第53話 深夜のおにぎり
俺は空気が出てきた方向へ腕を突きだした。
「うぐっ!」
テレポートで出現したセツが、俺の腕に当たって呻く。
殴ったというよりぶつかっただけという感触だが、訓練を続ければ精度はまだあがるだろう。セツとの勝負も負けっぱなしじゃなくなる。
セツは動きを止めた。
「どうしてわたしが出てくるのがわかった」
「空気がな、吹きつけるんだよ、出現の寸前に。近くならなおさらだ」
「そんな。いままでまったく気づかなかった……」
「そらそうだろ、テレポート使った戦闘なんていままで何回してるんだ? 同じ相手とずっと戦い続けたことなんてないだろ。そう簡単には気づかねーよ」
博士が寝てしまったので、俺とセツはトレーニングルームで組手をしていた。
イサムが動けないならパトロールもできないし、俺はゆっくりしていたかったのだが、訓練も仕事のうちだと言われてはしかたない。
セツは気を取り直したように刀を構えた。
「おっさんも意外と鋭いことがあるんでおもしろい。さて、これからが本番だぞ」
「つぎは吹っ飛ばす!」
俺は怒りを絶やさないようにしながら、セツと組手を続けた。
三十分も続けると、俺の拳はセツにうまく当たるようになった。セツはまだ訓練を続けたい様子だったが俺のほうが限界だった。もう怒り続ける気力がなくなった。歳を取ると怒るのはホントに体力を使う。
「待てセツ。もう終わりだ。これ以上続けたらいつ裸になるかわかんねーぞ。俺の裸を見ようとしてんのか」
「セクハラだぞそれ。わかった。今日はここまでだ。次までには打開策を見つけておく」
やっと今日の訓練が終わった。
服を着てリビングルームのソファで横になったらそのまま寝込んでしまった。
博士の声で起こされる。
「丈くん起きてくれたまえ。ここにいるならカメラの設置も一緒にいこう。地形の偵察になる」
俺はあくびをして聞いた。
「いま何時だい?」
「深夜一時だ。あれだけ寝れば眠くないだろう」
ブレスレットがピッピッと穏やかに鳴っていた。
セツがメイド服姿で傍らに立っている。
「おまえも行くのか、セツ」
「わたしはもとから一緒に行くつもりで準備している。休息もとった」
「なんか腹減っちゃったな。風呂も入ってないし」
「食事ならおにぎりが用意してある。さっさと詰めこんでくれ」
「ありがてえ」
俺はテーブルの上でラップにくるまれていたおにぎりを頬張る。ロボたちは全員イサムの改修にかかりっきりなので、おにぎりはセツが作ったものだという。意外なくらい形が綺麗だった。
食事を終えると着替えの入ったリュックを背負って、俺は準備を整えた。
「さあ行こうぜ」
俺たち三人は車庫兼整備場へ入っていった。中ではロボたちの作業が続いている。
半分だけになったイサムとジャージ姿のえひめがクイズ合戦をしていた。俺は声をかけた。
「なんだえひめ、まだ起きてたのか。明日も学校だろ」
博士が答える。
「まあ、いつもこれぐらい起きてるよね。えひめ、そろそろ寝なさい」
えひめが振り返った。
「三人いっしょに行っちゃうの?」
俺はイサムを指差した。
「あとはイサムがいればフルメンバーなんだがな」
えひめが拗ねたように言う。
「わたしも次元接続体だったらよかったのにー。ひとりだけ仲間はずれみたい。香華子ちゃんまで次元接続体だったっていうのに」
「俺も次元接続体じゃないんだぜ。忘れがちだけど」
「いっしょだね! ケッコンする?」
博士が咳払いをした。
「さあ行こう。ぐずぐずしていると夜が明けてしまう。えひめは早く寝るように」
セツが俺の背中を小突いた。
「ほら、おっさんから乗って乗って。後ろだ」
「押すなって!」
俺はワゴン車の後部に乗り、博士が助手席に乗った。運転はセツがするらしい。俺だってゴールド免許なんだが、説明する機会がいまのところない。
ワゴン車が発車する寸前、博士がぼそりとつぶやいた。
「父、嫉妬……」
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