第45話 紛れ込んだ蚊と蝿


 両勢力は最高潮で激突する……が。


「ん?」「なんだ……?」


 リーダー同士として対峙し、最初の一撃を放とうとした2人は、動きを止めた。どうも周囲の様子がおかしい。

 それぞれの部隊の後方から悲鳴や喘鳴が聞こえ、それがそれぞれ最前線へと上がってきているのだ。


「「…………ッ」」


 互いに相手から目線を切れずにいたノチェンコとタリアートだったが、ついにたまりかね、体ごと振り向いた。


 しかし時すでに遅し。死神は俊足で、惨状は撒かれた後だ。


「なんだと!?」「バカな!!」


 人狼ノチェンコの子分たちは灰色のフードを被った小柄な少年に引きずり回され、地に叩き伏せられるところだった。

 蝿を模した仮面を着け、フードの隙間からくすんだ金髪がはみ出る彼は、恐るべき膂力と機動性で、パッと見は何倍もある体格の男たちを手玉に取る。


 吸血鬼タリアートの手下たちは蚊を模した仮面を被った、長い黒髪を靡かせる男装の少女に翻弄されていた。

 燕尾服の袖から伸びた細い手の握る氷の刃が、対抗すべく放たれた大の大人らの攻撃魔術を弾き、いなし、返す刀で血の花を咲かせてゆく。


 そして今、ノチェンコとタリアートを除く最後の人狼が蹴倒され、最後の吸血鬼が背中を氷筍に食い破られて果てた。

 下手人たちが仮面を外し、素顔を晒す。


 2人の首魁にとって……いや、正確にはこの街の同族たち全員にとって、それはどちらも知っている顔だった。


「デュロン・ハザーク!」

「ソネシエ・リャルリャドネか!」


 デュロンとソネシエは無言を肯定に代え、仮面を放った。

 どちらもジュナス教会に属し、若手の中ではエース級と目される祓魔官エクソシストである。


「どーも、旦那方」と、デュロンは不遜に笑ってみせた。「ノチェンコの旦那は特にどーも」

「相変わらず挨拶の仕方がなってねえな、クソガキくん!? 他所様の〈合戦〉を背後から挟み撃ちで強襲たあどういう了見だ!? ベルエフの教育が悪いんじゃあねえのか、ああん!!?」

「強襲? 俺たちは最初から、それぞれの戦列の最後尾に潜伏してたんだぜ? ……つーか、自分らで言うのもなんだが、この仮装丸出しのクソ目立つ仮面で、めちゃくちゃ集団に溶け込めすぎて、逆に罠なんじゃねーかと身構えてたくらいなんだがよ……なあ、ソネシエ?」


 デュロンが今日の相棒に水を向けると、律儀に首をかしげてくれる。


「同意する。皆、視認はしたはずなのに、なぜ訝らなかったの」


 これにはノチェンコとタリアートはそれぞれ眼を剥き、あるいは苦み走って回答した。


「てめえら、自分でそれ着けといてなんだその言い草は……? これだからガキはロマンってやつに疎くていけねえ! こんだけ人数揃えてりゃ、仮面を着けてる奴の1人くらいはいるもんだろうがよ!? そういういわば必須のポジションなんだよ、なんで言わなきゃわかんねえかな!?」

「自明だな。訳あって被っていたり、単なるファッションであったり、あるいは仮面が本体だったり。古今東西、仮面の者の素顔は興味を唆るものだ……なのに、貴様らのその無理解な肩透かし……ああ、嘆かわしい。世代の隔たりを感じてならんな」


 なぜかそこだけは一致しているらしい2人の意見に気圧されるが、呆れて喋るのをやめたソネシエに代わり、デュロンは言おうとしていたことを思い出した。


「仮面キャラに対する認識の齟齬はともかくとしてだ……いずれにせよ、テメーら集団の練度がどんだけ低いかの証左だな。

 仮面姿のわけわからんガキが1人2人紛れ込んでも気にも留めない警戒の薄さ……というよりそれ以前に、どうでもいい奴を友達の紹介で入れちゃう選定基準の緩さ。そしてなにより仲間の匂いや気配一つも網羅できねー、アンタら2人のカリスマの弱さ」


「……しばらく見ねえ間に、口だけは達者になったようじゃねえか。ベルエフのケツについて回るだけの金魚の糞だったガキが、ずいぶんとまあ、気が大きくなったもんだな!?」


 憤懣ふんまんやる方ない様子のノチェンコを無遠慮に指差し、デュロンは簡潔に告げる。


「用件は言わなくてもわかるよな? アンタは支配の方法を間違えた。まあ、単に場所が悪かっただけかもしれねーが。

 アンタが一度も敵わなかったベルエフの旦那から伝言だぜ。『今からでも遅くはねえ、真っ当に働け』だとさ。そんなチャンスが残ればの話だがよ」

「上等だ、舐めんな小便小僧! こちとらてめえが親父の金玉ん中に居た頃から前線張ってんだ!」


 挑発と恫喝を交わす人狼たちとは対照的に、吸血鬼たちの対話は静謐せいひつなものだ。


 しかしタリアートは平生へいぜいよりさらに顔色悪しく、眼前の少女に気圧されていた。


「そして」と、ソネシエがデュロンの勧告の先を引き取る。「あなたたちもそう。我々ジュナス教会の下部組織を、私利を貪るカルト集団〈亜麻の褥〉代表のタリアート。強力な同胞であるあなたが主をかたり、教会の敵と認められたことはとても遺憾」

「……こちらとしても剣舞の神童として名高い貴様とは、別の形で相見えたかったものだ。数々の噂は耳にしている。

 だがまだ青い。魔道を押し通るは我にあり!」


 期せずして背中合わせとなったノチェンコとタリアートは、共通の敵ができたことで先ほどまでの争いを水に流し、手を結ぶ構えのようで、肩越しに互いの意思を疎通している。


「仕方ねえ、一時休戦と洒落込むか! 後ろから刺すんじゃねえぞ!?」

「貴様の腎臓を抉るのは容易いが、それをすれば共倒れになるのでな……!」


 心が決まった様子の2人を眺め、デュロンは面倒に思って頭を掻いた。


「おーおー、窮地に陥りやむなく共闘とは、年甲斐もなくアツいじゃねーかオッサンたち。

 だがよー、それはちょっと遅くねーか? 人類が絶滅した20年前の〈魔界創立記念日〉くらいに、手を取り合う機会はいくらでもあったんじゃねーの?」

「何度も同じことを言うようだが、てめえは生まれてもいねえときじゃねえかよ!?」

「そうだな、俺たちはそうだ。つまりなにが言いたいかというとだな」


 デュロンとソネシエが同時に構えた。

 並び合いつつも温度差の激しい2人だが、意志だけは噛み合っている。


「アンタらの世代ができなかったことを、俺ら世代はとうに体現してるってことだ!」

「神威を遂行する。命の保証はできかねる」


 戦端が開かれ、同族同士が激突した。

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