復活

「ええ……いや、威力えっぐ」


 シャナ・グランプレはドン引きしていた。

 理屈は教えた。道具は貸した。知識も与えた。

 とはいえ、自分がやったことといえば本当にそれくらいで、雷撃魔術は本来、魔力運用の基礎も知らない少女が扱っていい代物ではない。


「……ま、天才というべきなのでしょうね」

「シャナがそれ言う?」


 苦笑いするアリアに対して、シャナはノースリーブの華奢な肩を竦めてみせた。


「言いますよ。もちろん私は天才ですが、きちんと努力を怠らないタイプの天才ですので。天然モノのおとぼけガールが自分にできないことをやってのけたら、小言の一つも言いたくなるでしょう?」


 トリンキュロ・リムリリィの魔力反応が跡形もなく消えている。石橋を叩きすぎるほどにそれを確かめてから、シャナは周辺に展開していた自分自身を呼び戻した。敵の増援を警戒して、十数人にまで増やしていた人数を、一人に戻す。

 勇者の不在。急場凌ぎのパーティー。そして、魔王の魔術。

 仕方がないとはいえ、危険な賭けが多い勝負になってしまった。シャナは長く息を吐いた。

 雷撃魔術は、魔王のみが操ることを許された、一つの魔の到達点。

 中でも特筆すべき点は、攻撃そのものが必中必殺であること。

 魔力による身体強化でどれだけ反応速度を引き上げたとしても、雷撃の速度には対応できず、回避は不可能。故に、魔王との最終決戦においても、勇者パーティーの賢者は自然現象である雷への対策……避雷針を参考とし、雷撃を誘導する形で一応の解決とした。

 逆に言えば、事前の対策と対処がなければ、魔王の雷から逃れる術はない。


「見事です。赤髪さん」


 これまでの戦闘で、シャナはトリンキュロの防御の要となる魔法を分析し続けていた。

 トリンキュロが新たに獲得したと思わしき魔法の中で、特に厄介だったのは『因我応報エゴグリディ』と『青火燎原ハモン・フフ』の二つ。

 前者は、恐らく回復、再生に近い効果。そして色魔法である後者の能力は、イトの遠隔斬撃やアリアの炎が散らばったことから、接触した攻撃に対して『分散』ないし『拡散』のような効果であると、推測できた。

 同時に、トリンキュロが『青火燎原ハモン・フフ』による防御を行う際、受ける攻撃を認識し、振り払うような動作を見せていたことを、シャナは見逃さなかった。

 イトの斬撃であれば『青火燎原ハモン・フフ』の防御の上からトリンキュロを両断することも可能。しかし、警戒されている攻撃というのは、得てして決まらないものである。

 必要だったのは、トリンキュロの知らない、認識が間に合わないほどの圧倒的な速度と、再生すら許さない絶対の威力。

 雷撃魔術は、それらの条件をすべて満たしていた。


「えへへ……賢者さん! わたし、やりました!」


 極度の緊張と、集中によるものだろう。

 赤髪の少女の胸に張り付いた白いシャツはうっすらと透けて、顎先からは汗の雫が滴り落ちている。赤色の髪も、ぺたりと一房、頬に張り付いていた。消耗していることは、誰の目にも明らかだ。

 しかし、こちらを振り向いて、にしゃりと笑う表情が魔王のそれではなく、自分のよく知る『赤髪ちゃん』であることに、なによりもシャナは安堵した。

 雷撃魔術を撃ち放つ、刹那。

 その一瞬だけ。少女の表情に、シャナはあの魔王の面影を垣間見た。

 魔王の残滓である、彼女の魔術を使うことでに引き摺られてしまうのではないか、と。そんな心配が杞憂に終わったことに、なによりもほっとした。


「ええ。今回は褒めてあげます。よくがんばりましたね」

「はい! ありがとうございます!」

「本当にすごかったよ。シャナが素直に人を褒めることなんて、滅多にないんだよ?」

「ああ。わかるわかる。シャナちゃんからはツンデレをびんびんに感じる」

「イトさん。あなたとは先ほどの発言についてじっくりお話をする必要がありますね」

「え、なに? 受付とか手伝ってくれるの? 助かるよ〜! 結婚式って人手が足りないから」


 アリアが笑い、イトが混ぜっ返し、シャナが噛みつく。


「うん。ほんとうに素晴らしいね。ボクの魔王様が順調に育っているようでなによりだよ」


 そして、聞こえてはいけない声が相槌を打った、その直後。

 賢者の胸が、背後から刺し貫かれた。

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