第171話 大魔王・ベザルオール様、春日家の家族旅行に加わる

 コルティオール。

 春日大農場の母屋には、今日も普通にベザルオールがやって来ていた。


「わーい! ミアリス様ー! 見てー! おじいちゃんにねるねるねるね貰ったー!!」

「あら。よかったじゃない。ベザルオールにお礼は言った?」


「うん! 言ったよー!! おじいちゃん優しいから好きー!!」

「くっくっく。余は大魔王ベザルオールなり。優しいなどと言う形容からは最も遠い存在よ。くっくっく」


「いや。あんた、もう完全にウリネの祖父だからね? それ、コルティオール全体の共通認識みたいになってるから」

「くっくっく。マ? しかし、悪くない気分の余が存在するのは何故か」


 そんな事を考えていたら、春日黒助が出勤してきた。

 今日は鉄人はもちろん、柚葉と未美香も一緒である。


「おはよ。黒助。それにみんなも。どうしたの?」

「おはよう。ミアリス。いや、俺一人で良いと思ったのだが、どうしても直接誘いたいと言うものだからな。家族の意見は尊重したい」


 柚葉と未美香がベザルオールの元へと駆け寄って行った。

 続けて、聖女と天使が大魔王に襲い掛かる。


「ベザルオールさん! 一緒に温泉旅行に行こうよっ!」

「兄さんが宿泊券を買ったんです! けど、5枚で1セットらしくて! ベザルオールさんが良ければですけど、現世を楽しみませんか?」


「くっくっく。ちょっと突然過ぎるハッピーの大洪水に頭がついていかぬ。さては余、もしかすると近いうちに死ぬのか」


 黒助がやって来て、「何を言っとるんだ、じいさん」と大魔王の前に座った。

 続けて、時岡市の隣にある時泉市の温泉旅館の宿泊券を取り出す。


「実はな、岡本さんがお友達価格で宿泊券をお譲りしますよと言ってくださってな。まあ、断り切れんかった訳だ。じいさんには、この間ホテルの宿泊券を譲ってもらったからな。その話を家族にしたら、じいさんを是非誘いたいと言う事になった。聞くが、じいさん。温泉は好きか?」

「くっくっく。余はアニメの温泉回でしか温泉と言うものを知らぬ。……しかし、全知全能の身として正しい知識を得ること、やぶさかではない。だが、春日黒助よ。ミアリスを誘わずとも良いのか?」


 後ろでソワソワしていたミアリス様。

 心の中で「ナイス! 大魔王、よく言ったわ!!」とガッツポーズをとった。


 だが、黒助は首を横に振る。


「今回は鉄人も旅行に行くため、農場の管理責任者をミアリスには務めてもらわなければならん。残念だが、連れて行けんのだ」

「…………くすんっ」


 ハンカチで目頭を押さえたミアリス様。

 だが、そこは春日黒助である。

 アフターフォローは完璧にこなす。無自覚で。


「ミアリスは今さら旅行の1つや2つに行けないくらいで文句は言わんぞ。ミアリスが望めば、ホテルでもどこでも連れて行く用意が俺にはある。まあ、近場にはなるがな。そうだろう、ミアリス?」


 女神様の瞳に光が戻り、表情からパァァッと擬音が発せられる。

 仕組みは分からないが、女神の起こす奇跡の類だろう。


「も、もちろんよ! たまには黒助も家族水入らずで過ごしたいでしょうし! わた、わたしは、その! 今度、一緒にホテルに泊まるから!! ピンクのベッドがあるとこに!! だから、もう全然! 全然、全然気にしないでいいわよ!!」


 この夜からイルノとセルフィがミアリスの勝負下着選びに深夜どころか明け方近くまで付き合わされることになるのは、既に決定された未来である。


「そういう訳ですから、一緒に行きましょう! ベザルオールさん!」

「そだよ! ベザルオールさんって元気だけど、やっぱりお年寄りだからさ! 温泉で体を休めて欲しいな! ねっ! いいでしょ?」


 ベザルオール様は口元を歪めて、マントを翻した。


「くっくっく。そなたらがそこまで申すのであれば。この大魔王ベザルオール、現世の視察へと赴こうではないか。くっくっく。自分、涙いいっすか」


 こうして、春日家の家族旅行までのカウントダウンがスタートした。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 3日後。

 一泊二日の旅へと出発する大魔王を家臣たちが見送った。


「ベザルオール様! お気をつけて!! 温泉の湯を飲むと腹を下すと聞きます!」

「くっくっく。ガイル。卿の忠言、しかと心に留めておく」


「こちらをお持ちください。着替えと各種薬、タオルと洗顔用品。スマホの充電器とお小遣い3万円でございます。圧縮袋も入れておりますので、今着ておられる服はそちらに収納してください」

「くっくっく。アルゴムよ。卿の細やかな気配り、さすがである。褒めて遣わす」


 飛竜に乗り転移装置まで移動したベザルオールは、ワクワクしながら現世へと向かった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 黒助の運転するステーションワゴンで、一向は時泉市へ。


「兄貴! ナビの入力忘れてるよ!」

「そうか。……すまんが、使い方が分からん。壊れてないか、これ」


 今日のためにレンタカーを借りた黒助だが、カーナビの操作方法を彼は知らない。

 そこは万能ニートの出番。

 助手席に控えて、万事手回しよく兄の補佐を行う。


「ぶーぶー! 鉄人が助手席ってズルいと思う! 後部座席で死んだように寝てればいいじゃん!!」

「鉄人さん。1万円あげるので、今からネットカフェに行くのはどうですか?」


「くっくっく。辛辣過ぎて草。良いではないか、柚葉たん。未美香たん。鉄人はいつも、ああして兄のために働いておる」

「ひょー! さすが大魔王様! よく見てるぅー!!」


 未美香は黒助に似て、お年寄りに優しい。

 そのため、ベザルオールの言葉を受けると少し態度が軟化する。


「うー。ベザルオールさんがそう言うなら。今日は見逃してあげてもいいけどぉー」

「鉄人さん。1万5千円ならどうですか?」



 春日柚葉は愛する義兄のためならばお年寄りの発言をガン無視することが出来る、訓練された乙女であった。



「そう言うな、柚葉。俺は家族の思い出が増えることが嬉しい。白状するとな。楽しみで、昨夜はあまり眠れなかった」

「兄さん……!! 兄さんがそう言うなら、私は何の文句もありません! もぉ、兄さんってば、そんなに私たちとお出かけするのが楽しみだったんですね!!」


 愛する義兄に極めて従順な点も、春日柚葉のトリセツの最初の方に記載されている特記事項。


「それでは、向かうか。ベザルオール、酔い止めは飲んだな?」

「くっくっく。至れり尽くせりでぴえん。案ずるな。既に服用しておる」


「そっか! ベザルオールさん、車にも滅多に乗らないもんね! 何かあったらあたしに言ってね! スーッとするミントのヤツとか、ちゃんと用意してるから!」

「くっくっく。未美香たんマジ天使」


 走り出した車は英雄の運転でニートと聖女と天使と、大魔王を乗せて高速道路を行く。

 楽しい家族旅行の始まりである。

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