第19話 再会

研究所所属のエージェント。

 それが俺の肩書となった。他人への説明に困る職業なので、必要がある場合は団体職員とでも言おう。

 仕事としては、一日目からみっちりした訓練があった。訓練というか、セツを師とした稽古だ。

 セツは強い。居合と空手、それとクラブマガに精通しているそうだ。怪力の持ち主で動きも素早く、万筋服なしの俺じゃまったく太刀打ちできない。

 いいように転がされて、怒りで万筋服が出てしまったこともある。そのときもセツは稽古を中断せず続けた。大したタマだ。俺は万筋服を着てても攻撃を当てられなかった。利点としては、向こうが当ててきても痛くないので余裕が生まれるぐらいだった。

 正直いって、四十を超えた身体には荷が重い。訓練だけでクタクタになってしまう。そのかわりパトロールは楽なので助かる。

 イサムに乗って定められたルートをドライブする。運転はイサム任せの自動操縦。俺もゴールド免許なので運転は下手じゃないが、楽なほうがいい。

 いちおう周囲に目を配っているが、ほとんどイサムとのおしゃべりだ。

 パトロールルートには、車が入っていけない場所もある。そんなところには徒歩でいかなければならない。しかしイサムを駐車して違反キップを切られる恐れもなければ、いちいち戻ってくる必要もない。

 イサムが自ら動いて出口に先回りしてくれる。時間が余ればそこらへんを勝手にうろついてる手はずだ。

 無人の車が走っていたら大騒ぎになるだろうが、その点、こいつは本当によくできていた。窓ガラスに俺のホログラムを映しておいて、外からは俺が運転しているように見える仕組みだった。

 俺が入っていかなきゃならないような事件は、そうそう発生するわけもなく。

 人工知能とおしゃべりしながらドライブし、たまに少しばかりウォーキングする。それがパトロールの実態だった。

 両手離しで運転席に座りながら俺は言った。

「俺がヒーローになれる事件なんてそうそう起きるわけもねーし。三十万もくれるからキツイ稽古も受けてパトロールもするけどよ、やっぱ働きたくねーな。宝くじでも当たればなー」

「おっさん少しは数学の勉強すれば。俺が教えてやろうか。宝くじの当たる確率わかる?」

「運てのはそういう確率を超えたもんだよ。四十過ぎてれば何度か死にそうなったこともあるけど、俺はまだ生きてる。運が死なせない」

「現代日本人が四十歳までに死ぬ確率って、もともと低いんだよ、おっさん。二パーセントだぞ。九十八パーセント死なないの」

「そんなに低いのか、俺の知り合いそこそこ死んでるけどな」

「それが二パーセントなんだよ、五十人にひとりなんだから」

「そんなもんかな」

「四十過ぎたら死亡率があがるよ。運動してきなおっさん、ウォーキングパートだぜ」

 イサムが停車してドアを開けた。

「あー、セツのせいで筋肉痛がする。じゃ、ちょっと歩いてくるわ」

 俺は住宅地に入っていく。ここから駅前までがウォーキングパートだ。三百メートルくらいか。

 いくら注意して歩いたところで、いまどき下着ドロさえいやしない。空き巣や特殊詐欺の受け子がいたりするかもしれないが、俺には見分けがつかない。現場にぶち当たらなけりゃ無理だ。閑静な住宅地をぶらぶら歩いていく。下手をすると俺のほうがあやしい人物に思われるだろう。早く駅に着きたい。寒いし。

 突然声をかけられた。

「よう、おっさん。奇遇だな、調子はどうよ?」

 ホストっぽい若い男だった。

 一瞬誰だかわからなかったが、すぐ思い出した。

 俺が自殺に失敗したあと自棄になって子猫を助けたとき、その場に居合わせた若社長だ。「いいもの見せてくれた」とか言って、飯代に一万くれた。その恩は忘れていない。

 名刺に書かれていた名前は諸戸亮吾(もろと・りょうご)だったか。

 諸戸はガムを噛みながら、右手にトランシーバーを持っている。

 諸戸が言った。

「今日はまともなカッコしてるな。仕事にありついたかい?」

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