第8話

 マーシーが勢いよく突進してくる。

 私は、ただただ無事であるよう祈った。

 もちろん扉ではなく、扉越しにいる私の無事をだ。

 とはいえ、現在私は扉の数十センチ手前にいるので、扉が無事で済まなかった場合、私も無事では済まない。

 つまり、私と扉は一心同体といえる。


 マーシーが迫ってきた。

 彼女は肩に体重を乗せ、扉に突進した。

 そして、彼女の全体重を乗せた渾身のタックルで、私の目の前にある扉は壊れた、と思うほどの衝撃音が鳴り響いたが、扉自体は無事だった。


 というわけで、私もとりあえずは無事だった。


「あぁ、びっくりした……」


 まさかの突進に度肝を抜かれたが、日ごろの行いがいいせいか、運よく怪我をせずに済んだ。

 扉の窓越しに教室をのぞいてみると、マーシーが仰向けで倒れていた。

 しばらく待ってみたが、彼女は動かなかった。


 もしかして、気を失っているのだろうか。

 私は扉の鍵を開けて確認することにした。


 ガチャリ。

 と、扉の鍵を開けたところで、私はあることに気付いた。


 彼女が倒れているのは、気絶したふりだったらどうしよう。

 私に扉の鍵を開けさせるために、一芝居打ったという可能性だ。

 まあ、それはないか……。

 どう見たって気絶しているし、そもそもそこまでの頭脳プレーが彼女にできるとは思えない。


 そう判断して、扉を開けた。

 私は倒れているマーシーの側で膝をついた。

 そして、脈を確認した。

 もちろん私ではなく、マーシーの脈だ。

 私の脈は、正常値よりも高いだろう。

 さっきまでビビりまくっていて、心拍数が上がっているはずだ。

 まあ、私の脈はどうでもいいとして、マーシーの脈はというと……。


「死んでいるわ……」


 という展開になったらホラーだが、幸い彼女の脈はあった。

 気を失っているだけのようだ。

 私は大きく息を吐いた。

 さて、問題はこれからどうするかだ。


 マーシーをこのまま放置して帰ってもいいだろうか。


 もちろん、目を覚ますまで側にいてあげるほど、私はお人よしではない。

 しかし、気を失っている女生徒を置き去りにするというのは、あまり気が進まない。

 ということで、彼女を医務室まで運ぶことにした。


「あ、これは無理だわ……」


 彼女を持ち上げようとしたが、全然動かなかった。

 意識のない酔っぱらいを運ぶのは大変というけれど、どうやらそれは本当みたいだ。

 それにくわえて、私と彼女とでは体格差があり過ぎる。

 小柄な私では、彼女を持ち上げるなんてこと、逆立ちしてもできない。

 

 そもそも、私は逆立ちができない。

 まあ、それはどうでもいいとして……。


「どうしよう……」


 運ぶのが無理だとしても、このまま放置しておくわけにもいかない。

 あ、そうだ。

 エリオットとハワードに運ぶのを手伝ってもらおう。

 でも、あの二人で大丈夫だろうか。


 二人ともすらっとした体型だから、力仕事が得意だとは思えない。

 あの細腕で、マーシーを運べるかどうかは微妙なところだ。


「うぅ……」


 突然マーシーが、うめき声を上げた。

 もしかしたら、もうすぐ目を覚ますのかもしれない。

 逃げるべきか、それとも医務室まで運んであげるべきか……。

 放置するのも気が引けるから、とりあえずあの二人を呼んでこよう。

 そう判断した。


 しかしこのあと、私にが待っているのだった……。

 

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