第361話 vs.ピリオド・Round.4 其は鎧にあらず

 アクエリカの命令を受けて街へ駆り出され、暴走する野良猫たちの対処に従事していたメリクリーゼは、しばらく経ってリュージュのイヌハッカでそれが治まったのを確認すると、ひとまず元来た道を戻り始めた。

 そこで思いがけない怪異に遭遇する。


「おうおう、天下の聖騎士パラディン様が、なんつー格好してやがんだ?」

「その台詞、そっくりそのままお返ししたいものだな」


 どうもこの男は親友とその妻を殺されたトラウマで、聖騎士パラディンという肩書きそのものに対して反感を持っているようだが、それを理由にメリクリーゼを毛嫌いするのは、二重の意味で筋違いというものだ。

 ハザーク夫妻は教皇庁に宗教改革という名のクーデターを仕掛けた返り討ちという、言葉は悪いが自業自得で死んだわけだし……その事件が起きた十年前、メリクリーゼはまだ〈聖都〉ゾーラの片隅で成り上がりを画策する、一介の祓魔官エクソシストに過ぎなかったのだから。


 しかしそれすら今はどうでもよく、メリクリーゼは躊躇いがちに反問する。


「ベルエフさん、あなたどうして等身大いちごパフェに扮装しているんだ?」


 だいたい胸から股間くらいまでが深いグラスに埋まっており、その状態で満足に走れるとは思えず、いったいどうやって猫の対処に従事していたのだろう。

 あまり詳しく描写したくない、パフェのトッピング部分がどうなっているかは、個々の想像に委ねる。


「馬鹿野郎、等身大のパフェっつったら普通のパフェだろうが」

「そ、そうだな……いや、しかし、なんだ? なにかの罰ゲームなのか? それとも単純に正気を失っているだけか?」

「てめえあまりいちごパフェ様を愚弄すると、相応の報いを受けてもらうことになるぜ」

「私の方も今、あなたを異端として裁くべきか迷っているくらいなんだが……」


 自分に悪印象を持っている年上の下官に対し、にこやかに接せられるほど、メリクリーゼも性格が良いわけではない。

 二十センチ程度の身長差にも怯まず睨み上げていると、先に視線を外したのはベルエフの方だった。

 勝った、と思った後で、その幼い思考をひそかに恥じるメリクリーゼ。


「フン……今日のところは、その見事な執事の仮装に免じて見逃してやるぜ」

「ま、待て、誤解してくれるな。これはアクエリカに無理矢理着せられたもので……」

「そこまでやったんなら、寮のパーティに参加すりゃいいのによ。俺はお前の姿を見たら舌打ちするが、ソネシエやヒメキアは喜ぶと思うぜ」


 引っ詰めた長い銀髪をくしけずり、燕尾服の裾を整えながら、メリクリーゼは苦笑する。


「……いや、やめておく。上官の姿があると、どれだけ気さくに振る舞っても、皆どこか緊張して楽しめなくなるだろうというのが、アクエリカの考えだ。こちらは身内でこっそりやっている、気にしてくれるな」

「身内っつーと、お前さんと、アクエリカだけか?」

「と、ヴェロニカだな。あいつは結構メイド服が似合うぞ。しかも本人がわりと嫌がっているのがかわいいので、あなたも見に来ないか?」

「くっ……あのクソガキに対して一瞬でも心が動きかけた自分が憎いぜ……」

「そういえばあなたとヴェロニカは、十年来の付き合いなんだったか。あとアクエリカは」

「あー、あいつはアレだろ。どうせ『貴族のご令嬢の仮装』とか言って、自前のドレスを着て、お前とヴェロニカを侍らせるっていう遊びをやってるんだろ」

「よくわかるものだ……あなたは私より、アクエリカを理解しているかもしれないな」


 その声に寂寥の色が混じってしまったことに、メリクリーゼが自分で気づいたくらいなので、ベルエフが察せなかったはずもないだろう。

 もはや自嘲の笑みを隠しもせず、メリクリーゼは独白する。


「私は……ときどきあいつの考えていることがまったくわからなくなる」

「俺だってわからねえよ。特に今回の件はな」


 ベルエフがどこまで知った上で言っているのか、それもメリクリーゼはアクエリカから知らされていないため、曖昧に濁すしかなくなる。


「だろうな……そしてもう一つ付け加えるなら、私はアクエリカがどこまで知った上でとぼけているのかもわからないんだ」

「天下の聖騎士パラディン様も大変なんだな。しかし、それでもお前はあいつに最後までついていくのか?」


 核心を突く問いを唐突に投げられたメリクリーゼは、即答することができなかった。

 結局ノロノロと、中身のない言葉が口から漏れ出る。


「それも……わからないな。そのときになってみなければ」


 呆れられるかと思ったが、ベルエフは毒気の抜けた表情で笑うだけだった。


「それでいいんじゃねえのか? 行き当たりばったりなのは、俺たちだって同じことさ。だから別に、俺たちの味方でいろとは言わねえ。可能なら手を貸してほしいが、無理なら結構だ……ってのは、現状にも当て嵌まることだが」


 気づけば二人は、見知った十人の若者たちに囲まれていた。

 ピリオドにとってちょうどいい強さの連中だったようで、全員が本人はしないであろう、下卑た笑みを浮かべている。

 自然と背中合わせになった二人は、互いの肩越しになら、少しは素直な言葉を交わせるようになっていた。


「気をつけろよ、メリクリーゼ。こりゃ半分は罠だ。集団憑依の対象を減らすごとに、悪魔の力は濃度を増し、最後の一人が最強の一人に化けちまう」

「ああ……しかしその前にベルエフさん、あなたはいったいいつまで……」


 言い切る前に、言いかけた懸念が解消された。先陣を切ったエヴロシニヤが、もはや大量の極太光線と化した炎の糸で、容赦なく二人の胴部を、食い破らんと狙ってくる。

 メリクリーゼは光の剣で弾いたが、ベルエフはモロに食らった様子だった。


 だが砕けたのは彼の仮装だけで、その残骸を名残惜しそうに打ち棄てる、筋骨隆々の成体人狼は、感傷を振り払うように威勢よく謳う。


「勘違いすんなよ。俺が纏っていたいちごパフェは、俺を守る鎧じゃねえ。俺の力を封じる枷だったのさ!」

「すまない……私は今あなたがなにを言っているのかまったくわからない……!」


 ベルエフがいちごパフェの下に着ていた(この文章も大概意味がわからない)のが、普通の黒い肌着のような上下だったことだけが、メリクリーゼにとって唯一の救いだった。




「おいおい……今こんなことやってる場合じゃねぇんだがよ……」


 市内某所、別の地点。寮で見たメンツに囲まれるドラゴスラヴは、彼らに憑依している蚤の悪魔が、やけに冷笑を浮かべているのが気になった。


「ケケケケ……ホストハイドのお兄さん、そんなに急いでどこ行くの?」

「どうやら俺が、この事態の原因を理解してる数少ない一人のようだからな。解決に導ける、唯一のお人に会いにいくのさ」

「ほう。そいつはどこのどいつだい?」

「とぼけんじゃねぇ、てめぇが現在進行形で魔力パクってる相手に決まってんだろ。動かねぇようなら直談判してやろうってんだよ、たぶんその必要はねぇんだろうけどな」

「いいのかな? お前のかわいい末妹ちゃん、今俺らが掌握しちゃってんだけども」


 間髪入れず煽り返せなかったのは失点だ。それでも立て直すべく、ドラゴスラヴは犬歯を見せる。


「だったらなおのこと、さっさとてめぇを元の世界に突っ還さなきゃな」

「よくできました! 口喧嘩はお前の勝ちでいいよ、ドラゴスラヴくん! 代わりに四大名家の面汚しになってくれ!」


 ドラゴスラヴを囲んでいるのは、五人全員がラグロウル族であり、今年の〈ロウル・ロウン〉の出場者でもある。

 顕著な活躍を示した者こそいないが、いずれも(ドラゴスラヴも使い魔越しに観戦していたが、その限りでは)相手が悪かったという印象が強く、けっして実力を侮れる連中ではない。


「こんなこたあ言わなくてもわかってるだろうが、こいつら竜人ドラゴニュートとお前ら龍人ズメウの間に、格別の上下関係も互換関係も存在しねえ。舐めてかかると後悔するぜ?」

「それなら大丈夫だな。俺が舐めてるのは悪魔くん、お前だけだから」


 享楽主義者は短気なようで、一瞬でキレて、五体すべての依代でドラゴスラヴに襲いかかってきた。

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