第204話 おまじないは何度唱えてもいい

 メリクリーゼの勢いに面食らいつつも、おっさんは洗いざらい話してくれる。


「ていうか俺、そいつらが襲われてるとこを助けたかも」

「本当か!? ありがとうございます!」

「急に殊勝だな……いいってことよ。えーと、ほら……あの洒落た雰囲気の……」

「シャントレゼ通りかな?」

「そうそれ。そこを西の方へ走ってくるのに鉢合わせしたよ。すげぇ勢いで逃げてたから、その後どこへ行ったかはわかんねぇけどな」

「そうか……ご協力に感謝する!」


 とはいえ、それはそれとして、この男は依然めちゃくちゃ怪しかった。

 その言いにくいことを、黙りこくっていた男が代弁してくれる。


「メリクリーゼ、こいつは俺が見ておく。他になにも見つからなければ、この男が唯一の端緒となるわけだから、そのときに姿を消されていては困るだろう。俺の能力なら、まず逃すことはないから、適任じゃないか?」

「お、おお……そうか。なら、頼んだぞ」


 ギデオンの意外な申し出に安心しかけたメリクリーゼだったが、次の言葉で仰天した。


「ああ、任せろ。ところでムッシュー、俺と手合わせしてくれないか?」

「なんでそうなる!? 一般市民相手で、しかも往来の真ん中だぞ!?」

「やめなよギデオンくん! おじさんだって悪気があって歌ってるわけじゃないんだよ!」

「なんかめちゃくちゃ傷つくことを言われた気がするが……俺は構わねぇぜ、ぼうず? いっちょ揉んでやろうかな!」

「いや、止した方が……というわけでもないのは、まあ、そうか……」

「ちょっと、メリクリーゼさんまで!?」


 実際このおっさん、体格も大柄だし、筋骨の練度もベルエフか、下手すればそれ以上ある。

 本当になんでこんなのがその辺をフラフラしているのだ……というのは、「それが魔族社会だから」としか言いようがない。


 たとえばラスタード四大名家の一角を占めるホストハイド家は、次代の後継者のはずの最強長男が、常にその辺をフラフラしていることで有名だったりする。

 メリクリーゼも直接会ったことがあるのだが、あんな歩く爆弾みたいな奴を放置しておくのはどうかと思う。


 ともかく他に善後策もないため、ギデオンをその場に残して、メリクリーゼとパルテノイは四番街方面へ向かった。

 しかしその途中で、彼女たちはまたしても足を止めることになる。


「……ん? なんだ、あいつは……?」


 通りの真ん中に黒いローブを着て、フードを目深に被った人物が、なにごとかをブツブツ呟きながら、ウロウロと挙動不審に歩き回っているのだ。

 かなり切羽詰まっているようで、メリクリーゼが背後から近づいても、まったく気づかない。


「ソネシエ……殺す……絶対に許さない……教会も信用できない……どこに消え……まだ遠くには……だけど……」

「もし、どうされた?」

「!?」


 驚き振り返った際にフードが揺れ、その奥にある疲れた雰囲気の、陰気な表情をした女の顔を、メリクリーゼははっきりと視認した。

 そして音属性かはわからないが、並の魔族と呼ぶには明らかに多すぎる、確かな魔力の波動も感じたのだ。


 それは勘違いではなかったようで、女はローブの背を破り、魔力構築物である黒い翼を迅速に展開して、あっという間に四番街方面へ飛び去ってしまった。


「くそ!」


〈美麗祭〉ではヴィクターに「あっ、あんなところにドラゴンが!」で逃げられたほどだ。

 メリクリーゼは改めて、自分の機動力・追跡力の低さを痛感する羽目となった。


『構いません。こちらは任せなさい』


 しかし伸ばした腕に這う蛇が、即座に発破をかけてくる。

 気配が増えたのを感じて振り返ると、パルテノイの傍にギデオンが現れるところだった。


『さっきの歌の人は、代わりにわたくしの使い魔がマークしているわ。

 だから気にせず、行くのよメリクリーゼ!』

「御意!」


 聖騎士は後顧の憂いなく、光の剣を生成し、喜び勇んで影へと邁進する。

 愛弟子と期待の星をこの手で救えるのなら、それ以上の栄誉などないのだから。




 もはや完全に夜の帳は降りてしまった。

 イリャヒがオノリーヌとともに寮へ帰ると、ヒメキアが談話室でぽつねんと待っていて、寂しさを紛らわすためか猫をこねこねしながら、しきりにおまじないを唱えている。


「デュローン……デュロンデュロンデュロンデュロン……」

「ヒメキア、そんなにたくさん呼んでもデュロンは増えませんよ」

「あっ、イリャヒさん、オノ! おかえりなさい! あのね、デュロンがまだ帰ってこないよ……今夜はあたしとねこたちと遊んでくれるって約束してたんだけど、おしごと長引いてるなら、仕方ないよねーって……」

「ヒメキア、そのことについて話があるからして」

「デュロンの? ……それに、ソネシエちゃんもいないよね……あたしてっきりイリャヒさんと一緒にいるんだと思ってたけど……違う、みたいだね」


 不穏な気配を感じ取ったようで、早くも顔を曇らせるヒメキアに、二人は事態について、掻い摘んで話して聞かせる。

 彼女の足元に猫たちが集まってきて、不安を慰めるように、か細く鳴き始めた。

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