先手を打つ騎士ちゃん

 婚活しろ、と女王様に命令された。

 なんでも「世界を救った国を代表する英雄が、いつまでもふらふらしているのは世間体が悪い」ということらしい。

 もう少し踏み込んだことを言うのであれば、おれが失踪している期間、王国にはあまり関係が良好ではない対外諸国からそれなりの圧力が掛かっていたようで……つまるところ「身を固めてさっさと落ち着いてくれ」ということなのだろう。

 陛下の方でお相手やら婚活の準備は色々してくれるそうなので、軽い説明だけされて昨日はさっさと追い返されてしまった。


「はぁ……」


 悩みながら寝て、すっきりしないまま朝を迎えた。

 ベッドから起き上がり、溜息を吐く。

 婚活、婚活かぁ……。

 別にいやというわけではないのだけれど、しかし同時に「めんどくせぇな……」という感情が湧き出てくることは否定できない。

 多分、貴族のお嬢さんとお見合いとかさせられるんでしょ? わかりますよ、おれ。すごく良いお屋敷に招かれて、上っ面をなぞるような会話をして、それっぽいことを話しておほほと笑い合うような、お上品な会食とかさせられるんだろうなぁ……。

 とはいえ、ベッドの上でいつまでもうじうじと悩んでいても仕方がない。朝ごはんの準備もしなければならない。おれは掛け布団を畳んで、一階の洗面所に降りた。

 ちなみに、我が家は二階建てで、おれの部屋は二階である。一人で住んでいる時は無駄に広い間取りにして少し後悔していたが、赤髪ちゃんや賢者ちゃんが来てからはある意味ちょうど良い広さになりつつある。


「あ、おはよ。勇者くん」

「おう。おはよう」


 洗面所には、先客がいた。


「早いな、騎士ちゃん」

「そういう勇者くんはちょっと遅めだね」

「いや、昨日いろいろあってさぁ……」


 おれと同じく寝起きらしい騎士ちゃんは、薄い青色のネグリジェ姿だ。艷やかな金色の前髪が、飾り気のないヘアゴムでぴょんとまとめられている。普通の女の子なら見られたら恥ずかしがりそうな格好だが、おれと騎士ちゃんは数年単位で一緒に旅をしてきたので、もはや今更である。騎士ちゃんはおれにすっぴんを見られてもなんとも思わないし、おれも騎士ちゃんのすっぴんを見てもなんとも思わない。あと、これは極めて単純な事実だが、騎士ちゃんはすっぴんでも美人である。

 ばしゃばしゃ、と騎士ちゃんが顔を洗い終えるのを待って、少し狭い洗面所の立ち位置を入れ替わる。


「ああ、陛下のところ行ってたんだっけ?」

「そうそう。ひさしぶりに会ったよ」

「怒られた?」

「なんで怒られるの前提なんだよ。おかしいだろ」

「でも怒られたでしょ?」

「うん……」


 仰るとおりなので、反論もできない。黙って顔を洗い、手渡されたタオルで顔を拭く。

 ふう、すっきりした。


「ありがとう」

「いいよ。鏡まだ使う?」

「あー、髭だけ剃りたい」

「おっけー」


 手の中で泡をたてて、さっと広げて剃刀を当てる。今日は特に出かける予定などがあるわけではないし、一人暮らしだった頃は剃らずにダラダラしていたこともあったのだが、赤髪ちゃんが家に住むようになってからは欠かさず剃るようになった。面倒だけれど、無精髭のある顔を見られるのは少し気恥ずかしいのである。

 とはいえ、男よりも、女性の方が朝の準備には数段手間がかかる。騎士ちゃんの準備もあるので、手早く済ませてしまおう。

 黙々と髭剃りを行うおれを見て、騎士ちゃんが感慨深げに頷く。


「昔は毎日剃らなくてもよかったのにねぇ。勇者くんも老けたね」

「老けたとか言うな。老けたとか」

「あたしは伸ばしてもダンディでいいと思うよ。威厳出るんじゃない?」

「まあ、たしかに。剃る手間考えたら伸ばしてもいいんだけど……おれ、髭が全然きれいに生え揃わないタイプなんだよ」

「あー、なるほど」

「先生みたいにがっつりかっこよく生え揃うなら、全然伸ばしてもいいと思うんだけどさ」


 この場合の『先生』とは、今も元気に騎士団長をやってるどこぞの筋肉ヒゲダルマを指す。

 歯ブラシを手に取って歯磨き粉を伸ばした騎士ちゃんは、たしかに、と頷いた。


「でも、先生はなんか元々顔面のパーツに髭が備わってるっていうか……むしろ髭がないと先生じゃないっていうか……」

「そうそう、そうなんだよ。ああいうちゃんとヒゲが似合う大人はずるいよな」


 思えば、おれもそろそろ先生と最初に出会った時と同じ年齢である。そう考えると、騎士ちゃんに「老けた」と言われるのも仕方ないかもしれない。

 いや、もちろんまだまだ若いが。決して老けているつもりはないが。

 しゃしゃしゃ……と歯磨きを始めた騎士ちゃんが、歯ブラシを口に咥えながら笑う。


あたしはヒゲ伸ばしてる勇者くんもふぁたしはひけのはしてるふうゃくんほ見たいんだけどなぁひたいんたけどのぉ』」

「うん、ごめん。何言ってるか全然わからんわ」


 お願いだから、歯磨きを終えてから喋ってほしい。

 一通り剃り終えたところで、泡を洗い流して騎士ちゃんに再び前を譲る。ヘアゴムでぴょん、と跳ねてる前髪の束をいじると、バシィ!と無言のまま払い除けられた。猫みたいでかわいいなと思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る