第49話 血の話をしましょう
しかしそう考えるとますます、昨夜の失態がやるせない。
食堂で他の誰よりも見知った姿を見つけ、デュロンの中でその思いはさらに膨らんだ。
「……よう、姉貴。あー、その……相席よろしいですか?」
「気まずいのはわかるけれど、そこまでよそよそしくされるとこちらが傷つくのだよ……まるでわたしがネチネチ説教垂れたがる卑しい姉みたいに聞こえるではないかね、やめたまえよ」
オノリーヌ・ハザークはデュロンと同じ色の眼と髪を持つ、彼の実姉である。
顔はパーツ的にはそこそこ似ているはずなのだが、なぜか弟は凶暴な悪人面、姉は知的な美人という、弟としては若干納得のいかない分化を遂げている。
ちょいちょい、と机を叩く彼女の誘いに乗り、デュロンたちは同じ卓に就いた。
後から枯れ木と化したリュージュがのそのそと現れるので、仕方なく加えてやる。
結婚前提の交際を申し込んでくるリュージュをいつもの要領であしらいながら、オノがズバリと切り出すので、デュロンはビクリとなった(そしてなぜかこの件に関係ないはずのヒメキアも、つられてビクリとしている)。
「昨夜は災難だったようだね。第三者の介入事案とは珍しい」
「……やっぱ上で問題になってるよな?」
「いや、そこまでは。確かにノチェンコもタリアートも、最終的には処刑されたかもしれないものの、まだ利用価値は残っていた。そこは否定しないけれども、主に取り沙汰されているのは刺客の方だね。オーバーオールに、赤い帽子の男だったか」
自分たちが上げた報告のフィードバックを受け、デュロンとソネシエは昨夜の襲撃犯の姿を思い起こす。
剣呑なその色の正体に、実は2人とも薄々心当たりはあった。
2人の顔色を読み取ったようで、さもありなんという感じで、オノが代弁する。
「所属は不明だけれど、種族は自明なのだね。わざわざ至近まで迫ったということは近接戦闘に覚えがあり、そもそもその移動能力自体も記憶にある。
なによりも赤い帽子を無視するわけにはいかないどころか、そのまま素直に種族名として呼べば事足りるのであるからして」
「
「それに混血も進んで、体格もある程度均質化されてきている。あの男は齢も背も、兄さんより少し上くらいだった」
「ん? 呼びました?」
「呼んだ」
「いや呼んでねーよ」
「どっちなのです?」
「呼んだけれど、呼んでいない」
「呼んでねーけど、まあ呼んだ」
「私を弄ぶのやめてもらえません!?」
イリャヒとリュージュは基本うるさいので、ヒメキアの猫たちに若干嫌われている。
それはまあいいとして、血の話をするなら、やはり吸血鬼を例に出し、吸血鬼の口から語られるのが相応しいようだ。
結構大切な話なのだが、どうやらウォルコはそこまで教えていかなかったらしく、よくわかっていない様子のヒメキアに向かって、ソネシエが説明を始めた。
「魔族と一括りにされているだけあって、わたしたちは異種族間で仔を生せるけれど、種族としての能力や特質、あるいはそれに基づく識別は、ほとんどが父母どちらかの系譜に傾く」
ガタリ、とイリャヒが席を立ち、黒板に向かって歩くので、デュロンはうんざりして制止する。
「おいおい、待て待て、やめろやめろ。なにをする気だ? テメーは大人しく飯食ってろ」
「なにって、解説図を描くに決まってるじゃないですか?」
「いっぺんでも解説できる図を描いてから言えよ!? 逆に混乱の元なんだよ!」
なにを言っているのかわからない、というふうに肩をすくめ、白墨を手にするイリャヒ。下手の横好きとはまさにこのことで、止めようがない。
そしてソネシエは一切気にせず続行している。
「たとえば人狼と吸血鬼のハーフとして
大抵は血の強い方……戦闘能力含む、『魔族としての素質』が高い方の親と同じ種族として、この世に生を受けることになる」
案の定、イリャヒが黒板で毛だらけのトラバサミと壊れた傘を合成し、壊れた毛だらけの傘のような悲しい怪物の絵を爆誕させている。満足げな表情を鑑みるに、どうやら渾身の出来のようだ。
ソネシエは兄製のキメラには一切触れず、ヒメキアの顔を見ながら真剣に喋る。
「魔族社会黎明期には、その繊細なバランスにすら歪んだ平等をもたらそうと、『血の均質化』というあまりに極端な思想が持ち上がったけれど、難しい上に大した意味がないため、すぐに廃れた。
しかし今でも……これは現実問題として、種族にこだわりのある魔族たちは自らの血を『確実に残し、それでいて精強に保つ』という、ギリギリのジレンマを演じてきた」
「そっかー……ソネシエちゃんとあたしが子どもを作ったら、なんて種族になるのかな?」
「……それは……技術による」
「現時点では無理だとはっきり言ってやりなさい、それも優しさですよ」
と言いつつ、イリャヒの右手は勝手に黒板上を這い回り、壊れた傘と羽毛布団を合成していた。逆にむしろ毎回正確に壊れた傘を出力することに凄味を感じる。
……しかしおそらく前例がないので、仮に種族名を付けるなら、
「そっかー、無理なんだー」
「とても残念に思う」
「おい誰かツッコミ入れろ」
「やめたまえ、デリケートな部分だ。茶化していい領域ではないのだよ」
「姉貴が正しい。しかし、俺が怒られてるのはなぜなんだろう」
というか、さっきから黙って聞いていたが、人狼姉弟と吸血鬼兄妹が揃っている席で、単なる仮定とはいえ、よく人狼と吸血鬼を掛け合わせる話ができるなと、デュロンはソネシエにある意味で感心した。このおちび、純粋すぎるせいで、そのあたりのデリカシーが逆にまったくないのかもしれない。
そしておちびはデュロンを不躾に一瞥し、さらなるデリカシーのなさを発揮し始めた。
「デュロン・ハザークを例に取ると」
「お前俺が相手がならわりとなに言ってもいいと思ってるよな……」
「ハザーク家は人狼の名家とされている」
聞く耳持たなすぎる。デュロン側が静聴するしかないらしい。腹立つので相槌だけ打っておく。
「はいはい、されてるな、そうだな。そんで?」
「ハザークの人狼の血が脈々と受け継がれる中で淘汰され掻き消されることを防ぐためには、デュロンは同族でも他族でもよいけれど、自分より魔族としての才の薄い女と結婚する必要がある。たとえば、わたしなどは不可中の不可」
「ずいぶんな自信だが、否定はしねーわ」
「そう。しかしそうした
いいじゃねーか、と言いたいところだが、過去の栄光というのは、言い換えれば現在において糞詰まりを起こしているということだ。どのようなスケールやスパンであっても、やはり日進月歩が望ましい。
もっとも実際はそこまで厳密ではなく、あくまで傾向として捉えた方がいいかもしれない。
そしてそもそもの話として、デュロンらくらいまで世代を下ると、もはや時代錯誤の血統主義に固執する者も少数派で、デュロン自身も関心がない。
イリャヒがめちゃくちゃ撓んだあみだくじのようななにがしたいのかわからないものを手で書きながら、口では明瞭な解説を発してきた。
「そう、なのである程度強い血を、食われない隙を見て取り込まないといけないわけですね。
どこか悪魔憑依のジレンマに似ていますね。悪魔からすれば強い依代に憑依したい。しかしあまりに強い個体に入ると主導権を奪われてしまう。
それを『血』や『家』のレベルで調整しようとしたバカ貴族がいたとか、いないとか」
兄に頷き、ソネシエが論を締め括る。
「妖精族に関して言うなら、基本的に小柄な種族が多いので、混血を進めた結果、体格が大きくなっているという傾向があるそう。
わたしとデュロンが昨夜遭遇した赤帽妖精の男も、そういった手合いの1人と思われる」
ようやく話が戻ってきた。
リュージュがスプーンを咥え、椅子の背もたれに体重を預けて、口を開いた。彼女を身振りで注意しつつも、オノリーヌがそれを補足する。
「牙と鉤爪は退化したらしいな。だが近接戦闘への適性と、それを補強する装備は健在だとか。
鉄製の長靴に、自慢の手斧、投石。地を突く杖も若年個体なら普通に武器である。
そして残虐な事件が起きた場所に出没し、新たに発生させた犠牲者の血で帽子を染め直すという基本性質も、当然そのままであろうな」
「さらに東洋の縮地法にも似た瞬間踏破術を使い、一気に距離を詰めてくるという能力も持つ。
空間制御なのか高速移動なのかは厳密に解明されていないのだけれど、とにかく相手を視認すると同時に肉薄するという条件発動の種族固有能力であることは間違いない。
自分から相手に接近する形でしか使えないものの、油断すると一発で奇襲を食らうのだよ」
まさに油断して不意を突かれたというのが、昨夜の失態だった。
あれがデュロンやソネシエ自身だったらと思うと、文字通り寝首を掻かれたタリアートやノチェンコを笑ってもいられない。
「ヤベーな……俺みてーな近接特化の肉弾オンリーだと、いかに弾幕を掻い潜って高火力の魔術屋をブッ飛ばすかってのに、半分くらい存在意義を置いてると言っていい。
その『距離を詰める』って第一要件を視認発動の特殊能力で突破しちまうってのは、競合するとかなりキツいぜ」
「そしてもう半分はもちろん前衛同士で殴り勝つことにあるのだけれど、そちらは楽勝なのだと言っている……そう解釈していいのかね?」
「よくねーよ。よくねーが……負けねーように努力しますクソ野郎」
「よく言ったね。いい子だ。よしよし♫」
「頭撫でんなバカ姉貴。代わりにヒメキアを撫でればいいだろ」
「うむ、そうしよう」
「わー! あたし、代わりに撫でられる用の人じゃないよ!」
抵抗しつつもまんざらでもなさそうなヒメキアを眺め、ほんわかした空気になるが、すぐに血生臭い話に戻っていく。
夜が更けるが、若い魔族たちの議論は、もう少し時間をかけて煮詰まっていく。
再開の口火を切ったのは、イリャヒだった。
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