隠れ村
「なるほど。隠れ村、ですか」
「へい。そうです」
「勇者さん。なんですかその『カクレムラ』って?」
両手に仮面を持ってどちらにしようかと悩んでいた赤髪ちゃんが、聞いてきた。どちらもわりと厳ついというか、暗闇の中で急に現れたら結構こわいデザインである。玉座に座って魔王を名乗ったら普通に信じちゃいそう。
「王国に認可されていなかったり、その土地を収めてる領主様も知らない……要するに地図とかに載っていない場所に人が住んでる村のことだよ」
「ふむふむ。そのままの意味で、隠れて人が住んでる村ってことですか……でも、どうして?」
「まあ、事情はいろいろあります」
特にデザインに頓着せずにさっさと自分の仮面を選んだ賢者ちゃんが、平坦な声で言う。
「魔王軍に追いやられた人々が、自然と寄り集まって村落を形成したり。迫害を受けた種族が人間を排斥して集落を作ったり。滅んだ国の兵士たちが、そのまま隣国の国境から流れ込んできて国の再建を目指す……なんてパターンもあります」
「な、なるほど……」
「領主側も把握してないし、地図に載ってないってことは場所も把握されにくいってことだからね。山奥とかにある本当に小さな村は、魔王軍に見つけられずに難を逃れることもあったって聞くよ」
あたしは頭兜を被れば顔は隠れるからいいや、と最初は固辞していたものの、気に入ったデザインを見つけてすでに仮面を被って上機嫌な騎士ちゃんが話を引き継ぐ。どうでもいいけど全身甲冑に顔を隠す仮面はもう完全に悪者の出で立ちである。
「ただ、盗賊崩れとかたちの悪い傭兵とか、そういう犯罪者の温床にもなりやすいから、あたしたち領主側としては、きっちり把握しておきたいのが正直なところなんだよね……住んでる人数も場所も把握できないと、いざって時助けにも行けないわけだし」
「ははぁ……その言い様、騎士のあねさんはもしや高貴なご身分で?」
行商人さんが身を寄せて聞く。
「あ、はい。一応、地方を預かってる領主です」
「……旦那たち。ほんとになんでこんな辺境のど田舎にいるんですかい?」
「迷子みたいなもんです」
もはや説明がめんどくさい。うちのパーティーはちょっとメンバーがバラエティに富みすぎている。
「それで、これから行く村は一体どんな村なんですか?」
「へいへい。この谷の一本道を抜けたところにあるんですが、とにかくすげえ村です。谷を切り開いた場所にあるんで、鉱物がよく取れます。それだけじゃなく、それを加工した手工業が盛んでしてね。その村特有の工芸品がわんさか取引されてるんでさぁ」
「工芸品!? 宝石の類いですの!?」
がばっと。死霊術師さんが食いついた。
「行商人さま! 行商人さま! それは一体どのような!?」
「俺みたいな粗忽なもんにはなかなか価値がわかりませんがね。取引きのメインは皿や陶器。それから、まあやっぱり宝石なんかのアクセサリーでさぁ」
「いいですわね〜! こういう誰も知らないような地方にある陶器の類いは独特なデザインの発展を遂げていて、非常に魅力的なことが多いですから!」
「へえ、そうなんだ」
「ええ、ええ! それはもう! わたくしの会社でも王国に認可されてない村々と秘密裏に取引を……」
「は?」
「あ、嘘です。なんでもありませんわ。忘れてくださいまし」
この死霊術師……真面目に運送業してると信じてたけど、やっぱり会社を大きくするためにいろいろ危ないことをやっているのでは?
おれがじっとりと死霊術師さんを睨み据えていると、師匠がやれやれと首をふった。師匠はお面を頭の上にのっけているので、見た目は完全にお祭りではしゃいでいる幼女のそれである。
「落ち着いて、勇者。このバカ女の肩を持つわけじゃないけど、隠れ村の人間が独自の工芸品を取引に使うことは、よくある」
「……そうなんですか、師匠?」
「うん。特に、歴史が長い隠れ村ほど、先祖代々受け継がれてきた手工業が、村の経済を支える要になってることが、多い。多分、これから行く村もそう」
仮面を頭の上で揺らしながら、師匠はそう説明してくれた。
「あの、旦那……こちらのちっこいお嬢ちゃんは、随分大人びているというか、落ち着いているというか、やけに博識というか……」
「すいません。おませさんで大人ぶりたい年頃なんです」
「……おにーちゃん。お菓子」
誰がお兄ちゃんだ。誤魔化すために急にちびっこのふりを始めても遅い。
師匠のお口に行商人さんから貰ったお菓子を突っ込んでいると、今度は赤髪ちゃんが首を傾げた。
「でも勇者さん。資源があって、独自の名産品があって、小さな村でも経済がきちんと回っているのなら、べつに隠れる必要はないのでは……?」
「あー。うん、まぁね……」
おれが言葉を濁すと、行商人さん、死霊術師さん、騎士ちゃんの順にバツが悪そうな顔になった。
「言いにくいんすがねぇ……やっぱ国とか領主の元で管理されると、かかるでしょう。アレが」
「ああ、税金ですか。なるほど」
行商人さんの説明は随分と言葉を濁したものだったが、赤髪ちゃんは即座に納得したように手を叩いた。今の説明でわかっちゃうあたり、相変わらず地頭の良さが垣間見える。
「食べることしか興味がないように見えて、赤髪さんはなんだかんだ地頭が良いですよね。理解力があります」
「ありがとうございます!」
「魔王さま魔王さま。そこのちんちくりん賢者は褒めてるのではなく貶してるのです。怒っていいんですわよ」
「誰がちんちくりん賢者ですか。口に布詰めますよ」
「ちょ……! 杖でお尻を叩かないでください!」
またバタバタと騒ぎ始める横で、騎士ちゃんが溜め息を吐いた。仮面の下、アイスブルーの瞳が、どこか遠くを見る。
「税収はねえ。どうしてもねえ……必要だからねぇ。でもなるべく納めたくないよねぇ……難しいよねえ……」
「ああ……おれと騎士ちゃんと賢者ちゃんと三人で冒険してる頃に立ち寄った隠れ村とか、それこそ国の税収がしんどくて職人丸々隠れ住んでて、自衛のために盗賊とも繋がりができちゃって……みたいなパターンあったもんな」
「あれはたしか、キドン公国の東でしたね。嫌な事件でした」
三人で思い返して、再び息を吐く。それこそ魔王軍全盛の時代は、あちらが積極的に文化保護を呼びかけ、占領地域の職人たちを厚遇して資金源にした……なんて噂もあったらしい。というか、実際にあった。おれたちが魔王軍を倒して解放したあとも、そうした地域のその後の統治は大いに揉めたと聞く。
いや、ちょっと待てよ。なんかそういうことができそうな敵幹部に覚えしかないんだが……
「あのさぁ……死霊術師さんさ。もしかしてなんだけど……」
「知りませんわ。何も知りません」
こ、この元魔王軍四天王第二位……!
もう隠す気もないくらい、露骨にしらばっくれやがって……!
「今さら気づいたんですか勇者さん」
「お察しの通り、そこらへんに関しては、死霊術師さんががっつり噛んでるよ」
商売に関しては本当に強かな女ですよ、と。呆れを滲ませた声で賢者ちゃんが。
あたしも色々苦労したなぁ、と。芯まで凍るような冷たい声音で騎士ちゃんが呟いた。
「あのぅ……旦那方、何か?」
「いえいえ。昔の話です」
隣を歩く行商人の心配を手で制して、前を向く。
「お、ちょうど見えてきましたね」
「おおっ! あれですあれです! あれが村の入り口でさぁ」
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