蒼の深さは、黒に近い

 おれは、死にかけていた。


「あー、しくじったなぁ」


 瓦礫の隙間に埋まったまま、声を漏らす。

 いや、核を破壊したら、普通はダンジョン攻略成功だと思うじゃん? 

 いきなり前触れもなく崩れ始めるとか聞いてないんだわ。

 しかも師匠に向けて「おれは大丈夫ですから、赤髪ちゃんを連れて逃げてください!」とか言っておいてこのざまである。本当に恥ずかしい。穴があったら入りたいくらいだ。現在進行形で埋まって動けないけど。


「いってぇ……」


 崩落に巻き込まれて、おれの右足は見事に落石に挟まれていた。強い痛みで感覚が鈍りきっているが、おそらく折れている。多分、左腕も同様だろう。昔持っていた硬くなる魔法とかがあれば何の問題もなかったのだが、今のおれはただの勇者なので、重いものの下敷きになれば足も腕も折れてしまうのだ。正直、泣きそうだ。泣いてもいいかな? 


「これじゃあ、哀矜懲双へメロザルドも使えんしなぁ……」


 普通なら、手足を挟まれようが、手足が折れていようが『哀矜懲双へメロザルド』の空間転移で脱出することは容易い。しかし今、おれの体は積み上がった瓦礫からかろうじて首だけが露出しているような状態である。なによりも、視線の先に体を移動できるようなスペースが一切ない。数センチ先の視界ですら、自分の体の上に積み上がっているのと同様に、瓦礫で埋め尽くされている。転移できる空間がなければ、転移魔法も宝の持ち腐れというわけだ。

 ダンジョンが崩落する直前。魔法の主と、少しだけ言葉を交わすことができた。あの声の響きに、悪意は感じられなかった。つまり、この崩落はダンジョンの核となっていた人物の意思ではなく、このダンジョンの造り手の意思によって、ご丁寧に仕込まれたものというわけだ。

 あの四天王の第一位のクソ野郎は「どんな迷宮も、踏破された瞬間に自爆してしまえば攻略失敗と同じじゃない?」とか平気で言いそうである。というか、絶対に言う。そういうことを言うヤツだから、おれは今こうして生き埋めになっているのだ。


「……やばいな」


 最悪、死ぬのは構わない。死んでも、死霊術師さんに生き返らせて貰えばいい。

 しかし、この広大な迷宮の中で生き埋めになったおれの死体を、みんなはきちんと見つけ出すことができるだろうか? 

 できないかもしれない。

 見つけられなかったら、おれは一生、土の下だ。

 それは、こわい。

 薄くなってきた空気に、頭が痛む。

 名前を取り戻す。呪いを解く。ようやく少し、やりたいことができたのに。


「あー」


 誰も聞いてないのに。

 いや、誰も聞いていないからこそ、おれは呟いた。


「死にたくないな」






「よっせーい!」


 斬撃が、あった。

 おれの顔の、すぐ側を。そのギリギリを切り裂いて、見覚えしかない顔が現れた。


「お、いたいた! へいへーい。かわいい後輩よ、生きてるかい?」

「……ご覧の通りです」

「おうおう、きれいに埋まってるね。体は大丈夫? 潰れてない?」

「足とか腕は折れてますが、まあなんとか……というか先輩、どうしておれの居場所が?」

「いやほら、ワタシってば目がいいからさ。どこにキミが埋まってようが、丸見えなわけよ」


 色の違う瞳を得意気に指差しながら、おれの先輩は朗らかに笑う。


って。そう思った?」


 問われて、おれは苦笑いした。

 ダンジョンの中。命の危機。まるで、昔の再現。けれど、これでは立場がまるっきり逆だ。


「助けに来てくれて、ありがとうございます。でも……」


 そう。助けに来てくれたのは嬉しい。

 しかし、同時に少し困る。


「先輩は、逃げてください」

「え、なんで?」

「おれはもう、足をやられて動けません。いくら崩落した瓦礫を斬れると言っても、限度があります。ここも、いつ崩れるかわからない。でも、先輩の……切断の魔法があれば、一人だけなら脱出できるかもしれません」

「んー」


 しかし、その発言に何を思ったのか。

 刀を鞘に収めた先輩は、おれの横に腰を落ち着けた。

 何のつもりだ。この人は。


「ちょ、なにしてるんですか? おれの話聞いてたんですか!?」

「勇者くんはさぁ……人が、人を好きであることに必要な証明ってなんだと思う?」


 おれの話を遮って、先輩は言った。

 ただ淡々と。自分の考えを。一つの事実を口にしているかのような口調だった。


「わたしはね。。そう思えたなら……それはわりと、限りなく真実の愛に近いと思うんだよね」

「なにを……」


 言い訳をさせてほしい。

 繰り返しになるが、おれは生き埋めになって動けない状態である。

 だから、そのきれいな顔が近づいても。

 だから、その左右で色の違う瞳の光彩が、覗き込めるようになっても。

 おれには、抵抗のしようがなかった。


「……」


 こんな薄暗い穴の底の中で、あの日の屋上を思い出してしまうなんて、何の皮肉だろう。

 長いわけではない。むしろ、とても短い。

 ほんの一瞬、互いの口元の赤色の、その温度を確かめる程度の、ついばむようなキスだった。


「死ぬのがこわいのは、一人だから。二人なら、こわくないかもしれないよ」

「……」

「このままキミと一緒に生き埋めになるのもアリかな、なんて。わたしはそう思ってるんだけど、どう?」

「それは……」


 暗い海の底に、共に沈むような。そんな提案だった。

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