高校の頃後輩だった年下女上司の小岩井さんは会社だと(本人は)完璧(のつもり)なのに1人になると途端にコミュ症
第43話 小岩井日菜は自分が思っているよりもずっとコミュ症。だけど、大事な気持ちは伝えられる
第43話 小岩井日菜は自分が思っているよりもずっとコミュ症。だけど、大事な気持ちは伝えられる
壮馬は少し黙って頷いて、ゆっくりと口を開く。
「あーっ! 待ってください、壮馬さん!!」
「はい! なんでしょうか?」
手で壮馬を制した莉乃は「えへへ」と笑って舌を出す。
とてもスッキリとした表情をしていた。
「あたしの告白はこれで完了しましたのでー! 知らないんですかー? あたし、なかなか人を見る目はあるんですよー? ですからー。次はお姉ちゃんのお話を聞いてあげてくださいー。あたし、壮馬さんと同じくらいお姉ちゃんの事も大好きなのでー!!」
莉乃は初恋の決着を敢えてハッキリとさせなかった。
それは、壮馬が自分に遠慮をして、日菜の言葉に対する返答を変えてしまうかもしれないと考えたからであり、恋する乙女の矜持でもあった。
「ささっ! お姉ちゃんの番だよー」と言って、莉乃は日菜の背中を押した。
物理的にも押していたので、日菜は「ふぎゃっ!」と鳴いて、壮馬の前に歩み出る形になった。
「あ、あの、えと、あの。沖田く……沖田先輩は、卒業式を覚えていますか?」
「もちろんですよ! 日菜さんが見送ってくれました!」
「あの、あの時、わたし、言えなかった事があって。それ、ずっと後悔してて。それで、急に沖田先輩が会社に入って来て。わたしが先輩になって。あの、うみゅ……」
「ゆっくりでいいですよ、日菜さん。俺はどこにも逃げません」
いつもよりもあたふたする日菜だが、その小さな手はギュッと握りしめられており、その瞳は壮馬から逸らさない。
日菜は大きな声で言った。
「お、お、沖田先輩が好きです! わたし、ずっと沖田先輩の事が好きでした! こんなちんちくりんにそんなこと言われても困ると思って、卒業式の時には言えませんでした。けど、けど! わたし、今でもやっぱり沖田先輩が好きなんです!!」
壮馬は日菜の告白も、しっかりと受け止めた。
彼は、まるで置き忘れて来た宝物を7年余りの時を経て、再びその手に戻って来たような錯覚を感じたと言う。
ならば、彼の決断は決まっている。
もう2度と、宝物からは手を離さない。
そっと、ぎゅっと。優しくそれに触れる。
「俺は、要領が悪くて不器用で、察しも悪い男です。だから、日菜さんの気持ちに薄々気付いていたのに、確認できませんでした。実は、怖かったんです。情けないでしょう? 結果、日菜さんに勇気を出してもらう事になってしまいました。だから、俺もハッキリとお答えします!!」
壮馬は日菜に向かって一歩踏み出した。
もう一歩。さらに一歩。
失った時間を取り戻すように、歩み寄っていく。
「ふ、ふみゃ!? あ、あの、沖田先輩……?」
「あなたが好きです! 小岩井日菜さん!!」
「ふぎゅっ!? で、でも、わたし、こんなんだから……その!」
「日菜さんの全てが好きです! 俺、これからも遠回りしかしない人生になると思いますが、よろしければ一緒に隣を歩いてくれませんか!」
「う、うみゅ、わた、わたし、足が遅いですし」
「歩幅は俺が合わせます!!」
「ほ、ほほ、方向音痴ですし」
「たまには一緒に迷うのも楽しいですよ!!」
「言いたい事、上手く言えないですよ?」
「日菜さんが喋ってくれるのを待ちます! いくらでも!!」
その時、強い光が3人を照らした。
それがどうやら警備員の持っているライトだと気付くのに、時間はさほど必要としなかった。
「わー! 大変ですよー! 逃げましょう、壮馬さん! お姉ちゃん!」
「ふ、ふぎゃっ!? あ、待って、緊張して足が……! ふみゅっ」
「俺の手を握ってください! そして、離さないでください!!」
「……うみゅ!」
かくして、3人の不法侵入と愛の告白は終わった。
後日、剛力支店長を筆頭に、井上隼人と沖田壮馬の3人で菓子折りを持って謝罪に訪れる事になるのだが、成就した恋を差し置いてそのような雑事を語るのは無粋である。
◆◇◆◇◆◇◆◇
それから5年の月日が経過した。
今日は特別な日である。
「おお! 本当に並んでますよ、日菜さん!」
「そ、そうですね」
(ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 沖田先輩、じゃなかった! 壮馬くんの書いた小説が、ちゃんと本屋さんに並んでる!! 平積みになってる!! 夢じゃない! 夢が叶ったんだもん!! お、お祝いの言葉を考えて来たのに、全部忘れちゃったよぉぉぉ!!!)
沖田壮馬は小説家として第一歩を踏み出していた。
とは言え、何かの賞を受賞した訳ではない。
剛力元支店長。
現在は山の森出版・エンターテインメント局の局長が「この物語は面白い! 売れなきゃワシが責任取ります!!」と、本社の老人たちを黙らせたのが半年前の事。
そこからはとんとん拍子に出版へ向けて準備が進んで行き、晴れて本日、山の森出版から壮馬の小説が発売される事になった。
無名の作家が書いた、地方出版社の出す小説である。
本来ならば、書店の隅の本棚に並ぶべきであり、ワゴンセール品としてでも扱ってもらえたら御の字。
しかし、杉林支店には優秀な営業部がある。
「いやいや、なかなか壮観だね! 創刊だけに! なんちゃって!」
「井上……。あなた、ついにそんなしょうもない親父ギャグを……。時間って残酷だわ」
井上隼人支店長と、藤堂真奈美営業部長も現場の視察にやって来た。
彼らは人脈を駆使し、持てる力の全てをマーケティングに注いでいた。
「支店長! 藤堂先輩! おかげ様で夢が叶いました! ありがとうございます!!」
「ふみゅ。ありがとうございましゅ!」
頭を下げる壮馬。
つられてそれに続く日菜。
「お礼を言うのは僕たちになるんじゃないかな。だって、絶対にこの本は売れるからね。そうすれば、次回作の執筆に取り掛かってもらわなくちゃ。その次は次々回作! もううちの会社は壮馬くんを逃がしてくれないよ?」
「ハイエナのような井上。でも、本当に良かったわ! これで心置きなく日菜ちゃんと結婚できるわね!」
「あーあー。真奈美さん。なんで壮馬くんより先に言うの」
「ええっ!? う、嘘でしょう!? まだプロポーズしてなかったの!?」
急なネタバレを喰らった日菜は「ふ、ふぎゅ!?」と壮馬の顔を見る。
そこには、いつもの柔和に笑う彼の姿が。
続けて、彼は言うのである。
実に自然な流れで。淀みなく。
「日菜さん。結婚してくれますか?」
「ふ、ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! あぅ、うみゅ! ふみゃ!!」
小岩井日菜はコミュ症である。
色々と鳴き声を上げたのち、パタリとその場に倒れ込んだ。
唐突にプロポーズをすると、こうなるのは想像に難しくない。
「ちょ、小岩井さん! 店の前で倒れるのはまずいよ! 真奈美さん!!」
「ええ! 日菜ちゃんはこう言っているわ! あまりにも急でお返事が思い浮かばないけれど、すごく嬉しいですって!!」
「そうでしたか! いやはや、良かったです!!」
「……ふみゅ」
時間が経って叶う夢もあれば、時間が経っても変わらない関係がある。
これから先、何十年後でも、今日と言う日は特別なものになるだろう。
これは、彼と彼女の不器用な物語。
その、ほんの一部分である。
——完。
◆◇◆◇◆◇◆◇
拙作にお付き合い下さった奇特な読者様。
まずはこのようにニッチな拙作を最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
カクヨムコンの読者選考は現状の☆とフォロー数ではまずもって突破できそうにありませんが、書きたいものを好き勝手に書けただけで割と満足しております。
と、感想やらお礼やらを詳しく語るのはあとがきに譲ろうと思います。
実はもう1話ほど、オマケがございます。
人によっては蛇足になるかと思われますので、この回で物語は完結です。
お暇を持て余しておられる方は、明日、もう1話だけお付き合い下さいませ。
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