死霊術師さんは勇者を助けてくれない

 死霊術師さんが、こっちを見てる。


「勇者さま?」

「はい。勇者さんです」

「そのお姿は一体……?」

「うん。見ての通り、負けて身包み剥がされちゃった」

「なるほど。だから、おパンツだけなのですね」

「そう。だからもう一回言うけど、その、なんというか……助けて」

「あらあらまぁまぁ……」


 はい、負けました。

 それはもう、身包み剥がされるくらいサジタリウスにボコボコにされました。

 いや、おれだってね。ルールがわからないなりにハッタリ効かせてがんばったんですよ。これでも必死にやったんですよ。サジタリウスも何度か「バカな……そんな奇想天外な一手が!」とか言ってたんですよ。でも無理だった。マジでボコボコにされた。まったくもって情けない話である。死霊術師さんに合わせる顔がない。


「おいたわしいですわね。勇者さま。まさかそんなお姿に……」

「くっ……見ないでくれ。死霊術師さん。こんな情けないおれの姿を……」

「上腕から肩にかけてのライン……少し鍛え直されました?」

「あ、わかる? いやそうじゃねえよ」


 めちゃくちゃ見てるじゃねえか。

 見られて恥ずかしい体はしてないし、何なら最近鍛え直したところまで見抜かれてるけど、それはそれとしてバニーガールな死霊術師さんに食い入るようにパンツ一丁の姿を見られるのは困る。まあ、見られて恥ずかしい体はしてないけど。大事なことなので二回言いました。


「ククク……オレは筋肉がなくてもイケメンだがな」

「なに張り合ってんだしばくぞヒモ悪魔」

「フフ……オレに一方的な大敗を喫したというのに、よくもそんな大口を叩けるものだ」

「仕方ありませんわ。勇者さまは基本的に脳筋ですので。テーブルゲームや賭け事の類いはくそ雑魚もいいところですから」

「死霊術師さんはどっちの味方なの?」


 じっとりとした視線を向けても、死霊術師さんはニコニコと微笑んでいるだけである。


「しかし、妙ですわね。サジタリウス」

「何がだ?」

「あなたが使ったのは決闘魔導陣でしょう? あれは、決着がつくまで両者の自由を封じる代わりに、どちらかが死ななければ外に出ることができない高等術式のはず。ですが、勇者さまは素っ裸になっただけで、生きています」

「ああ。一つ付け加えておくとこの勇者は自分から服を脱いでいる。決してオレが脱がせたわけではない」

「なるほど。あなたの趣味で脱がせたわけではない、と」


 これ何の会話? 


「ククク……勇者が生きていて安心したか?」

「いえ、べつに死んでいても生き返らせるので、そこはべつに構わないのですが」

「フフフ……こわい。相変わらず倫理観が狂っているな」


 なんで悪魔から倫理観の心配されてるんだよ。普通逆だろ。

 サジタリウスが、微妙に同情のこもった目でこちらを見てくる。


「勇者よ。貴様、よくこの女を仲間にしたな」

「うん。おれも頻繁にそう思う」

「うふふ。照れますわね」


 おれとサジタリウスのやりとりに、死霊術師さんが両手を頬に当てて恥しがる。

 どこに照れる要素があったかまったくわからない。

 気を取り直すように咳払いを一つ挟んで、サジタリウスは死霊術師さんに向き直った。


「質問に答えようか。オレの決闘魔導陣は、敗北した人間に死を強制するものではない。その代わりに、勝者が敗者に対してできる。おれはこの成約によって、勇者におれとカジノの人間に対するすべての暴力行為を禁止した」


 はい。だからこうして簡単に捕まってるわけですね。


「なるほど。衣服の着用は?」

「誓って禁止していない」


 はい。おれが脱いだだけです。


「それにしても、口述で宣言した事柄を禁止する……なぜでしょうか。どこか懐かしい、聞き覚えのある魔法ですわね?」

「ククク……さすがに察しが良いな。貴様の予想通り、オレが決闘魔導陣に組み込んだのは我が盟友、アリエスの魔法……『晨鐘牡鼓トロンメルキラ』だ」


 その一言に、背筋が寒くなる。パンツ一丁だからではない。いやな記憶を思い出したからだ。

 晨鐘牡鼓トロンメルキラ。それは、かつて王都を混乱に陥れた四天王第四位、アリエス・レイナルドの魔法である。相手に対して永遠の行動の禁止を強制する、最強最悪の呪い。けれど、アリエスはもうこの世にはいない。

 おれをゲームで負かした最上級悪魔は、既に失われているはずのその魔法を、決闘魔導陣という術式に上乗せする形で利用していた。


「もちろん、オレの扱う『晨鐘牡鼓トロンメルキラ』は、アリエスのオリジナルには遠く及ばない。この魔法を行使するためには、オレがゲームで勝たなければならず、行動の禁止も一ヶ月ほどで効力は失われる。が、見ての通り一度ゲームに引きずり込んでしまえば……効果は覿面だ」

「他人から借り受けた魔法を、よくも我が物顔でつかえたものですわね」

「フフ……貴様もよく知っているだろう。オレは弱い。だから、勝負の舞台に立つために、他者の魔法や人間の作り出した魔導陣に頼らなければならない。それに、魔法の譲渡は貴様もジェミニに対して行っていただろう? とやかく言われる筋合いはないな」

「あらあら、これはわたくしとしたことが……一本取られましたわね」


 それまでの緩いやりとりはどこへやら。

 死霊術師さんとサジタリウスの間に、張り詰めた空気が満ちる。


「貴様もこのカジノを随分と荒らし回ってきたようだな?」

「ええ。それなりに稼がせていただきました」

「ククク……おもしろい。勇者よりは楽しめそうだ」


 おれをゲームに引きずり込んだ時と同じだ。

 再び、サジタリウスの胸元に、妖しい魔力の光が満ちる。

 最上級悪魔は、意気揚々とゲームの開始を宣言する。


「さあ! 勇者を助けたければ、オレを倒してみろ! 勝負だ! 世界を救った死霊術師よ!」

「はい! お断り申し上げますわ!」


 決闘の拒絶。

 そして、妖しい魔力の光は霧散した。


「え」

「え」


 おれとサジタリウスの困惑の声が、きれいに重なって響く。

 そもそもの大前提として。決闘魔導陣は、互いの合意と戦う意思がなければ、成立しない。

 成立しない、のだが……。


「いや……え……?」

「し、死霊術師さん……?」


 顔を見合わせるおれとサジタリウスに対して、死霊術師さんは我関せずといった様子で、その場でくるくると回る。正しくその姿は、勝手気ままな兎のようだった。


「お断りする、と言ったのです。だってあなた、ゲームだけはとっても強いでしょう? わたくし、負けるのはキライなのです。わざわざ敗北の決まっている舞台に上がるつもりはありませんわ〜!」


 あっけらかんと。

 朗らかに。

 あろうことか、死霊術師さんはそう言い切った。

 サジタリウスの目が、驚きすぎて点になっている。イケメンの最上級悪魔も、驚愕が限界を超えるとあんな顔になるんだなぁ、と。あまり役に立たない発見ができた。

 うん……まぁ、はい。そうでしたね。死霊術師さんは、最初からこういう人でしたね。


「貴様……! このオレとの決闘ゲームを拒否するのか?」

「ええ。拒否します」

「その場合、貴様は勇者を助けることができなくなるぞ!」

「致し方ありません」


 悪魔がいくら問い詰めても、死霊術師さんはいつも通り最悪だった。

 説得を諦めたサジタリウスが、ものすごく同情を込めた目でこちらを見る。

 やめろ。そんな目でおれを見るな。泣きそうになっちゃうだろ。


「勇者よ。貴様、なんでこの女を仲間にした?」

「うん。おれも今そう思ってる」

「悪いことは言わん。今からでもクビにしたほうがいいぞ」

「うん。おれも今それを検討してる」


 なんだろう。おれはコイツと仲良くなれる気がしてきた。少なくとも、現在進行系でおれのことを見捨てようとしている死霊術師よりは、よほど仲良くやっていけそうだ。

 と、真剣にパーティーメンバーの変更を視野に入れ始めたところで、死霊術師さんが手を挙げた。


「ああ……お二人とも、勘違いをしているようなので、一つ訂正を。わたくしはべつに、勇者さまを見捨てる……と言っているわけではありませんよ?」

「なに?」


 訂正に添えられる、意味深な笑み。


「サジタリウス。あなたの相手をするのは、わたくしではないということです」


 直後、地面を根本から揺らすような、激しい震動が襲いかかった。

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