18

 空を飛べる魔導士がいるとは思わなかったのかい? 新たに姿を現した魔導士が笑う。

「結界からお勉強し直すんだね。地上ばかり強くても、空はすっからかんだ」

そしてじろじろと舐めるようにジゼルを見る。


「なるほど、顔立ちは父親似、でも、あの燃えるような赤い髪は受け継げなかったか」

と、また笑う。


「そのシルバーブロンドではさぞかし難儀なんぎしているだろう。母親のように癇癪かんしゃくを起すのかい?」

何も言わずジゼルは相手の出方をうかがっている。後ろに隠れたモズフェルダムにも注意を怠らない。


「だが、ま、甘さはあるがその歳であの術捌じゅつさばきにその度胸、大したものだとめてやろうじゃないか」


 だがね、と魔導士が続ける。

「敵はあんたの命を奪ってもいいと思って攻撃しているんだ。それなのにあんたは殺す気なんてさらさらない。それどころか怪我をさせる事さえ恐れている。気迫負けしてるんだよ。だからなかなか勝機がつかめない」


 それとも、何か、あんたは余裕で勝てると踏んでいたのかい? 万全の守りも用意した、だから負けるはずがない、と?


「どこに隠しているんだか。言葉だけであんたを守れる強さ、なぜそれを攻撃に使わないのさ? 使えるものは何でも使え。貪欲さは強くなる秘訣だよ。自分の力を過信すれば身を亡ぼすだけだ」


 確かに私が来なければ、あんたの思い通り、二人の魔導士をあんたは捕らえただろう。けれど、私が来た。私ならあんたを捕らえるのも難しくない。


「ま、やめておくけどね。あんたの父親を敵にするのは時期尚早」

「え? やめる? なんで?」

モズフェルダムが異をとなえる。と、すぐさまモズフェルダムが弾き飛ばされる。


「おまえもだ、愚か者! ホムテクトなどにそそのかされて。さっさと自分の持ち場に帰れ」

と、空から降りてきた魔導士が指を鳴らすと、広場の結界が解除され、家並みが風景に戻ってくる。


 それを見て、サッとジゼルの顔が青くなる。


 結界の解除とともにモズフェルダムが姿を消し、残った魔導士がにやりと笑う。


「血の気が引いた顔だね。私がハッタリを言っていないことは判ったようだ」

ホムテクトは置いていく、そちらで罰して構わない。あんたとはまた何時いつか、必ずやり合う時が来る。その時まで、せいぜい覚悟を決めておくんだね。そう言ってその魔導士も姿を消した。


 広場が静寂に包まれた。ジゼルは黙ったまま、微動だにしない。ホムテクトは倒れたまま、やはりピクリともしない。ジゼルに声を掛けるべきかとロファーは迷った。


 あの空から現れた魔導士に、きっとジゼルは歯が立たなかったのだ。そのことにジゼルは打ちのめされている。なんと声を掛ければいい?


 すると広場に向かってくる足音がする。かなり急いでいるようで、足音を隠すこともなく走り込んでくる。(絶対声を出すな)ジゼルの声がロファーの頭の中に響いた。


「ジゼェーラ様」

探しました、良かったご無事で……


 姿を現したのはやはり魔導士で、どうやら味方だ、ロファーが安心する。


「うん、心配させて悪かった、アウトレネル」

ニコリとジゼルが笑顔を見せる。


「これがホムテクトですか?」

アウトレネルの問いに

「うん。南小ギルドに連れ帰って処分して欲しい。私はここの街の魔導士だ、他の街の犯罪者を処分できない」

とジゼルが答える。


「承知いたしました。罪人が捕まったならば、街に集まった魔導士たちも、通常に戻してよろしいか?」

「もちろん。みなご苦労だったと伝えてくれ」


「私からもジゼェーラ様にお伝えすることがございます」

ジゼルがアウトレネルをチラリと見る。


「グリンバゼルトの事なら、あれはあちらが仕組んだこと。私を責めても意味がない」

「判っております」


 アウトレネルが静かに、しかしはっきりと言葉にする。

「グリンバゼルト様より、ジゼェーラ様にこうお伝えするよう言い遣っております。『グリンバゼルトが悪かった。許して欲しい』とのことです」


 もう一度ジゼルがアウトレネルを見た。そして宙を見つめ、瞳を閉じた。やがて、再びアウトレネルに視線を戻す。


「兄上が悪いわけではない、私がそう言っていたと、何かの折に伝えてくれ」

かしこまりました、アウトレネルはひざまずき、最高位の敬意を示した。そしてホムテクトと共に姿を消した。


 ジゼルはその場にたたずみ、そして空を見上げた。つられてロファーも見上げると満天の星空が広がっている。今夜は月が見当たらない。


 冬の空は凍てついて、氷の欠片かけらが散りばめられているようだ。


「グリン、キミは今夜も星空を見上げているのか?」

ジゼルの小さなつぶやきはロファーには聞き取れなかった。そして夜の闇に紛れた一筋の涙を見ることもなかった。


 やがて溜息ためいきくと、ジゼルがロファーに向かって歩いてくる。そしてそっとロファーの胸に触れた。


「術を解いた……家に帰ろう」

ロファーを見上げるジゼルの顔はいつも通りだ。


 ジゼルが指を鳴らすと、少し向こうで馬のいななきが聞こえる。程なくサッフォがシンザンを連れて姿を見せた。


「この街には私以外の魔導士はいなくなった。街をおびやかすものはない。まずはロファーの家に行こう」

 ジゼルはそう言うとさっさと馬を走らせる。場所が判っているのか、と追いかけるかロファーが迷っていると、ジゼルがシンザンに足踏みをさせる。そして「案内を」と振り返り、ロファーをクスリと笑わせた。


 ロファーの店は広場からも近い。店の前で馬を降りると、「中に入っても?」とジゼルが問う。


 ロファーが店の鍵を開けると、まずは大通りと店のドアをつなぐ石畳でジゼルは足を止め、植込みをのぞきこむ。


「なるほど、大通りから、店の中をすんなりとは覗きこめない」

と呟いてから、店の中に入った。


 ジゼルが植込みを眺めている間にロファーは燭台に火を入れ、家中を明るくしていた。


 ジゼルは店をぐるりと見渡していたが、灯りをつけ終わって戻ったロファーに

「いつもここで客を待つ?」

と尋ねた。目は大通りに面した大きな窓、その向こうの植え込みに向いている。


「そうだね、ここで仕事をしながら客待ちだね」

入り口の右側は、全面、腰高窓でおおわれ、外に植込みが見えている。その向こうは大通りだ。


 窓際に大きな机が窓に向かって置かれ、その手前にL字型になるように細い机が並べられている。その細い机を挟んで椅子が二脚置かれていた。


 部屋の中央にはソファーが対で置かれて間に低いテーブルがある。客をもてなすのに使うのだろう。


 入り口から見て右と奥の壁は本棚になっていて、びっしりと本が詰まっている。入りきれなかった本が部屋の隅に整然と積み上げられている。


 そして左、大通りから脇に伸びる細い道側の壁は細い縦長の窓がいくつも並んでいた。


 ロファーの答えを聞いているのかいないのか、ロファーに何も言わずにジゼルは奥の壁のり貫きを通り、先へと進む。


「ここは作業場? 階段がある。二階に行けるのはここからだけ?」

「作業場と言うより控室で、どうしても誰にも見られたくないという客を相手するのに使っている。あと、本が少しおいてある。階段はここだけだね」


 壁に作りつけの本棚を覗いた後は、やはりロファーが言い終わる前に、奥へとジゼルは進んでいく。


「キッチン……バスルーム、こっちはベッドルーム。このベッドルームは使っていないようだ」

 キッチンにあるドアを勝手に開けて中を覗きこみながらジゼルが言う。


「両親が使っていた部屋だ。亡くなってからは片づけて、使っていない。書架を並べて古い本を詰め込んだ、ま、書庫みたいな使い方だ」

ロファーを半ば無視しながら、ジゼルは控室に戻る。階段に足を一歩乗せたところ

で、ふと首をかしげる。


「そこに、以前ドアがあった?」

 店の横を通る裏路地に出られる勝手口があった所をジゼルは見ている。


「両親は強盗に殺された。その強盗が押し入ったドアがそこにあった。今は潰して壁にしている」

ロファーがそう言うと、やっとジゼルがロファーを見た。


「そうか……嫌なことを思い出させて済まない」

そしてタンタンと階段を上って行った。黙ってロファーはついていく。


 二階には小さなホールがあって、ロファーの寝室のドアと、奥に納戸のドアがある。


「手前が俺の寝室。奥は納戸だ。納戸には代書屋の今までの記録が仕舞ってある」

「それは興味深いな。私が見る事は?」


「なんでも見せられる訳じゃない。たかが街の代書屋と言えど、顧客の秘密は洩らせない」

「ロファー、怒っている?」

「いや……」


 実はジゼルの図々しさを不愉快に感じているロファーだ。家を見せるのはいい。が、こちらの都合も考えずにずかずか入り込み過ぎだ、と思っていた。


「ならば、寝室を見せて貰っても?」

「必要とあらば、どうぞ」


 皮肉を言った積もりだったが、ジゼルには通じなかったようだ。自分でドアを開けて中に入った。


 大通りに面して、大きな窓が三つ、昼間ならば燭台に火がなくても明るいことだろう。そして奥には大きめのベッドが一つ、ベッドの上の天井には天窓もある。晴れた夜に横になって見上げれば星空が見えそうだ。


 手前に簡単なテーブルと椅子が置かれ、大通りに面した窓の近くのドア側に、簡単な机もある。その上部は本棚がしつらえられて、雑多な書籍が分類されずに並ぶ。机にも数冊、放り出された感じで本がある。窓の反対側はやはり設えのクローゼットになっていた。


 ジゼルは部屋に入り込むと、あちこち見てまわる。開けられて困りはしないが、机の引き出しや、クローゼットを開けられるのは嫌だな、とロファーが思っていると、

「窓にはカーテンをした方がいい」

とだけ言って、ジゼルは部屋から出て行った。


「それにしても街人にしては随分な蔵書だな」

「代書屋のたしなみさ」

とロファーが笑う。


「伝令屋のシスが『代書屋ならどんな知識も役に立つはず』と、昔からいろいろな本を出先で見つけては、息子に読ませろと、うちに持ってきたらしい」

「シスとは先ほど眺めた家の者だな」


「本に囲まれて育ったお陰で、俺は五つにもならないうちから読み書きができるようになった。そしたらシスのヤツ、息子に読ませろと周辺諸国の本まで持ち込むようになった。特に語学の本が多くて、必ず役に立つ、と、俺の父親が戸惑うのを押し通して、俺にその本を与えたそうだ」


そのほかにもシスは様々な本を持ち込んだ。生物、気象、民族、歴史、地理、法律、芸術、そして文学。その本から得た知識や情報は、両親が亡くなるころには俺をいっぱしの代書屋にしていた。父親を差し置いて、俺を指名する客もすでにいた。


 それがなければ十三で代書屋をぐのは無理だったかもしれない。今でも外国語を扱える代書屋はこの街では俺一人だ。

「今、俺が街一番の代書屋と言って貰えるのはシスのお陰さ」


「シスとはどんな男だ?」

「ん、いつも落ち着いて、そうだな、頼れる親方、って感じかな。この街では規模の大きな店の一つで、雇っている人数も多い。伝令屋と看板を掲げているけれど、運送屋でもある。そしてこの街で唯一、外国便を持っている。この街で輸出入を営む店はシスに頼るしかない。女房のモニーは物静かな美人で、その実、結構活発、シスの代わりにしょっちゅう外国に出張っている。商売の面でもシスの欠かせないパートナーだ」


「ふむ、そう言えば、ロファーの父親の相棒の伝令屋、と言っていたね。ロファーに語学を勧めたのは狙っての事なんだろう。外国向けの代書の依頼があっても配達できなければ意味がない。反対もまた然り。持ちつ持たれつの関係といったところか」

ジゼルが面白そうな顔をする。


「モニーが外国に行くのは仕事で? 街の中では二人はどんな感じ?」

「ほかに何がある? まぁ、二人は街の相談役みたいな立ち位置だね」


 男たちはシスを頼るし、女たちはモニーを頼る。シスは男たちの陰のリーダーって感じで、女たちの実質リーダーはジェシカだけれど、モニーはその参謀といったところ。


「長老たちみたいじゃなく、もっと生活に関した、例えば夫婦喧嘩の仲裁とか、あるいは長老たち街の実力者に苦情があるとか、そんなので困ればシスが一番だ」


 一階に戻るとジゼルは勝手口があった辺りに立ち、しばらく眺めていたが、

「長老のところに報告に行ってから帰ろう」

と店を出る。


 ドアを出るとき、ジゼルが鍵に触れているのをロファーは見逃さなかった。


「その鍵では心もとない?」

ロファーの問いに、

「念のため、守りの呪文を掛けておいた」

なに、魔導士の助手と言うだけで、狙われたりしないから心配ない、とジゼルが笑う。


「住処に戻ってから、ゆっくり話そう」

と、家中の灯りが消える。消して回る手間が省けたのはいいが、なんとなくロファーは面白くなかった。


「ひとりで住むには広い家だ」

 ロファーが鍵を掛けている間にシンザンに乗り込んだジゼルが呟く。

「だからって、うちに住みたいなんて言うなよ」

サッフォに乗り込んだロファーが言うと

「それはあり得ない。私には狭すぎる」

と声を立ててジゼルが笑った。


 長老の屋敷の門前で、やはりロファーに

「罪人は捕らえられ、魔導士ギルドに送られた」

と大声で言わせてから、ジゼルの住処に向かう。


 今度は『魔導士の住処』の看板の前で止まらず、そのままリンゴ畑を駆け抜けた。


「ロファー……」

オーギュの心細そうな声が出迎える。相変わらず、オーギュとフリージアは本棚の前のソファーで抱き合っていた。


 キッチンから、いい匂いが漂ってくるのはパンを焼いた匂いだろう。


「ロファー、ミルクティーの用意を。私は先にバスを使う。オーギュたちには待って貰って」

言いたいことだけ言うとジゼルはキッチンを回ってステンドグラスの部屋に行ってしまう。


 今からお茶を淹れてしまえば、バスから出る頃には冷めてしまうとロファーがキッチンで迷っていると、ローブを脱いだジゼルがキッチンに戻って来る。

「すぐ出るから、お茶もすぐに」

と通りすがりに言うと、食糧庫に通じるり貫きに入り、食糧庫に通じる階段とは反対側に姿を消した。


 バスルームはどうやらあそこにあるらしい、だけど、あんな場所にドアはなかったはずだ。と、ロファーは思ったが、気にするだけ馬鹿馬鹿しいと、茶を淹れる事にした。


 ケトルを火に掛け湯を沸かす。それとミルクを鍋で温める。


「魔導士様は人使いが荒いみたいだね」

と途中オーギュに慰められる。それに対して、

「何をさせられるか判らないところが一番しんどい」

とロファーがこぼす。


「何をさせられたんだ?」

オーギュがニヤリと笑う。

「面白い話じゃないよ」

不貞腐ふてくされるロファーに、今はあまりロファーに構うべきではないとオーギュが黙った。


 ティーポットにたっぷり茶葉を入れ、涌いたばかりの湯を注ぐ。香りが立ち昇り、茶葉が開ききるのを待って、別に用意したティーポットに茶漉しを使って移し替える。出がらしを捨てると、ティーポット二つにお茶を分け入れ、鍋で温めたミルクを等分した。そこに見計らったようにジゼルが戻る。


「いい匂い……」

 タオルで髪を吹きながら、ジゼルがロファーの手元を覗きこむ。ふわっと、お茶とは別の香りをロファーは感じた。


「お茶は居間に運んで。向こうで話をしよう」

とジゼルはステンドグラスの部屋に姿を消した。


 ロファーがお茶を入れたカップをソファーのサイドテーブルに運んでいると居間にジゼルが戻って来る。髪はすっかり乾いたようで、ツヤツヤと輝いている。


 そしてテーブル席に着くと、置いてあったカップにお茶を注いで砂糖を入れてかき混ぜながら、前置き無しで話し始める。ロファーはジゼルと同じテーブル席に着いた。

「まぁ、フリージアの街の火事は納まったし、罪人も掴まって魔導士ギルドに連れて行かれた。危険は去った」


「罪人?」

フリージアが声を震わせる。

「うん、あなたに横恋慕していた二人、一人はあなたの家の隣に住む若者、もう一人はその友人」


「その二人が罪人?」

さらにフリージアの声が震え、消え入りそうだ。


「いや、その二人のいさかいに便乗したロクでもない魔導士が、二人とその家族を殺して火を放った。罪人はその魔導士。そしてその魔導士が次に狙ったのがフリージアとオーギュだった。それでここに二人をかくまったのだよ」


「!」

 フリージアは眩暈めまいを起こしたのだろう。倒れそうな体をオーギュが支える。

「それで、魔導士様。フリージアの家族は無事ですか?」

オーギュがフリージアに代わって問う。


「……フリージアの家族も使用人ともども、その魔導士に」

 ジゼルがここで言葉を切る。何と言えばいいのか考えているのだ。そのジゼルにオーギュが先を求める。


「魔導士に?」

「うん、残念だが、もう二度と会えない」


 とうとうフリージアは気を失したようだ。がっくりと体から力が抜け、オーギュが必死に受け止める。青ざめるオーギュにジゼルが続ける。


「捕らえられた魔導士が放った火は全てを焼き尽くし、遺体も残らない。フリージアにはオーギュから、うまく説明してもらえないだろうか?」


 ジゼルを見詰めるオーギュの目から、涙がこぼれ落ちる。

小父おじさんと小母おばさんは子どものころからの知り合いで……」

それだけ言ってオーギュは黙った。ジゼルは黙ってティーカップを掌で包んだ。


 オーギュが落ち着くのを待って、

「それで、フリージアには帰る家がなくなった。どうする? オーギュの家に連れて行くか?」

とジゼルが尋ねた。


 暫くオーギュは黙っていたが、

「うん、俺の家に連れて帰って、うちの親父とも相談して、フリージアの気が済むようにするよ」

と答えた。

「小父さんの商売のこともあるし、西の街の他の粉屋にも相談しなくちゃならない」

「そうか。ならばフリージアが起きたら家に帰るといい。今夜はここに泊まれと言いたいが、私にはまだ仕事が残っている。申し訳ない」


滅相めっそうもない。魔導士様にかくまっていただいて、俺たちは助かった。フリージアの家族のことも話していただけた。匿われていなければ、俺たちはどうなっていたか判らない。知らずにフリージアを家に帰していたらと思うとぞっとする。そうならなかったのは全て魔導士様のおかげ、この御恩は忘れない」


 程なくフリージアが目を覚まし、「うちに帰ろう」とだけオーギュが言う。そして二人は魔導士の住処を後にした。


 寒いから、とジゼルは二人にストールを渡し、羽織はおっていくように勧める。

「オーギュの家に着けば、ストールは勝手に消える。私の手元に帰ったという事だ。気にしなくていい」


 サッフォを使っていいとジゼルが言うので、シンザンを返せばいいのでは? とロファーが言うと、

「シンザンはまだえていない。もうしばらく手元に置く」

とジゼルが却下した。


「サッフォも自分でここに戻る。降りたらそのままにしていい」

オーギュたちを乗せたサッフォが『魔導士の住処』の看板を出るまで見送ってからロファーが部屋に戻ると、ジゼルがソファーに突っ伏している。


「おい、どうした?」

「……だめだ、とうとう私は死ぬらしい」


 血の気の引いた顔で、息も絶え絶えのジゼルが呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る