春遠からじ

★合コンのお誘い

※ この話はカクヨム用に新たに執筆しっぴつしたものです。


※ この作品はフィクションです。本文の本のタイトルは架空のものであり、実在するものとは関係ありません。


俺    主人公

エリさん 俺マンションの家政婦さん

娘さん  興信所所長の娘 大学2年


***


【大学1年2月】


 都内でも小雪がパラついたある日、興信所の所長から電話があった。


「お久しぶり。あの後、顔の怪我けがは治りましたか?」


ご無沙汰ごぶさたです。ご心配かけましたが、すっかり完治しました。親不知おやしらずは抜きましたけどね」


 ちなみに、あの件では、興信所から高額の請求が来た。レストランオーナーへの口止め料、病院への送迎費、弁護士事務所への所長の付き添い費など、それはそれは、事細かく請求明細が書いてあった。スタッフの夜食代とか、おやつ代など意味不明な項目もあった。


 この所長の興信所は、浮気調査がメインの所だ。調査結果が出ると、依頼者は離婚に向けてかじを切る場合が多く、離婚の示談じだん交渉、離婚調停ちょうてい、子供の親権しんけん問題などで弁護士が必要となってくる。


「よろしければ、そういった方面に強い弁護士さんをご紹介しましょうか」


 興信所は、弁護士の伝手つてのない依頼者に、そうやって声をかける。普通の人は、弁護士に知り合いなんていないから、お願いしますとなる事が多いらしい。


 昨今、独立したが食べていけない弁護士もいると聞く。弁護士から見れば、興信所は仕事を持ってきてくれる、非常にありがたい紹介者だ。


 弁護士事務所の方はと言うと、弁護士が興信所に直接、依頼する事はほとんどない。そういうのは依頼者がする事で弁護士の仕事ではない。


「今のままでは、調停や裁判になったら勝てません。確実に勝つためにも証拠が必要です」


 ただ、弁護士事務所へ相談に来た人に、そういうアドバイスをすると、じゃあ、興信所を紹介してくださいと、なる事がある。そういう場合は、紹介するそうだ。


 父弁護士先生に聞いたところ、お互い、バックマージンなどは貰っていないそうだ。嘘か本当か、俺にはわからない。


 俺としては将来を見越して興信所とは仲良くしておきたい。この所長とは取引が出来なくても、将来、独立するスタッフさんもいると思う。そう考えると、スタッフさんのおやつ代は、俺にとっては投資だ。それ以前に、お世話になったしね。


 俺は、スタッフさんの張り込みに必要であろう、飲料、栄養ドリンク、栄養ゼリーなどをお礼としてネット通販で送っておいた。


***


「それで、弁護士事務所で話していた合コンの件、うちの娘が春休みになったので、約束通りセッティングさせてもらいますが、俺さんのスマホ番号を娘に教えてもいいですかね」


「え、あの話、マジだったんですか?」


「はい。マジです。でも安心してください。追加料金はいりませんから」


 世の中にはタダより高いものはないということわざがあるのを俺は知っている。


「ただ、残念な事に娘には、既に彼氏がいるそうです。○○おれさんのご期待にお応え出来ず申し訳ありません」


 いや、最初から期待してないから。


「セッティングのお礼として、娘の当日の飲食代を俺さんが払ってくれたらいいそうです。あと、これは弁護士先生からお願いされた事なので、俺さんに拒否権はありません」


 キャンセル不可?


「そ、そうですか。あの先生をまた怒らせたくないなぁ。わかりました。この話は進めましょう」


「じゃあ、娘から連絡させますね」


「はい、お願いします」


 数日後に所長の娘さんから電話があった。


○○おれさんのお電話でしょうか。初めまして、私、興信所の所長の娘で○○と申します。今、お時間、よろしいでしょうか」


「はい、大丈夫です。なんかいろいろご迷惑をお掛けしたようで申し訳ありません」


「いえいえ、私も友達から男友達を紹介してくれって言われていましたので、ちょうどよかったです。それで早速ですが、こちらは、私以外に3人参加する予定です。○○おれさんの方は、2人連れて来ていただけますか。あ、お耳に入っていると思いますが、私は彼氏がいますので、あくまでホスト役です」


「はい。それはうかがっています。それで、実は俺、合コンに参加するのは初めてでして、何か必要な事などは、あるのでしょうか」


「ああ、そういえば、うちの大学のOGオージーが、最近の学生は、あまり合コンしないって言ってましたけど、○○おれさんの大学でも、そうなんですか?」


「いえいえ、たぶんやっている奴もいると思いますが、俺が資格試験の勉強に忙しかったので、声がかからなかったんだと思います」


「へぇー。資格試験ですか。さすがですね。それで、合コンですけど、そんなに難しく考えないで、懇親会こんしんかいのような感じに思ってください。皆で飲んでワイワイする感じです。2次会はカラオケの予定です」


 げっ。カラオケかぁ。俺、歌は下手なんだよな。


「わかりました。じゃあ、俺も気楽に考えます」


「それじゃあ、えーと、○月○日の夜でどうでしょう? 平日だけど、皆、学生だから春休みでしょ」


「はい、構いません。ちなみにみなさん、おいくつなんですか」


みんな、私と一緒だから、20歳です」


「俺と同い年ですね」


「そうなんですか。じゃあ、場所が決まったら連絡します」


***


 俺の出身高校から、T大学には、毎年10人程度入学する。高校もT大学の入学者数を気にしており、聞いた話だが西の有名大学の受験を希望した生徒が、T大学に志望を変更したらどうかと学校からすすめられたそうだ。


 学習塾や予備校なら、○○大学に○人合格しました(ただし模試受験者も含む)という感じで宣伝するのはわかるが、公立の県立高校なら関係ないだろうに。査定に影響するのか?


 俺が大学に入学した時、同高おなこうの4年生が音頭おんどを取って、○○高校出身者の歓迎会があった。先輩がわざわざ名簿まで作っていたので、皆のスマホ番号はわかる。


 今回の合コンは、お相手が俺と同じ20歳なので、こちらもおない年の方がいいと思った。ただ、サークルにも入っていない1年生の俺は、2年生の知り合いがいない。それで同じ高校の知り合いに声をかける事にした。留学したから卒業年度は違うが、元はと言えば、俺と同じ学年だった奴らだ。


 高校1年の時にクラスメイトだった、いずれ工学部に行く理科一類の山崎に連絡した。


「合コン? マジか。俺、行った事ないんだよ。お前マジ神」


 神になったつもりはないが、喜んでくれて何よりだ。もう1人の奴も、行った事がないらしく、すごい食い付きだった。今まで俺は興味がなかったから知らないが、合コンってあまりやらないのか。


 メンバーが決まったので、俺は、合コンの対策をする事にした。父弁護士先生と所長に後押しされたが、実のところ、結構、乗り気だった。


 何事なにごとも経験であり、やるからには本気を出す。今までの俺は彼女を作る事に興味を持たなかっただけだ。今日から本気出す。俺の本気を見せてやるぜ。


 とは言わないが、相手に最低限、失礼の無いようにはしたい。


・著名人が教える恋愛指南100選

・モテる男が実践している107の事

・これであなたも明日からモテモテ

・合コン・飲み会でウケるネタ349選


 俺は、ネットで、こういう本を買って勉強した。自己啓発本まで読んだ。すでに絶版となっていた、合コン・飲み会でウケるネタ話は、中古で取り寄せたが、どうやらバブル時代の名残なごりがあり、今、それをやったら確実に勘違い野郎だと思った。


 10冊以上、こういう本を読んだが、役に立たないというのが正直な感想だ。おそらく、経験に勝るものなしという事だろう。T大生は頭でっかちでいかんな。


 ただ、自己啓発本で自分の長所を書き出せとあり、俺はそれにならって女性への自分のアピールポイントは何か考えてみた。


・特技     英会話

・趣味     競馬と夜のお店通い

・好きな事   ??

・好きな映画  娼婦しょうふが淑女になるアレ

・好きな食べ物 焼き肉

・好きな音楽  英国の伝説グループ


 薄々わかっていたが、俺には女性にアピールできる事がないので愕然がくぜんとした。これで、モテようなんて100年早いな。しょうがない。嘘の設定も考えておこう。


 俺は、男性用のファッション雑誌も購入した。こっちの記事の方が役に立つような気がする。ファッションで思い出したが、着て行く服をどうしようか。年配のスタイリストさんは、いい人だったが、若者向きじゃないような気がする。よし、今度は女性のスタイリストさんにしよう。


 ただ、落し物の時の反省を踏まえて、若い女性スタイリストさんではなく、40代女性のかたにした。


 胸にワッペンのついた紺のブレザー、グレーのミックスチェックのスラックス、黄色に黒の小さい水玉のアスコットタイ、茶色のローファーなどを一緒に買い物した。


 家に帰って、着替えてから家政婦のエリさんに感想を聞いてみた。


「実は、今度、合コンに行くんだけど、この格好かっこうでどうかな」


「んー。一昔前ひとむかしまえのKOボーイみたい」


 一昔ひとむかしが、よく分からないが、たぶんKOの人に謝った方がいいと思う。


 エリさんは、合コンの場所が居酒屋なら、ブレザーはいいけど、ジーンズにスニーカーの方がいいとアドバイスしてくれた。ブレザーもワッペンがない方がいいし、学生の合コンにアスコットタイはないわぁ、とのことだった。


 エリさんには怖くて言えなかったが、彼女自身、一昔・・・。まぁ、それはいいが、俺は念のため、大人のお店の若いお姉さんにもファッションチェックをしていただいた。ブレザーは、ワッペンの無いものを追加で買った。



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