の波動を感じたようで、周囲の家から住民である魔族たちが慌てて出てきて、メリクリーゼの誘導に従い避難していく。

 その様子を呆然と見送るしかないピリオドは、ようやく抗議を発するに至った。


「は……? いやいや、有り得ねえだろ。いくらなんでも斬るったって、魔力でできてる魔術の剣だ。銀を斬るのは原理的に不可能なはずだろ!?」

「やれやれ、教皇庁はもう少し広報部隊を拡充すべきかもしれんな。聖騎士パラディンである私の能力が、世界の観測者どもにすら知られていないとは、逆に由々しき事態だろう。

 悪魔よ悪魔。すまんな、説明の仕方が悪かった。こういう表現の方がわかりやすいだろうか?

 私の『なんでも斬る』は、ヒメキアの『なんでも治す』と、絶対値がほぼ同じだ。頭脳や精神には干渉できないという点まで、奇しくもそっくりなようでな」


 せっかく口を開いたら、今度は塞がらなくなるピリオド。

 上位存在である悪魔すら、銀の浄化・魔力無効化作用には抗えないのだ。

 つまりメリクリーゼの固有魔術は、悪魔のさらに上、神域とでも呼べる段階に到達していることになる。

 これはさすがに聞いていない、というかどうしようもない。


「おっと、鎧など錬成し、生半な防御でやり過ごそうとは考えてくれるなよ。元来私はあまり器用ではないんだ、あまり硬いと勢い余って、ガップアイを真っ二つにしてしまいかねない。なので大人しく退散してくれると助かる」


 言われなくても、悪足掻きなどする気はない。勝てないとわかった遊戯ゲームを続けるほど、ピリオドも暇ではないのだ。依代を放り出し、暗黒物質と化した悪魔は、夜気を浴びての逍遥を再開する。


【わかったわかった、めんどくせえ。そもそも俺らは弱い者いじめが好きなんだ、超越者様のガチンコ攻略なんざやってられるか。そういうのはもうちょい真面目な連中に任せるぜ】

「そうか。だが今このミレインに、お前たちがいじめられるような弱い者がいるのかな?」

【あーもういいから、そういう言葉の綾はさ。トンチで勝って楽しいか?】

「楽しいね。悪魔を負かすのは、他のなにより楽しいぞ。おそらく祓魔官エクソシストの職業病なんだろうな」

【そいつは高尚なこって。ならその高尚な身の程知らずを、命ある限り続けとけ! 今に自分が吐いた言葉に、知らず呑み込まれ苦しむ羽目になるだろうぜ!】


 この捨て台詞は負け惜しみでもあり、同時にそうでもないと言える。

 全国の美女・美少女の皆様へ、ピリオド様の予定を発表しましょう。


 次はドラゴスラヴくんと遊んじゃうよ。奴の末妹であるエヴロシニヤは、先ほどのベルエフへの敗北ですでに手放してしまったが、まだ掌握してるみたいなブラフを吹けば、多少は動揺してくれるだろう。それが隙になるかはわからないが、少なくとも爆弾野郎のシスコン面を拝見できるはずだ。奴に当てる切り札となる依代と同時並行で、もう一人ちょっかいをかける相手を今決めた。


 悪魔の前で不用意に誰かの名前を呼ぶと、そいつに取り憑いてしまう……これは悪魔が正規の召喚をされている際には、構造的に適用される法則だが、一方でジンクスとしての呪詛……いわゆる言霊としても作用しうる。

 現に今、ピリオドはメリクリーゼの発言で、改めてに大きな関心を持ってしまった。頭脳や精神には干渉できないというのは、そいつ自身そこの防壁があまり硬くないという蓋然性が見込める。


 享楽主義者に新しい玩具を放ってくれるとは、聖騎士パラディンという奴らもその名に恥じず、ずいぶんと高潔であるらしい!


 蚤の悪魔は揚々と、標的に向かって飛んでいく。

 存在しない唾液が糸を引き、静まり返った魔族どもの街に、陰鬱な邪気を撒き散らした。

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