第28話 呪的闘争
重戦車ギャディーヤは乗客1名のヒメキアを抱えたまま、東へ向かってひた走っている。
そのまま市外へ出る運びのようだが、そうは問屋が卸さない。
「……あァーん?」
速くも遅くもないスピードでマラソンを続ける
街一番の時計塔の半ばに青い炎が絡みつき、煉瓦も木材も関係なく噛み砕いている最中だった。
荘厳な建造物は巨大な槌となり、ギャディーヤの頭上を襲った。
「…………しゃらくせェ!!」
しばしの静寂が訪れるが、瓦礫の山をブチ抜き、無傷の巨体が現れたことでそれも破れた。
しかしそんなものは知れたこと、イリャヒは後続へ発破をかける。
「さあさあどんどん行きますよ!」
「承知した」
倒壊した時計塔の先、泉の湧く小広場で小柄な姿が応える。
長い黒髪をなびかせ、少女が紡ぐのは凍結魔術だ。
泉から引いた水を用いて、巨大な氷の壁を構築した。
「ぬォっ!」
当然、ギャディーヤは構わず前進。銀の浄化作用で、触れた瞬間に魔術が無効化される。
だが氷が溶けても、元になった水の存在までなかったことになるわけではない。
流動する大質量が巨体を包むと同時、間髪入れずソネシエは魔術を再展開。
彼女を始点とし、ギャディーヤに到達するまでは、魔術は無効化されない。
崩れた氷壁は再び固体と化し、鋼鉄の強度で
そしてそれもやはり、ギャディーヤに触れた瞬間、即座に瓦解する。
破壊と再構築、破壊と再構築。以下繰り返し。
恒常展開するギャディーヤの〈
このまま魔術の根比べが続くかと思われたが、局面を動かしたのは膂力だった。
「ふんがァーッ!!」
融解と再凍結の間隙を狙い、ギャディーヤは両腕でヒメキアを抱えたまま、背筋力と足腰の踏ん張りだけで、水と氷の無限牢獄を脱出する。
破られた水圧だけで吹っ飛ぶソネシエを尻目に、大鬼はなにごともなかったかのように歩みを再開した。
泉に落ちてもがくソネシエは、髪を振り乱して水面から現れ、親友を攫った男に呪詛を吐く。
「……その筋肉ダルマを永遠に止めて」
「わたしに任せろ!」
轟くは竜人の咆哮。彼女が立っている場所はギャディーヤの正面上方だ。
ミレインの外壁に等しい体高の、奇々怪界の魔性植物……巨大な樹木の頂上に、リュージュの姿があった。
無駄口を叩いている間すら、
「こいつは少々モノが違うのである。元からが森一つ掌握できるレベルの、精強な魔物なのだ。希少種ゆえ、苗はこれ一つしか手元にないがな!」
「律儀な解説ありがとさァーん、ドラゴンメイドのお嬢ちゃん!」
石畳を割り、伸びてくる巨大な根っこ。それを躱すでも蹴るでもなく、ただ走り続けることで、ギャディーヤは力尽くで突破する。
ついに幹本体の足元へと迫るが、リュージュは居丈高な姿勢を崩さない。
「ははは、無駄だギャディーヤ! 強度と規模は、竜の鱗とさして変わらん!」
「なァにィ〜? 竜の鱗と同程度だとォ? ……そりゃァ助かったぜ」
意志ある魔樹に頭から突っ込む大鬼は、衰え知らずの笑みを浮かべる。
「悪ィなァ! 昔、本物をブッ倒したこともあるんだわ!」
ただ硬く、ただ重く、ただ
ある種の無敵を体現し、打ち勝ったのは森の主でなく、一本角の悪鬼だった。
親指程度の大きさしかない額の角が、まるで
強度・質量・体格の累積ゆえ、普通に走って衝突するだけで、とんでもないエネルギーが生まれるのだ。
足場を失い翼で滞空するリュージュが、頭を抱えて助けを呼ぶ。
「駄目だ、止まらん! お前たちが頼みの綱である!」
「「おおお!!」」
ここまでの様子を先ほどから屋根の上を走り、跳び移りながら見ていたデュロンとオノリーヌは、タイミングを見計らってギャディーヤの背後に着地した。
併走しつつ弟を一瞥した姉が、風切音の中で確認する。
「このやり方でギャディーヤを止められる確率は、完璧にゼロなのだよ」
「わかってる。だからっつって黙って見てるわけにもいかねーだろ!」
百も承知でここへ来ている時点で、2人とも同じ気持ちなのはわかっている。
全力疾走で軽く距離を詰め、ギャディーヤの足にそれぞれ取り縋った。
「我ら人狼族の取り柄といえば、暴力と謀略のみ! 今は後者は無用であるからして!」
「おーよ、騙すか殴るかだけ! タダで通れると思ってんじゃねーぞ、ギャディーヤ!」
「それが本当なら、クソみてェにタチの悪ィ種族だぜェ!」
ギャディーヤは口ではそう言っているが、まったく止まらず、なんの足しにもなっていない。
2人に後ろを取られても、一瞥も警戒の視線を寄越さなかったのがなによりの証左だ。
しかし徒労だとして、それがなんだ?
なにもしないなど耐えられはしない。
すぐそこにヒメキアがいるというのに!
叶うなら千切ってでも手を伸ばすのに!
「「るうううううがああああああアアらアア!」」
ネコ科の爪は基本的に武器だが、イヌ科の爪はスパイクの役目も大きい。
ハザーク姉弟は靴を脱ぎ捨て、膝から下だけを獣化変貌して、両手両足の把持力に全霊を注いだ。
大鬼の
石畳に軌跡を残し、地を踏まんとして滑る両足の鉤爪が血を流し、激痛を訴えた。
だが離さない。あちらが止まらないなら、こちらが諦めるわけがない。
「「アアアアアアアア!!」」
あわよくばこのまま引きずられてアジトまでついて行ってやろうか、とすら半ば本気で考えるデュロンだったが、敵もそこまで甘くない。
なんの前触れもなく、2人は浮遊感を得た。
「は!?」「うわ!!」
なんのことはない。継走中のギャディーヤが一歩、二歩と大胆に踏み込み、掴まれている足を思い切り後ろへ蹴っただけだ。
呆気なく跳ね飛ばされ、転がる姉弟。
「くそ……」「ん! 見たまえデュロン!」
しかし幸運も不運も、いつも思いがけない角度からやってくる。
ギャディーヤの進行方向に立ち塞がる、新たな影があった。
もはや試す者すらいない、正面から肉弾戦で止めるという、普通なら暴挙と呼ぶべき選択である。
ただしその男に関しては、必ずしも無謀とは言えなかった。
ギャディーヤがどこか嬉しそうにその名を呼ぶ。
「出やがったな……ベルエフ・ダマシニコフゥ! デスクワークは終わったのかァ!?」
馬のたてがみのようなソフトモヒカンの長髪が向かい風になびき、剣呑な表情が露わになる。
ベルエフもまた、応えるように凶悪に笑った。
36歳の成体人狼が、元々が隆々の筋骨を、獣化変貌によりさらに膨張させる。
獣人は筋肉量が多く、筋密度も多種族より多い。人狼はさらにその白眉で、人型魔族の規格では並ぶもののない怪力を誇っている。
外見上の体格的には相当劣るものの、ベルエフの膂力の実数値はギャディーヤのそれに、ほぼ迫る水準と考えられる。
打撃こそ効かなかろうが……止めるだけなら可能なのでは?
そう思ったのはデュロンたちだけでなくギャディーヤも同じようで、初めてヒメキアを抱えるのに使っている腕の片方だけを解禁し、真横に振りかぶった。
対するベルエフは、平手で構えを取る。
焦げつくような視線と闘気が、2人の間で焦点を結んだ。
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