第14話 クラスメイト

香華子は今日も上機嫌だった。

 妄想はうまくいっている。登場人物はみな生き生きとしていた。登場人物や設定など、かなり無茶をしてみたが香華子の脳内ではうまくまとまって世界は続いていく。機嫌がよくならないわけがなかった。

 教室で澄佳が声をかけてきた。

「このところずっと機嫌いいじゃん。おっさん生きてる?」

「生きがいばっちりって感じ。ちょっと無理があるぐらいのバランスが難しいけど。おにぃの忠告に従って女の登場人物も増やしたし」

「おっさん、彼女できたの?」

「彼女とかゼッタイだめ! おっさんは独り身じゃなきゃだめ! でもおにぃの話だと男は恋人じゃなくても女がそばにいないとだめなんだって。だから彼女になりそうもない危ない女を配置してね……」

 突然、教室がわっと華やいだ。

 おはよう、おはようと挨拶の声があがる。人気者が登校したのだ。この教室一番の人気者、世ノ目えひめが。

 えひめは挨拶を返しながら自分の席にバッグを置く。豊かなセミロングの髪を揺らして着席すると、さっそく近くの者とおしゃべりを始めた。

 えひめの機嫌が悪いことはまずなかったが、今日は笑顔に輝きがある。上機嫌のようだった。なにかいいことがあったのかもしれない。

 彼女はもちろん、香華子の妄想のなかの登場人物、世ノ目博士の娘、世ノ目えひめのモデルだった。父親の名前は知らないが、えひめのことは名前をそのまま使ってしまった。

 名前と容姿は同じだが、香華子の妄想のなかでの人格は、現実とだいぶ違う。

 違うはずだ、きっと。はっきりといえたものでもない。じつのところ香華子はえひめとあまり親しくなかった。

 しかし、えひめは目立つ。

 親しくなくとも近くにいるだけで、いろいろな話が飛び込んできた。

 容姿端麗、悪い奴以外は誰にでも優しく、そのうえ強い。容姿に似合わず、キックボクシングをやっていると聞いたことがある。

 一年のときには、学祭にやってきた不良を撃退したりもした。実際に香華子はその場を目撃していた。

 強く優しく気高く。

 父親はなんらかの博士号を持っているらしい。それも香華子の想像力を刺激した。

 いろいろ普通じゃない。

 やはり普通じゃないおっさんに関わるキャラクターのモデルには、ばっちりだった。

 妄想のなかで、ちょっと危ないサディスト風味のキャラクターにしたのは、香華子のやっかみもある。

 なにより、女としておっさんのそばには居てもらいたいが、惚れられては面白くないというのが主な理由だった。

 香華子の妄想のなかでは、おっさんの好みはわりと保守的で、しっかりした女が好きなはずだった。

 ちょうどこの、現実の世ノ目えひめみたいな女だ。かなり年が離れているので、手を出すかは疑問だが。

 談笑するえひめを目尻でとらえながら、香華子は考え込んだ。

 兄の進言どおり、女はいい感じで出した。えひめもいるし、メイドのセツもいる。

 次は生活の保証だった。おっさんにどんな仕事をさせるか。

「香華子、香華子、眉間にシワ寄ってるよ」

 澄佳の声で香華子は我に返った。

「おっさんに仕事を与えないと」

「妄想も大変だね。頭のなかにヒモ飼ってるみたい」

「入り口は考えたんだけど、えひめさんちが何やってるかよねー」

「え、えひめちゃんの家?」

「あ、違くて! おっさん無職だし働く気あまりないし、どんな仕事ならやるかなと思って」

「強くなったんでしょ? 用心棒とか」

「用心棒ねー。どこを用心させるかよねー。暇そうだからおっさんやるかもしれないけど」

「あと、安定が必要なら公務員とか」

「用心棒で公務員とかってあるのかな?」

「あるよ! だってSPとかそうじゃん。要人警護」

「あ、そっか。でもおっさんの性格で要人警護なんて務まるかな、すぐクビになりそう。もっとゆるい仕事じゃないと……」

 おっさん、釘伊丈は気難しいところがあるもののヒーローになりたいと思っている。そのツボを押さえた仕事を作り出せればいいのだが、社会経験の乏しい香華子には難しい。

 離れた席から、えひめの声が一部だけ届いた。

「……だいぶ歳の離れた友達ができてね、その人がおもしろいの……」

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