第26話 自画自賛

 香華子は思わず声をあげていた。

「すごいすごい、すごーい!」

 哲史の設定ノートを読み終わると、頭が高速回転を始めた。

 書かれていた設定の数々は、香華子の妄想におあつらえ向きだった。やはり兄妹だけのことはある。香華子は、欠けていたピースが収まるかのように、すべてがかっちりとハマるのを感じた。

 おっさんは違うけど、万筋服は次元接続体の工作者の手によるオーバーテクノロジー。   

 敵も味方も次元接続体と呼ばれる異能者、超人。難しい物理法則無視。なんでもござれ。

 おっさんの所属する研究所も『次元接続体犯罪抑止研究所』と判明。研究所にいたロボも、車両型人工知能のイサムも工作者の新成物、発明品だ。現代科学に即していなくてもかまわない。

 えひめの父、世ノ目博士もメイド服の万頼セツも次元接続体。

 しかし、えひめは次元接続体ではない。やはり実際に接点がある人物がモデルだと、超人にしてしまうのはためらいを感じるらしい。香華子はそう自分を納得させた。

 そういえばえひめは学校で気になることをつぶやいていた。

「……だいぶ歳の離れた友達ができてね、その人がおもしろいの……」

 香華子の妄想によるおっさんなら、確かにだいぶ歳の離れた友達になるだろう。しかし、そんなことはありえない。おっさんは香華子の妄想のなかだけの存在だ。もしかすると、現実のえひめにも中年の友達ができたのだろうか。

 現実は現実にある。香華子があれこれ思い煩ったところで現実が変わるわけでもない。

 香華子はえひめのことを脇に追いやり、哲史の設定ノートを読み返した。

 読み落としがないか、細かく目を配る。

「すごいなー、すごいなー、すごい……」

 哲史の設定もすごいが、それを妄想にぴったり当てはめてしまう自分もすごい、という自画自賛の声であった。

 とくに重要な部分は忘れないように声を出して読みあげる。

「次元接続体とはケイオスウェーブに曝されて多次元接続を獲得した人間の総称である。多次元接続はほかの世界の物理法則とエネルギーを当該人物が使用することを許し、次元接続体はもれなく特殊な異能を有する超人となる。次元接続体としての適性と異能は遺伝はせず、あくまでケイオスウェーブに曝された個人のものとなる」

 ページをめくる。

「ケイオスウェーブとは不可視、不可知の流動体であり、次元接続体が存在することをもって、その実在の証左とする。また推測によると、ケイオスウェーブ現象は太古より稀に発生してきた自然現象であり、局所的に超人を出現させてきたと思われる。その痕跡は世界中に残る神話や超人の伝承が示すとおりにあきらかである」

 香華子はひと呼吸ついて続ける。

「以上のことは太刀川(たちかわ)レポートを根幹とした周辺研究より導きだされたものである。太刀川氏は自ら次元接続体となり、超知能を獲得していくに従って人間性を失っていった。最終的に失踪してしまったが、あとに残されたのが太刀川レポートである」

香華子は眼鏡の奥で目をくりくりさせて、哲史のノートをチェックした。あとは哲史の考えたさまざまな能力をもつ次元接続体のことが続いていた。パタンとノートを閉じる。香華子は大きく息を吐いた。

「ふー。こんなところか。だいじなところは。おっさんにはどこまで説明されるかわかんないけど。おっさんがどこまで疑問に思うかによるな……」

 自分の妄想のなかのことなのに、キャラたちがどう反応するか、完全には予測できない。

それが難しいところだが、反面、それが面白くて妄想が捗るのだった。

 次元接続体とは、大昔なら神話の神々にされてしまうような存在だ。果たしておっさんはそんな相手に対処できるかどうか。

 香華子の口元が思わずほころぶ。

「ふふ、おっさんも大変だな……」

 もともと香華子は、おっさんこと釘伊が苦しみ悶えるところが好きなのだった。

 ところでおっさんは、普通の人間に対してはどれぐらい強いのだろうか。

 そう考えはじめると、香華子の好奇心がむくむくを頭をもたげていくのだった。 

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