―105― 標的

『キスカ、大丈夫か?』


 ふと、アゲハから声をかけられる。

 どうやら傍から見てもわかる通り、俺の様子はおかしいらしい。


『あぁ、大丈夫だ』


 そう言うも、自分の声がうわずっていた。


『そうか……』


 ひとまずアゲハはそう頷くも、どうやら俺に対し違和感を拭いきれないようだ。


『それで、まずはなにをしたら、いいんだ?』


 話題を切り替えるようにして、俺はそう告げる。


『まずは賢者ニャウを殺す』


 そうアゲハが言った途端、胸がざわつくのを感じた。


『ニャウを殺す必要はないんじゃないのか……?』


 個人的に、賢者ニャウに対して強い思い入れがある。だから、ニャウを殺すのはどうしても避けたい。


『なぜ、そう思う?』


 アゲハがなにか疑いをかけるような声でそう呟く。

 前回の時間軸で、俺とニャウの築いた関係性について、アゲハは知っているんだろうか?

 下手に知られたら、アゲハはニャウに嫉妬してしまいそうだ。

 もし、嫉妬なんて余計、ニャウを殺そうとするかもしれない。

 だから、そうとは気取られずに、ニャウを殺さないと方針に誘導しないと。


『戦士ゴルガノと聖騎士カナリアを殺さないといけない理屈はわかるんだ。あいつらは『混沌主義』という組織に加入していて、魔王ゾーガに加担している裏切り者だから』

『『混沌主義』……?』


 どうやらアゲハは『混沌主義』という言葉にピンときてないようだ。


『知らないのか? 俺も詳しいことは知らないが、そういう組織があるみたいだ』

『あぁ、組織の存在は知っていたが、組織の名前まで知らなかった。あぁ、そうか。そいつらが、我のことを……ッ』


 ゾワリ、と背筋が凍る。

 なぜなら、アゲハの口調には強い殺意が芽生えていたから。


『もしかして、アゲハを封印したのは『混沌主義』なのか?』

『あぁ、そうだ』


 アゲハは頷く。

 そうだったのか。『混沌主義』は魔王を復活させるだけに限らず、アゲハのことまで暗躍していたとは。


『ともかく、聖騎士カナリアと戦士ゴルガノはどうしても殺す必要がある。あいつらがいると、魔王が復活してしまう。それに、我の復活も邪魔してくるしな』

『勇者エリギオンを殺すのはどうしてなんだ?』

『あいつがいると、我の復活を阻止される。だから、邪魔なんだよ。それに、勇者は2人もいらないからな』

『だったら、賢者ニャウは殺さなくてもいいんじゃないのか?』

『賢者ニャウを生かしておくと、他のやつを殺すのが難しくなる』

『どういうことだ?』

『賢者ニャウに戦いを介入されて、殺すのを失敗したことがあるんだよ。それだけはなんとしてでも避けておきたい。だから、確実に成功させるためにも賢者ニャウを殺しておきたい』


 そう聞いて、俺は安堵していた。

 それなら賢者ニャウを殺さずとも、戦いに介入することさえ阻止することができれば、生きていても問題なさそうだ。


『そういうことなら、俺が賢者ニャウの介入を阻止する。それなら、彼女を殺す必要もないだろ』

『おい……、なんで貴様は、賢者ニャウにそこまで肩入れするんだ? まさか、貴様、我を差し置いて、ニャウと関係をもったんじゃないだろうなぁ……ッ』


 あ、ヤバい。どうやら、ニャウとの関係性との関係性を疑っているようだ。

 どうしよう。

 なにか、言い訳をしないと。 


『ニャ、ニャウがいると便利だと思ってさ。なにせ、あいつはダンジョンの外に脱出できる転移魔術が使えるんだから。だ、だから、ニャウを生かしてほしいと思っただけで、別に彼女とそんな関係なんて持ってないですよ……っ』

『声がうわずっているぞ』

『ひゃっ』


 やべっ、変な声を出してしまった。

 絶対、これ疑われているよな。


『………………』


 無言だけど、めちゃくちゃ圧を感じる。


『まぁ、いい。あいつの転移魔術が便利なのは事実だからな。それに、こんなダンジョン一刻も早くでたいのも確かだ。ボスを攻略するためにダンジョン内に下手にうろついていたら、嫌なやつと遭遇するかもしれないからな。それだけはなんとしてでも避けたい』


 よかった。

 どうやら納得してもらえたようだ。

 アゲハが納得してくれたのは、ニャウが便利だからという理由より、嫌な奴と出会いたくないってのほうが理由の比重として大きそうではあるが。

 てか、嫌なやつって誰のことだろう?

 このダンジョンにいるやつといえば……、あとは吸血鬼ユーディートぐらいしか思いつかない。


『それじゃあ、最初の標的を賢者ニャウから変えようか』

『誰にするんだ?』


 心臓を高鳴らせながら、アゲハの言葉を待つ。


『最初は勇者エリギオンだ。まず、あいつをなんとかして、我の封印を解く』


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