第205話 今さらだけど、もう二人きりじゃない

 やはりショックを受けたようで、ヒメキアの見開いた翡翠の眼に涙が浮かんだが、彼女はそれを瞬きで消し、不安を払うように頭を振って、まっすぐに二人を見つめ返してくる。

 やはりここぞというときに強い子だなと、イリャヒは改めて再認識した。


「そっか……デュロンとソネシエちゃん、いなくなっちゃったんだ……じゃあ、あたしたちが見つけてあげないといけないよね」

「よく言ってくれた、その通りなのだよ。二人とも本当に良い仲間を持っ……」


 いきなり凄まじい音がしたので、三人で振り向くと、どうやらミニテーブルに足を引っ掛けてスッ転んだようで、たまたま遊びにきていたらしい長森精エルフの少女が、恐縮赤面状態で慌てて起き上がるところだった。

 そのまま素早く近づいてきて、胸の前で両手を祈るようにギュッと握りしめながら尋ねてくる。


「いっ、今、聞こえてしまったんですけど……ソネシエがいなくなったって、ほんとなので!?」

「落ち着きたまえ、フミネ。まだ行方がようとして知れないだけで、理由も元凶も判然としない段階なのだよ」

「そ、そうなんですね……あっ、ヒメキアちゃん……その、落ち込まないで……と、言っていいかわからないわけで……」


 彼女におずおずと抱きしめられるヒメキアもまた、なんと言っていいかわからないようで、弱々しい笑みを返すだけだ。

 二人のためにも、早くなんとかしないといけない。しかし、具体的には……?


 その問いに答えるかのように、正面扉がいつものようにドバーン! と、事態そのものを打開するかのように開け放たれて、華のある声と姿が舞い込んできた。


「おーっほっほっゲッホゲホ! この笑い方、喉に負担かかりますの! ソネシエ、おりますこと!? 遊びでも負けないのが我がハモッドハニーの家訓! 今夜こそ最強カードを……あれ、皆様、どういたしまし……ですわ? のん?」


 戸惑いすぎて語尾を見失った迷子のお嬢様が、しかしただならぬ雰囲気は逃さず捉えた上で、邪魔していいものかとまごついていた。

 イリャヒが手招きすると、脱帽し一礼する執事とともに入ってきて、手近な者に事情を問い質し始めた。


 目配せを受けたフクリナシが取って返すのを見送り、エルネヴァはひとまず場を和らげようと考えてくれたようで、今夜も丁寧に巻いてきた美しい金髪を、大仰に掻き上げてため息を吐いてみせる。


「まったく、手のかかるお子ちゃまですわ。ミイラ取りがミイラになる……とは少し違いますけれど、自分が謎の一部と化してどうしますの? まあデュロンさんがついておられるとのことですから、大事ないとは思いますわ。しかし……」


 イリャヒ、オノリーヌ、フミネ、ヒメキアの顔へ順に視線を送った彼女は、皆の気持ちを汲み取ったようで、なにかを言いかけたが、また新しくドバーン! と入ってきた、姦しい声に遮られる。


「呼ばれて飛び出てタピオラァン!」

「呼ばれてないけどタピオラァス!」

「ちょ、ちょっと待って二人とも! 明らかにそういう雰囲気じゃないよ!?」

「なぁーんですわのん、あなたたちはぁ!? ……あっ、その髪色はもしや、この前来ておられたラグロウル族の竜人戦士の方々ですの?」


 エルネヴァの指摘を受けて、ニゲル、ヨケル、そしてリョフメトが、全体で翼竜をイメージしたらしき、組体操のような合体型キメポーズを披露してくる。

 タピオラ姉妹はノリノリだが、リョフメトは恥ずかしそうに顔を赤らめていて、やらされてる感が否めない。


「まっことその通り!」「うちら三人、なんとミレイン大使に任命されちゃったのさ!」

「といっても、ほとんどただの連絡係だけどね!」「でもお礼にアイスをもらえるぜ!」

「ね、ねえ……このポーズ本当に必要なのかなあ」

「黙れや、彼氏持ちの意見は聞いてないんだよ」「ラグロウルの掟で決まってんだよアバズレが」

「ひどくない!? あとアイスはいらないよ、どうせ例のやつでしょ!?」

「贅沢者め。じゃ選ばせてやんよ」「インコ味のアイスか、アイス味のインコかをな!」

「アイス味のインコってなに!? 怖すぎるよ!? ……あっ、ごめんなさい! なにか深刻な話をしていたっぽいよね……? あの、もし良かったら、あたしたちにも……」


 オノリーヌが掻い摘んで状況を説明すると、途端に三人の表情が深刻なものに変わった。

 そういえばこの子たちは〈ロウル・ロウン〉の期間中、ソネシエと特に仲良くしてくれた三人だったなと、イリャヒはもはや遠い昔の出来事であるかのように想起する。


「マジ? うちらの委員長ちゃん、ピンチなんじゃん」「こりゃ一肌脱がなきゃならないでしょ」

「そうだね! むふん……そ、そうだ、ヒメちゃんフミちゃん!」


 意気込んで鼻息を吐いたリョフメトがグイッと前へ出ると、臆病な二人がビクッと反応した。

 その様子を見てわちゃわちゃしつつも、リョフメトは勇気を持続させる。


「あ、あたしはほら、ソネちゃんと同じ、冷気属性だから!」

「「??」」

「え、ええと、その……ちょっとの間だけ、良かったらあたしがソネちゃんの代わりに、な、なり……ななななんでもない!」


 顔から湯気を出して引っ込みかけた雪ん子ちゃんを、理解が及んだフミネとヒメキアが抱き留めた。

 その様子を横目で見て微笑みつつも、タピオラ姉妹とエルネヴァが冷静に検討してくれる。

 そして今帰ってきたばかりのリュージュが、腕を組んで考え込んでいるオノリーヌに声をかけるところだった。


 もちろん半分はデュロンに対してのものだということはわかっている。

 しかしこれだけ多くの子たちが、ソネシエを心配してくれる。


 イリャヒはその事実だけで、少し満足を得てしまう彼自身を、叱咤しなくてはならなかった。

 結果、二人が帰ってこなければ、なにも嬉しくはないのだから。

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