第26話 でも最近はだいぶ口数も増えてきたと思うんです/27

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「っていうわけで、僕は悪名高き旅刃士『黒曜』の魔の手から、リィンちゃんを助けようとしたんだよ!」


 リィンに説明した内容を、ニコは改めて説明する。ソルラクは聞いているのかいないのかさえよくわからない様子だったが、これもまたいつものことだからちゃんと聞いているのだろうな、とリィンは思う。


「ソルラクさんの悪名、高いんですか?」


 前に訪れた刃局ではそんな感じはしなかった。リィンのことを『女房』などと呼ぶくらい親しげだったし、軽口を叩いてもいたのだ。


「本人を前に言うのも何だけどね。この辺りの旅刃士なら聞いたことのない奴なんていないはずだよ。黒尽くめの魔刃使い。誰とも組まず馴れ合わない孤高の男。人間嫌い。腕は良いけど不遜極まりない旅刃士」

「なるほど」


 なぜそう呼ばれてるか、リィンは瞬時にして完全に理解した。


「でもその噂、別に悪い人とは全く言ってませんよね」

「…………え?」


 虚を突かれた表情で、ニコは目を瞬かせる。


「ソルラクさんはたしかに少し……」


 言いかけて、リィンは考えて、言い直した。


「……だいぶ、言葉が足りないところがありますが、悪い人ではないと思います」

「ううーん……確かに……すっごい悪く言われてるけど、実際にこういう悪事をしたって話は聞いたことなかったな……」


 ニコは腕を組んで眉を寄せ、首を傾げる。


「って言うか君も少しくらいは自分で弁明しなよ!」


 そう言われてソルラクは一瞬ニコに視線を向けるが、すぐに興味なさそうに反らした。


「やっぱり悪人じゃない君!?」

「すみません、悪気はないんです」


 多分……と心の中で付け足しつつ、リィンはニコをなだめる。その時ふと、リィンはニコから聞いた話を思い出した。


「そう言えば、船が出ていないというのは本当ですか?」

「あ、そうだ、それだよ。出てない。ここからじゃルーナマルケに行けないんだ。これは間違いない話だよ。僕も船便はちゃんと確認したし」


 ニコは途端に勢いづいて、ソルラクを見定めるかのように視線を向ける。


「ソルラクさん、そうなんですか?」

「ああ」

「喋った!」


 そしてリィンに答えるソルラクに、驚いて声を上げた。


「カレドヴールフなしでは喋らないものかと思った……」

「なにか理由があるんですよね」

「ああ」


 呟くニコを無視して、リィンはソルラクに問いかける。


「……船には、乗るんですよね」

「ああ」


 それは以前にもソルラクが言っていたことだ。

 船には乗るが、外洋には出ない。


「ということは、近海を渡って同じ大陸の他の港町に行くのではないでしょうか」

「ああ」

「リィンちゃんいつもこんな会話してるの!?」


 やった、当たった、と手を叩くリィンに、たまらずと言った様子でニコが突っ込んだ。


「え、そうですが……?」

「何のクイズだよ……普通に喋ればいいのに」


 ニコの言うことは至極もっともであったが、リィンはだいぶ慣れてきてしまったのでもはやさほど苦とも思わなかった。


 というより正直に言ってしまうと、自分が一番ソルラクの言いたいことを理解できるのではないだろうか、という密かな優越感があった。


「でもさ、いけなくはないかも知れないけど、だいぶ遠回りになるんじゃないかな。この大陸って、こんな……感じの形をしてるんだよ。大まかに書くと」


 ニコが適当に小石を拾い、地面に地図を描く。


「で、他の大陸への船が出てるような港って言うと、ここから北の……この辺にある、リアンポートっていう大きな港町が一番近い。ほら、どう考えたって海路を行くより陸路の方が近いでしょ」


 その地図が正しければ、海路はリアンポートへの道を邪魔するように突き出した半島をぐるっと迂回しなければならない為、確かに随分遠回りに見えた。


「この地図は合って……るんですね。じゃあ何か他に理由が……実際は船の方が早いとか? そういうわけでもない……とすると……」


 ソルラクの考えを察しつつ、リィンは頭を悩ませる。すると、ソルラクは視線を外に向けた。


「外? ……あ。ピア! もしかして、陸路って笛竜には適さない道が多いんじゃないですか?」

「え? まあ……そうだね。餌のない岩山を超える必要があるし、道も結構凹凸が激しいから……駆竜ならともかく、笛竜や馬は連れていけないかな」


 それで、リィンの疑問は氷解した。ピアがいなければ、旅の速度は極端に遅くなる。駆竜は一人乗りだし気性も荒いというから、リィンに操ることも出来ないだろう。


 それに何より、ピアもまたここまでともに旅をしてきた仲なのだ。出来れば置いて行きたくはなかった。


 けれど船であれば、餌さえ事前に用意しておけば一緒に連れていける。ピアを可愛がっているリィンの為にそうしてくれたのかも知れないし、リィンと同じようにソルラクもピアを可愛く思っているのかも知れない。どちらであっても、それは嬉しい配慮だった。


「というわけでソルラクさんがこの町に来たのは、笛竜のピアもルーナマルケまで連れていくために、山道を避けて船で運ぶことにしたから。ということで、あってますか?」

「……ああ」

「なら最初からそう言ってよ! そしたら僕が迷惑をかけることもなかったのに! なんなのこのクイズ!?」


 頭を抱え、ニコは叫ぶ。仮に最初からそうソルラクが説明していたとしても、ニコがリィンをさらうのは変わらなかったんじゃないかな、と思ったが、勿論リィンは口にはしなかった。


 それよりも、気になることが一つあった。


「さて、疑問も解消されたところで、サイネルさんに会いに行きましょうか」

「ああ……そうだね。誘拐犯なんかじゃなかったって説明しないと……ねえ、僕、本人が何も釈明しない状態でちゃんと依頼人に説明する自信全く無いんだけど」


 すっかりしょげた様子で丸まったニコの背中を、リィンはぽんと叩く。


「わたしもちゃんと説明しますから、大丈夫ですよ」

「うう……こんな小さい子に頼るのも申し訳ないけど、お願いするよ、リィンちゃん……」


 ニコに頷き、リィンがフードを被り直してピアの背に乗ると、すぐ後ろにソルラクも跨る。


「……ねえ、ソルラクさん」


 リィンは後ろを振り向き、ニコに聞こえないよう小声で尋ねた。


「さっきの、ピアの為っていうの、半分は嘘ですよね?」


 全くの嘘というわけではない。しかし、本当でもない。何となくそんな感じがした。


「ああ」

「やっぱり」


 はにかむように、リィンは笑う。別に実際はどうなのか聞き出すつもりはなかった。ただ、自分の感じた感覚が正しいかどうか知りたかっただけだ。


「……この道は」


 だがリィンが前に向き直った後、ぽつりとその声は聞こえた。


「爺さんと辿ってきた道だ」

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