第203話 捜査戦線異常だぜ
パルテノイとギデオンを連れて三番街へやって来たメリクリーゼは、ひとまずアクエリカが残しているという目印を探して歩く。
三番街の様子はというと静穏そのもので、通行者の何人かに話を聞いてみるが、「神託らしきものが聞こえた」「あのときはあの声に従わなければならないような気がした、今思えばどうかしていた」という主旨の陳述が大半だった。
建物の中に入っていた者は、まったく、あるいはほとんど聞こえなかったようだが、指向性や効果範囲の問題なのだろう。
しばらく進むと、三人の小さな女の子が、楽しそうにクルクル回っているのに出くわした。
なにをしているのだろうと訝っていたが、彼女たちの足元に二匹いる小さな青い有翼の蛇たちが、地面スレスレの空中で、天に昇るようにクルクルととぐろを巻いているのを、真似して踊っているようだった。
あれがアクエリカの使い魔であり、彼女自身の象徴だというのは、もはや彼女たちくらい幼い子たちでも知っているらしい。
邪魔するのは気が引けるので遠巻きに見守りつつ、メリクリーゼは自分の腕に這う、別の一匹に話しかけた。
「あれだな。つまりあそこであの、ソネシエとデュロンくんにくっついていた二匹が、〈悪霊〉の怪音を食らって気絶してしまい、二人を見失ったと」
『責めてる? メリーちゃんもわたくしを責めてる?』
「責めてない責めてない、ただの確認だ。だから泣くな、幼女が四人に増える」
『誰が幼女ですか。こほん……蛇には外耳や鼓膜がないけど、体全体が振動を捉える形で、それらの役割を代行しているわ。だからむしろ音には敏感なの。
というか使い魔に向いている動物は、聴覚の優れているものが多い傾向があるかもしれないわね。
鴉や梟、蝙蝠、そして……』
『猫もそうだ』
「キャアッ!? シャベッタ!?」
いつの間にか近づいてきていた野良猫がいきなり話しかけてきたら、そういう反応にもなる。
しかしびっくりしたパルテノイに飛び退かれたことで、エルンスト・ペリツェは使い魔の顔に、いささか不本意そうな表情を浮かべてみせた。
ベルエフが「上に掛け合う」と言っていたようだが、喧嘩を吹っ掛けるとかそういうことでなく、普通に監視元に照会するという意味だったようだ。
ひそかに胸を撫で下ろす手をそのままに、メリクリーゼはお辞儀する。
「ご機嫌麗しゅう、ペリツェ公。やはり貴殿の猫たちも、〈悪霊〉の怪音を嫌いますか」
『あの時間になると、どうもダメだな。こんな古典的な盲点にも気づかないとは、我ながら長命の叡智も程度が知れる。
天網恢々疎にして漏らす、では冗談にもならん。私やアクエリカが今やっているような、直接感覚を同期するというのは、一匹ずつしかできんからな。
たまたま現行犯を真ん前で目撃する機会を得るというのは、奇跡の領域に相違ない。
もっとも聞くところによるとどこぞの枢機卿猊下は、それすら味方につけるようだが』
『ケッ……使えないわね、センチュリー引きこもり猫フェチ親爺』
『なにか言ったか、頭の中まで蛇ミチミチの陰険女? 腹黒すぎて内臓透視したら真っ暗闇しか映らんのじゃないか?』
『いちおう訊いておくわね? あなた、ウォルコが猫の管理をいい加減にしていたら、ヒメキアの私生活も覗き見するつもりだったわけ? それはちょっと絵面が犯罪すぎましてよ?』
シャーッ! と大人気なく威嚇し合う蛇と猫には勝手にやってもらうとして、メリクリーゼは頼れる後輩に尋ねた。
「どうだ、パルテノイ? なにかわかったか?」
「うーん……おかしいです、メリクリーゼさん。普通なら見えない、石畳の上のわずかな砂塵が形成する足跡も、わたしの眼なら捉えられるはずなんですけど……まったくない、というか、これは……」
「音圧で
横から口を挟んだギデオンの問いに対し、パルテノイは首肯してみせる。
戦闘妖精はため息を吐き、赤い帽子を押さえて苦言を呈した。
「やれやれ、慣れ親しんだ街中で完全に迷子になるとは、面倒な奴らだな」
「ギデオンくん、そんなこと言わないであげてよ。探してあげよう? ね?」
「……まあ、訓練相手が二人消えるというのは、俺としても都合が悪い。仕方がないな」
「おいギデオン、お前の性格はもうバレてるからな?」
「なんのことだかわからん。手がかりがない以上、この場にもう用はないだろう。他を当たるぞ」
彼の言う通りではあるので、三人は自称ミレイン支配者の二人を放置し、三番街を練り歩く。
程なくしてメリクリーゼは異様な音と、それに伴う魔力の放射を感知したため、二人を連れて現場へ急行する。
だが結論から言うと、どうやら〈悪霊〉とは別口のようだった。
「♫俺〜は〜
もじゃもじゃ頭のおっさんが広場で気持ちよく歌っているのだが、音程がめちゃくちゃな上に声量がブッ壊れている。
しかも込めるでもなく音に自然と魔力が乗っていて、ほとんど音波攻撃と化して放たれているのだ。
しかもこの場で音属性の固有魔術として、識別名を与えたいくらいの威力である。
「♫俺〜は〜
「もう少し小さい声で歌うのがいいと思います」
「あそう……? ごめんね……?」
メリクリーゼは感心半分、呆れ半分で顔を片手で覆った。
たまにいるのだ。こういう別段どこで鍛えたわけでもない、在野にポッと現れる天然の強者が。
パルテノイがおっさんを物珍しそうに凝視していると、アクエリカの使い魔が彼女の首元で囁いた。
「パルちゃん、その人は気にしなくていいわよ」
「わかりました! エリカ様がそうおっしゃるのなら!」
「いいのか……いや、確かに怪音の実行犯が、こんなところで油を売っているどころか、単独リサイタルを開いているとは思えんしな……」
「おおともよ! こまけぇこたぁいいんだよ、聞いてけ俺の声を! ♫天下無双の……」
「ああもう、その危険な歌をやめろ! というか、普通にやかましい!」
若干傷ついたおっさんが一時的に黙ったので、メリクリーゼはいちおうと思って、ソネシエとデュロンの風体を伝えてみたのだが、意外なことにこれが大当たりだった。
「ん? その二人なら、さっき四番街で会ったぜ」
「なんだと!? 詳しく頼む!」
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