武闘家さんの自慢の弟子たち

「おれの名は……マスクド・ブラック・ブレイブ」

「なにやってんすか兄貴」

「兄貴じゃない。マスクド・ブラック・ブレイブ」

「え、でも兄弟子って言ってましたし。それに、どう見ても兄貴……」


 うるせえ。

 返事の代わりに、おれは背後にぬぼっと突っ立てたチンピラバカの腕を取り、引き上げ、ハゲに向けて投げ飛ばした。普通に力を込めてぶん投げたので、家具やら壁やらを破壊して、チンピラの体がダーツの如く突き刺さる。

 おれのことを兄貴だの兄弟子だのと呼ぼうとしているふざけたハゲは、体を大きく仰け反らせてそれを避けた。ちっ。修行の成果がよく出てるな……。


「のぉあぁあ!? あ、あぶなっ!?」

「おれの名はァ! マスクド・ブラック・ブレイブ!」

「わかった! わかりました! わかったっす! 助けに来てくれてありがとうございます! マスクド・ブラック・ブレイブ!」

「か、勘違いするなよ! おれはべつに、お前を助けに来たわけじゃない!」

「えぇ……」


 ハゲ馬鹿弟子は信じられないものを見るような目でこちらを見てきたが、おれは後ろ殴りかかってきたもう一人の顔面を裏拳でしばきつつ、主張した。


「おれは偶然たまたま、この場所を通りがかったに過ぎない」

「あ、はい」

「だが、ここで会ったのも何かの縁。何を隠そう、おれもかつては、お前と同じ拳聖に師事した身の上」

「何も隠せてないと思うんすけど」

「今夜だけは、お前のその心意気に免じて、おれもお前の隣で同じ拳を振るおう」

「もしかして師匠みたいにその仮面付けてノリノリになってます?」

「そんなわけねえだろお前からしばき倒すぞ」

「すいません」


 正直、師匠にこの仮面を渡された時はそのまま投げ捨ててやろうかと思ったが、あまりにも「これで、わたしと勇者の仮面は、お揃い。うれしい」みたいな純粋な上目遣いでこちらを見上げてきたので、ノリノリで装着せざるを得なかった。おれは基本的に師匠には弱い。というか今も昔も勝てない。


「でも、助けに来てくれてありがとうございます! マスクド・ブラック・ブレイブ!」

「フルネームで呼ぶのはやめろ。恥ずかしいから」

「どうしろと!?」


 とはいえ、顔を晒したまま助けに来ると何の誤魔化しも効かなくなってしまうので、顔だけでも隠せるのは有り難い。


「なんだてめぇ! 趣味の悪い仮面つけやがって!」

「ああ、うん。おれもそう思う」

「ぐべぇあ!?」


 ナイフを構えて突っ込んできたチンピラの腕を、構えられたナイフごと蹴りで叩き折る。昔なら便利な魔法があったので、体で受けても何の問題もなかったのだが……こういう時は、使えなくなった魔法が少し恋しくなる。

 まあ、魔法が使えないからといって、こんな小悪党ども負ける道理はないのだが。


「で、コイツらは何だ?」

「……人飼いっす」

「人飼い? そんな職業まだ息してたのか」


 昔、魔王軍と繋がっていた人間の組織を探る過程で、そういう非合法な組織は見つけた先からぷちぷちと潰していったはずである。生き残っていた組織があったのか、はたまたおれたちの目を逃れた地下組織があったのか。いずれにせよ、人間の悪性は時に悪魔よりも度し難いらしい。


「ここで育てられたのか?」

「……」


 常に素直に、率直に。おれや師匠の質問にはバカ正直に答えてきたハゲ弟子は、この問いにだけは答えを詰まらせて、顔を下に向けた。隙あり、と言わんばかりに剣と斧を振り上げた二人組が突っ込んできたので、掌底を一発ずつ打ち込んで黙らせる。


「話したくないなら、話さなくていい」

「え?」


 いかつい見た目のわりにはつぶらな瞳が、驚いたようにこちらを見る。

 人間、絶対に人に話したくない過去の一つや二つ、持っているものだ。おれだって、騎士ちゃんや賢者ちゃんに話せないことはいくつかある。


「ただ一つ言っておくと、師匠に隠し事はできないぞ。見た目がちっちゃいからって油断してると、なんでも見抜かれちまうからな」


 おれが仮面を付けてここにいることが、その証明だ。

 そして、ちょうど師匠くらいの子どもが一人入りそうなサイズの箱が空っぽで投げ出されていることが、師匠の考えの正しさを証明していた。


「……オレのあとを尾けてたんじゃないすか? オレが怪しいことも、お二人ならわかってたはずですよね?」

「ああ。おれは最初はそのつもりだったよ。でも、師匠は違った」


 自嘲が多分に含まれた呟きを、おれはあっさりと肯定し、そして否定する。

 コイツを弟子とは認めない、と。おれは師匠にはっきり言っていたし。コイツに何らかの裏があることを、おれも師匠もわかっていた。

 それでも師匠は、新しい弟子を責めることも疑うこともせずに、ただ「気にかけてあげてほしい」と。それだけをおれに告げた。


 なぜか? 


「素直なんだよ。うちの師匠は」


 なんてことはない。

 自分の弟子を、信じているからだ。


「……ありがとうございます」

「それは帰ったら直接師匠に言ってあげてくれ」


 多分師匠は、このバカ弟子がどんな過去を抱えていようと。どんな思惑を持っていたとしても。

 無表情のまま、淡々とこう言うだろう。


 昔の話だ、と。


 おれたちの何倍もの過去を生きているはずの拳聖は、けれど誰よりも現在を見ている。

 前を向き、顔を持ち上げた弟分と、おれは背中を合わせた。じりじりと、残りの人飼いたちが武器を構えておれたちを取り囲み、距離を詰めてくる。


「ところで、一個聞いていいか?」

「なんです?」

「コイツらの首って、賞金かかってたりする?」


 明日の昼飯を聞くくらいの軽さで、おれは聞いた。


「まあ、それなりの額はかかってるんじゃないすかね?」


 明日の昼飯を決めたくらいの軽さで、弟分は答えた。


「おいおい。そりゃ最高だな」


 背中越しにも、笑った気配が伝わった。


「なにをニヤニヤと笑ってやがる! やっちまえお前らぁ!」


 そこから先は、一方的な蹂躙だった。

 殴り飛ばし、蹴り飛ばし、投げ飛ばす。背中を任せて、気にしなくていいというのは、とても楽だ。思う存分向かってくる敵を、片っ端から叩きのめすことができる。

 この程度の人数の差は、関係ない。師匠が鍛えた拳に、そんな理屈は通じない。構えた拳に正しさがあれば、どこまでも貫き通せる。そういう修行をつけてくれるのが、おれたちの師匠だ。

 ものの数分で、立っている相手をほとんど床に敷き詰めるカーペットに変えて。残った最後の一人……人飼いのボスらしき人物は、短剣を引き抜いてに駆け寄った。


「く、来るんじゃねえ! こいつがどうなってもいいのか!?」

「……おぅ」


 いっそ清々しいほどの小悪党の足掻きに、仮面の下から呆れた目を向ける。いや、逆に仮面があるから、おれが呆れた目を向けていることが、あっちにはわからないのだろうか。冷や汗が流れる顔に、勝ち誇るような下卑た笑いが張り付いている。

 おれはそこでようやく、地面に落ちていた質の悪い長剣を拾い上げた。人質を取っているにも関わらず武器を手に取ったおれを見て、首領の口から唾と一緒に叫びが漏れ出る。


「てめえ! 武器を拾うんじゃねえよ! これが、どういう状況かわかってんのか!?」

「ああ、今捨てるよ」


 仮面の下から、おれは奴隷の女の子を見た。

 おれは、長剣に触れている。おれは、少女を見詰めている。


。ジェミニ・ゼクス」


 条件は、すべて満たしている。



哀矜懲双へメロザルド



 その一声で。

 おれが握っていた長剣と、人質に取られていた女の子が、そっくりそのまま


「は……え? あ?」


 何が起こったのか理解できず、手元の長剣を呆然と握り締める首領を見て、弟分は静かにため息を吐いた。


「兄貴、なにやってるんすか。敵に武器渡しちゃってるじゃないですか」

「いや、修行の成果を見るにはこれくらいのハンデは必要だろ」


 震えている女の子を抱き上げながら、おれは「じゃ、あとはよろしく」と後ろに下がった。代わりに「わかりました」とでかい背中が前に出る。

 言葉の意味を、理解したのだろうか。首領の顔が、真っ赤に染まる。


「ふ、ふざけんじゃねえ! ふざけんじゃねえぞ! 『   』ッ! てめえ、オレに受けた恩を忘れやがって!」


 おれには聞こえない名前を口汚く罵しりながら、首領は左手の短剣と右手の長剣を振り上げた。


「お前を育てて、いたぶって、かわいがってやったのが、誰か……もう忘れたのか!? ええ、おい!?」


 巨体が両手に武器を携えて、突っ込んでくる。

 女の子を抱き上げているおれは、拳を構えることもできない。構える必要は、最初からなかった。


「てめえがオレにぃ! 勝てるわけねえだろうがぁ!」


 音もなく、滑り込んだ体は、見えているかのように長剣を避けた。

 音もなく、滑らかな拳は、わかっているかのように短剣を叩き落とした。

 握り締められた拳に、大仰な叫び声は伴っていなかった。ただ、静かに構えられたそれは、どこまでも正確に、人体の急所である顎を突いた。

 たった一撃ですべてを終わらせた、おれのおとうと弟子は、沈み込む巨体を見下ろして、一言。告げた。



 この修行の成果は、師匠にも見せてやりたいな、と。

 おれはそう思った。

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