第19話 ギルドメンバー《+1》


「ルルカさん、これをどうぞ」

「やや、これはどうも」


 ルルカはルコットが用意した紅茶にフーフーと息を吹きかけながらすすっていた。

 外見もそうだが、仕草を見るとどこか子供っぽい。


「もう一度聞きたいんだけど、ルルカは本当にそのビラを見て俺たちのギルドにやってきたのか?」

「はい! ぜひ自分をこのギルドに入れてもらえないかと思いまして!」


 何とも元気の良い魔女っ子だ。


 それにしても、まさかリアの作った新興宗教の勧誘文みたいなビラを見て来てくれるとは。

 世の中、分からないものである。


「自分からこんなこと言うのもなんだけど、ルルカはグロアーナ通信の最新号、見てないのか?」

「見ましたよ?」

「そうか。でも、それならどうしてウチに……」


 《黒影の賢狼》がギルドメンバーに課していたノルマや過剰労働の環境は俺が原因だったとするグロアーナ通信の記事。

 ギルド長レブラによる策で事実無根とはいえ、その記事によって俺たちのギルドは加入希望者が集まらないという事態に陥っていた。

 しかし、ルルカはそれを見た上でここに来たのだという。


「あんなの関係ないです。人の噂というのはその一部だけを切り取って見ても真に分かるものではありませんし。それに実は、ここに来る前にもいくつかギルドの面接を受けてまして。で、《黒影の賢狼》の面接も受けたんですよね」

「そうなのか?」

「ええ。でも、なーんかあのギルド長、胡散臭いという感じがしたんです。それで、他のギルドメンバーの方に聞いてみたのです。あの記事は事実なのかと。そしたら、内容はデタラメもいいところだって。何でも、副長のクリスさんという方でしたが」

「クリスさんが……」

「はい。むしろ『アリウスという男は信用できる。もし彼がギルドメンバーを募集しているなら会いに行ってみると良い』と仰ってました」


 俺はクリスに向けて心の中で感謝する。

 いつかお礼しに行かないとな。


「やっぱり見てくれてる人はいるんだね、お兄ちゃん」

「あの糞ギルド長を胡散臭いと一目で見抜くとは、やりますねぇ」


 話を聞いていたリアとルコットもルルカに好印象を持ったようだ。


「そんな折、あのビラを見つけて素晴らしい内容に感銘を受けました。そうしてこのルルカ・ランフォーレ、ギルド《白翼の女神》さんにやって来たというわけです」


 ルルカはニッコリと笑って言った。

 こんな状況で来てくれるなんてありがたい限りだ。


 俺は一枚の書類にペンを走らせ、ルコットに手渡す。


「ルコット。悪いんだけど、これをギルド協会のキールさんに届けてくれるか?」

「えーと? あ、うん! 行ってくるね!」


 ルコットは俺が渡した書類に目を通して笑顔になる。

 その書類はギルドメンバーの変更があった際、ギルド協会に提出することになっている書類だった。

 そこには当然、ルルカ・ランフォーレという名前が記載されている。

 ルコットはその書類を手にしてパタパタとギルドから外へと駆け出していった。


 一仕事終えてほっと息をついた俺は、まだ残っていた紅茶を飲み干す。


 それにしても「ランフォーレ」か。

 どこかで聞いた名だな。


 ……。


 思い出した――。

 確か代々【賢者】のジョブを授かる家系があったはずだ。


 魔道士系のジョブの中でも最上位に位置するとされる【賢者】。

 そのジョブを授かったものは例外なく魔法のエキスパートであり、多彩な属性魔法を使いこなすとされていた。


 通常では滅多にお目にかかれるジョブではないが、【賢者】のジョブを代々授かっている特殊な家系も存在する。


 《賢者一族》とも呼ばれている家系。

 それが確かランフォーレ家という名前だった。


「ルルカ。君はあの賢者一族の家系なのか?」

「え? あ、はい。確かに私はランフォーレ家の生まれですが……」

「どういうことです? アリウス様」


 リアが求めてきたので、俺は簡単に説明してやった。


「えー! それじゃあルルカさんがギルドに加入してくれたら百人力じゃないですか!」

「い、いえ。その――」

「ああ。本当にありがたいな。……っと、そういえばちょうどモンスター討伐の依頼を受けてるんだ。良ければ一緒にどうかな? ルルカの魔法の腕も見ておきたいし」

「そうですね! 見てみたいです! 賢者一族の力を!」

「あの、ちょっ――」


 リアが言って、困惑しているルルカを引っ張っていく。

 俺も装備を整え、3人で王都近くの草原に向かうことにした。


   ***


「だぁああああ! この、離れ、離れて下さいぃいいい!」


 ルルカが猪型のモンスター、ワイルドボアにスカートを引っ張られている。

 手にしたほうきでバシバシと叩くも引き剥がせないようで絶叫していた。

 そのままでは色々と見えてしまいそうなので、俺は剣でワイルドボアを攻撃しルルカから引き離す。


「た、助かりました……。危うく猪のおやつになるところでした」


 言って、ルルカは地面にへたり込んだ。


 先程「賢者一族の魔法が見たいです!」とリアに囃し立てられ、ルルカは風魔法をワイルドボアの群れに向けて放った。

 しかし、その魔法の威力は低く、ワイルドボアの毛並みをわずかに揺らすそよ風にしかならなかったのだ。


 そして近くにいたワイルドボアの注意を引き付けてしまい、襲われ、今に至る。


「アリウス様、賢者一族って【賢者】のジョブを授かる人たちの家系なんですよね?」

「あ、ああ。そのハズなんだが……」

「実は自分、【賢者】のジョブは授かることができなかったんです……」

「え?」


 ルルカは膝をついたまま、俺たちの方を見ずに話し始めた。


「自分が授かったのは【リトルウィッチ】とかいうジョブでして……。魔力量だけは高いらしいのですが、今のところ使えるのは《風属性》の、それも初級魔法のみという体たらくでして……」

「そうなのか」

「【賢者】のジョブを授かれない無能だって周りからも蔑まれて。来る日も来る日も風魔法を練習してきたのですが一向に上達せず……。終いにはお姉様からも【賢者】になれないポンコツを家に置いておくなんて一族の恥だって……」

「それで家にいられなくなったわけか」


 ルルカは力無く頷く。


 ルルカの話では、授かったジョブが原因で賢者一族を追い出されてしまったらしい。

 それで行き場もないルルカは色んなギルドの面接を受けていた、と。


「でも、もう他のどのギルドも雇ってくれないんです……」

「そっか。それは災難だったな」

「このままだといつか本当にモンスターのおやつになってしまいそうで……。お願いします! どうか自分をこのギルドに入れて下さい!」

「いや、もうギルドに入ることは決まってるけど?」

「もちろん、荷物持ちでもなんでも……、って、え? 今、何と?」

「だからルルカはもう俺たちのギルドメンバーだと」


 ルルカにとっては信じられないことだったらしく、自分の頬を摘んでいる。

 俺はそれがおかしくて少し笑ってしまった。


「さっきルコットをギルド協会に向かわせただろ? あれはルルカのことをウチのギルドに登録するための手続きに行ってもらったんだよ。だからもう、ルルカはギルドの一員だ」

「で、でも。良いのですか? 自分は【賢者】のジョブを授かれなかった落ちこぼれで……」

「そんなの関係ないさ。ジョブでその人の良し悪しまで決まったりはしない。もちろん、そう考える人間もいるけど」


 ふと、《黒影の賢狼》のレブラの顔がよぎる。

 確かにジョブは異能の力を授かるものだが、それだけで人を判断するなんてことは絶対にしたくなかった。


 ルルカはあのグロアーナ通信の記事を見ても偏見を持つことなど無く、このギルドに入りたいと言ってくれたのだ。

 自分が蔑まれてきたとしても、自分から他者にはそういう目を向けない。

 そういった人間のことは、信頼したい。


「それと、ルルカに力はあるよ。きっと」

「え?」


 俺はルルカを対象に取って称号士のジョブ能力を使用した。


=====================================

【対象ルルカ・ランフォーレ、選択可能な称号付与一覧】


風雅ふうが

・初級風属性魔法の使用が可能になります。

・中級風属性魔法の使用が可能になります。

・上級風属性魔法の使用が可能になります。

=====================================


 ――やっぱりな。


 俺はルルカを立ち上がらせ、その称号を口にする。


「称号付与、《風雅》――」


   ***


 轟音が響き渡り、ルルカから放たれた上級風魔法がワイルドボアの群れを飲み込んでいく。

 暴風が収まると気絶したワイルドボアたちが地面に倒れていた。


「す、凄いです! 自分、こんな魔法が使えたこと一度もありません!」


 ルルカが興奮しながら、こちらを振り返る。

 先程、ルルカに付加した称号は使用可能な風魔法を増やす効果があった。

 風魔法を毎日練習してきたというルルカにぴったりの称号だろう。


「ふふーん。だからビラに書いてあったでしょう? アリウス様の【称号士】はその人に眠った力を呼び起こすことだってできるのです」

「そ、そんな力が……」

「ああ。でも、俺の【称号士】の能力は相手によって付与できる称号が変わるみたいでな。だから、今みたいに強い魔法を使えるようになったのは何も俺の称号付与が凄いんじゃない。ルルカがこれまで努力してきた証みたいなものだと思うよ。俺はただそのきっかけを与えただけ」

「あ……」


 ルルカは少し涙ぐんでいた。

 今まで自分の力を周りから馬鹿にされてきたのだ。

 喜びもひとしおだろう。


「それじゃ、改めてよろしく。ルルカ」

「は、はい! 自分こそよろしくお願いします! 粉骨砕身、このギルドのために尽くします!」


 ルルカは手にした箒を嬉しそうに抱えながら、満面の笑みを浮かべていた。

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