第239話 脅かすものはなにもない
フクサというらしい酒呑みの子が残した禍根は大きく、いまだ死屍が累々している。
「ですわ……」
「なので……」
「遺言みてーに語尾を発するな……いや、気にする必要ねーぞ。一番ダメージ受けてるのは、今日の主賓だから。なあソネシエ?」
誰かが作ってくれた紙でできた王冠を被っている姪っ子は、デュロンを見上げる眼が紅に染まっていた。
「あなたを斬る」
「シンプルにこえーんですけど」
「わたしは激怒した。二次会は談話室でボードゲーム大会を開催し、友達作るの苦手族のみの参加を許可するものとする。なのでデュロン、リュージュ、オノリーヌ、兄さんは入ってきてはだめ」
「ござるっ!」「なのです!」「ふぅ……」
「おちびさんたちもそうだそうだと言っています」
「えーっ、うちらは!?」「煽ってごめんよ、委員長ちゃん!」
「……タピオラ姉妹は逆に友達作るの苦手そうなので許可する」
「おっしゃー!」「でも理由ひどくない!?」
「そ、ソネシエちゃん、あたしはだめ……?」
「ヒメキアは天使なのでよいものとする」
「やった! て、てんしじゃないけど、あたし、がんばるよ! おやつ持ってくね!」
「あたしはあたしは、ダメダメなのなの!?」「あたしは!?」「あたし〜」
「ネモネモ、ヨーカ、セーラも、特例として……」
「この王様、圧政敷いてるようで意外とゆるいぜ」
二次会に参加する面々が談話室へぞろぞろと移動したので、食事会の片付けはデュロンたちが行い、その後は食堂に残った自由参加の有志たちによる「シャルドネ叔母様を囲んでリャルリャドネ兄妹の話をする会」が開催された。
イリャヒ自身が普通に残っているので、この子いたたまれなくならないのかな? と心配していたシャルドネは、彼の左眼から涙の筋が流れているのに気づき、不用意に反応して彼に注目を集めてしまった。
「あ、いえ、すみません……あの子の口から『友達と遊ぶから入ってこないで』なんて言葉を聞けるとは思わなくて、つい嬉しくて感極まってしまい……」
「どんなタイミングなのかと思ってたら、そういう理由で泣いてたのかよ……」
「わかるわ〜。私もちょっと言われてみたいもの〜」
「あ、そういうもんなんだな……姉貴は? 姉貴は俺に対してそういうのある?」
「ん? んー……女連れてきたらとりあえず試すかね」
「こっっわ……真顔でなに言ってんの? なにを試すんだそれは」
「優勝」
「なにが? なんで優勝したの俺らは? なにが競われてたの?」
「……」「……」
「そんでそこのバカップルはなにをきっかけに燃え上がって熱烈に見つめ合ってんだ……おいマジで今夜だけはやめろ、未成年の客が何人いると思ってる、自重しやがれ」
「悪いなデュロン。愛という花は、咲く場所や時期を選ばないんだ」
「もはや誰なんだよお前は。ダメだよ、やめろったらやめろ」
「ごめんねデュロンくん……うるさくするかもしれないけど、ちょっとだけ我慢して。天井のシミを数えてたらすぐ終わるから」
「なんでダダ漏れの音だけ聞かされるのにそんなこと言われなきゃならねーんだよ。だからやめろっつってんだろ、それか他所でやれ」
とか言っていたらギデオンとパルテノイが本当にどこかへしけ込んでしまったのでそれはそれで複雑な気分になりつつ、やがて「シャルドネ・リャルリャドネの会(略称)」もお開きとなり、シャルドネ、イリャヒ、オノリーヌ、リュージュ、デュロンは、談話室をこっそり覗きに行った。
ランプの火は絶えねど、夜が深まり自然と明度が落ちた広い寛ぎ空間の中で、ソファが丸く囲われた一角があり、そこで小さな体がいくつも、失敗したドミノのようになっている様子を発見できた。
ゲームに興じている間に全員寝こけてしまったようで、みんな隣の子にもたれたり、もたれ損ねて座面に転がったりして、思い思いの姿勢で静かに息を立てている。
何度か並びをシャッフルした痕跡があり、最終的に小さな王冠を被った長い黒髪の吸血鬼は、金髪縦ロールの同族の子と、つるんとした髪型の
「……!」
起こしてはかわいそうだ。シャルドネはまたしても込み上げてきた嗚咽を堪え、この光景を見ることができた喜びを噛み締め、努めて胸の内だけで咽び泣いた。
オノリーヌとリュージュが背中をさすってくれたため、なんとか落ち着いてきたシャルドネは、ふとドミノちゃんたちの中に、一人だけ倒れていない子がいることに気づく。
意外と宵っ張りだというヒメキアちゃんだ。お下げの子と涙メイクの子に挟まれて、離席できずに困り笑いを浮かべていた彼女は、両脇の子たちをハザーク姉弟が支えている間に、イリャヒが腋を抱えてすっぽ抜くことで救出された。
ばんざいの姿勢で床へと降り立った彼女は、シャルドネに向かって、にっこり笑いかけてくる。
止めようとしても涙が溢れ、シャルドネはせめて囁くように喘いだ。
「みんな、本当にありがとう……! これからもソネシエと、イリャヒと、仲良くしてあげてね……!」
辛うじて視界に映るヒメキアのお腹の高さに、彼女の小さな手が右手の人差し指を突き出すのが見え、他に三つ、それらが重ねられた。
こんなに幸福な夜はなかった。
こんなに温かい涙を流したのは初めてだ。
シャルドネは誰憚ることなく、子供のように泣くことができていた。
月の光が降り注ぐ。吸血鬼たちを脅かすものは、もはやなにもない。
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