第23話 称号士は温泉郷へ向かう


「そ、そんな……。まさか、私が負けた? それに、ルルカがあんな強力な魔法を使うなんて……」


 マリベルは取り巻きのギルドメンバーから治癒魔法を受けて回復したのか、立ち上がり呆然とした目を自分の妹、ルルカに向けている。


 以前、賢者一族の恥だと罵った相手が自分を圧倒したのだ。

 姉のマリベルからすれば屈辱以外の何物でもないだろう。


 しかし、強張った顔でルルカを見つめていたマリベルの表情がふと和らぐ。


「参りました。あなたの勝ちですわ、ルルカ」

「お、お姉様?」

「おや、意外と素直に負けを認めるんですね。オバサンは」

「オバサンはやめてくださいません!?」


 リアの言葉にマリベルは声を張り上げるが、溜息をついてルルカの近くまでやって来る。


「以前ルルカを一族の恥だと言ったこと、謝りますわ。相当に努力を重ねたんですわね」

「で、でも。私は師匠の能力のおかげで――」

「だとしてもだ。ルルカが今回の戦いに勝てたのはその能力に依存することなく努力を続けていたからだ」

「師匠……」

「耳が痛いですわね」


 戦闘前からマリベルの所作を見ていて何となく分かった。

 戦闘経験が足りていないな、と。


 確かに【賢者】のジョブは多くの魔法を扱える強力なジョブだ。

 しかし、戦いとはただ単に強い魔法や剣技を放てばいいというわけではない。

 その状況に合わせて最適解を導き出すことが必要になるのだ。


 そしてそれは俺がルルカとの修行の中で伝えてきたことでもあった。


 マリベルも今回の戦いでそれを実感したのだろう。


「とにかく! 私たちのギルドの代わりに上級クエストを受けるのです。無様な結果は許しませんわよ?」

「別にオバサンに言われなくても頑張りますよーだ」


 リアがマリベルに向けてべーっと舌を出している。

 これで女神だもんな……。


「本当に口の減らないチビっ子ですわね。この世界を見てくれている女神様に嫌われますわよ?」

「……」

「……」

「……」


 俺にルルカ、それに張本人であるリアが揃って沈黙する。

 そして、耐えきれなくなったのかルルカが吹き出した。


「ぷっ。あははは!」

「な、何ですのルルカ? 急に笑いだして。気色の悪い」

「い、いえ、すいませんお姉様。……上級クエスト、頑張ってきます!」

「ええ、気をつけて。アリウスさん。妹をよろしくお願いしますわね」

「はい。ありがとうございます」


 姉妹のわだかまりは溶けたようで、マリベルは柔らかい笑みを浮かべ去っていった。


 その後、俺はキール協会長から今回受注する上級クエストの説明を受け、ギルド協会の入り口のところでグロアーナ通信の記者、パーズを見かける。


「やあやあアリウスさん。良かったですな、上級クエストを無事受注できて」

「ありがとうございます。そういえばパーズさん。さっき何か情報を掴んだというようなことを言ってましたが、あれは……」

「ええ、これで本題をお話できます。実は、アリウスさんたちがこれから向かうタタラナ温泉郷。その近くでとある人物の目撃情報があったんですわ」

「とある人物? まさか……」


 パーズのその言葉に息を呑む。

 そして、次に続けられる言葉の予想は付いていた。


「そう。目撃情報があったのは、あの黒いローブの男です――」


   ***


「で? 何で記者のオジサンまで一緒なんです?」


 タタラナ温泉郷に向かう馬車の中で、リアが不満げに呟く。


「いやぁ、やっぱりブンヤとしては面白そうなネタは自分の目で確かめにゃならんでしょう。それに通信社の方からも承認されてますからね」

「それはそうかもですが、せっかくアリウス様とお出かけなんですから邪魔しないでくださいね」

「まあまあ、リアさん。パーズさんも記者なんだし、今回お兄ちゃんたちが活躍したらその記事を取り上げてくれるかもしれないよ?」


 ルコットが言って、リアをなだめる。


 ルルカとマリベルの模擬戦の後で俺たちはルコットと合流していた。

 当初はギルドに残ってもらう予定だったのだが、温泉と聞いて頑なに同行したいと言ったルコットを拒むことができなかったのだ。


 リア、ルルカ、ルコットの女性陣は温泉が楽しみなのか、時折顔を見合わせてはうっとりとした表情を浮かべている。


 ……やっぱり女の子は温泉が好きなんだろうか?

 よく分からん。


「あっ! 見て下さいアリウス様、雪ですよ!」


 馬車の窓からリアが身を乗り出して叫び、みんなもつられて外に目を向ける。

 見ると、空から白い雪が降ってきていた。

 馬車の向かう先には白く塗られた山々や草原も見える。


「タタラナは雪景色が綺麗なことでも有名ですからなぁ。近くまで来たって証拠でしょうな」

「でもパーズさん、ちょっと多すぎませんか?」


 俺は雪ではしゃぐリアを尻目に呟く。


 確かにタタラナ温泉郷は雪が降ることでも有名な観光地だ。

 ただ、外の景色を見るとあまりに雪の量が多い気がする。


「師匠、もしかしてタタラナ温泉郷に起きているという異常事態と関係があるんでしょうか?」

「可能性はあるな。いずれにせよ、着いたら依頼主の人に聞いてみよう」


 黒いローブの男が目撃されたというパーズの情報。

 それとこの異常気象が関係あるのかは分からないが、何か不穏なものを感じた。


 そうして馬車で行けるところまで近づき、俺たちは雪に足を取られながらタタラナ温泉郷を目指すことにする。


「ほうほう、そうなのですか」

「ええ。他にも温泉には色々作法がありますよ。あとタタラナの温泉は――で、――でして。例えば――」

「……ニヤリ」


 ズボズボと雪を踏む音が聞こえる中、リアとパーズの話し声が耳に入る。

 何やら後ろで歩いているリアがパーズに色々聞いているようだったが、時折リアが不敵な笑みを浮かべていて、少し……、いや、とても嫌な予感がした。



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