勇者の華麗なる全裸

「あ、はじめまして。ギルドの依頼で来ました、勇者です」

「きえええええっ! こっちに寄るな! キサマのような全裸が、勇者なわけがなかろうっ!」


 は? 自己紹介の瞬間に存在を否定されたんだが? 

 ゆるせねえ。

 しかも、全裸とか言われたんだが? ちゃんとさっき現地調達した葉っぱで大事なところは隠しているというのに。

 納得できねえ。

 なんとも失礼な物言いのおばあさんである。


「立ち去れい!」


 あまつさえ、上半身だけで杖を構えたおばあさんはそのままおれに向けて炎熱系の魔術……要するにでっかい火球を放ってきた。

 死霊術師さんがいるし、べつにくらってもいいかな、と思ったが。ついさっき赤髪ちゃんに命は大切にしなさいと怒られたばかりなので、おれはきちんと赤髪ちゃんを庇いつつ、火球をしゃがんで避けた。


「へぶぅああああああ!?」


 結果。火の球はおれの隣につっ立っていた死霊術師さんに見事に直撃し、一撃で吹っ飛ばした。

 うーん、中々良い威力である。さすが、あの魔術地雷の作り手なだけはある。このお婆さん、間違いなく凄腕の魔導師だ。

 とりあえず、敵意がないことを示すためにおれは腕を大きく広げておばあさんに呼びかけた。股間の葉っぱが少し揺れる。


「まってください! おれはあやしいものではありません!」

「勇者さん勇者さん。素っ裸の時点でかなりあやしいので、この対応は仕方ないと思うんです」

「え、マジ? 大事なところは隠してるけど」

「大事なところしか隠せてないんですよね」


 赤髪ちゃんの視線が、微妙に上と下を行ったり来たりする。

 おれは赤髪ちゃんを庇いながら、前に出た。なんかケツの方に視線を感じるが、まあ気のせいだろう。これでも鍛えているので、おれは見られて恥ずかしいケツはしていない。


「キサマら、どうやってここまで来た?」

「いや、どうやってと聞かれても。ご覧の通り、地雷を踏んで吹き飛んできました」

「そんなわけがなかろう!」


 そんなわけしかないんだよなぁ。いや、本当にどう説明したものか。

 相変わらず杖を構えられた臨戦態勢のままのおばあさんと、睨み合う。


「ふぅ……あっちぃですわ。少々不覚を取りました。まさか、自己紹介をする前に死ぬとは」


 微妙に緊迫した空気感を破壊してくれたのは、やはり死霊術師さんだった。

 まるで何事もなかったかのように起き上がってきた五体満足全裸の美女を見て、おばあさんが目を丸くする。


「……? アンタ、なんで生きてんだい?」

「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。わたくし、しがない死霊術師をやっておりまして。殺しても死なないのが取り柄なのです。以後、お見知りおきを」

「は?」


 死霊術師さん、すげえな。なんで死なないの? という質問へのアンサーを「死霊術師です!」っていう元気一杯の自己紹介で済ませちゃってるよ。この厚かましさ、見習っていきたい。


「おばあさん、おれもしがない勇者をやっておりまして」

「黙ってな」


 おれはちょっと泣きそうになった。

 仕方ないので、さっきのおばあさんの疑問に答えることにする。


「あ、周囲の地雷はこの人が全部踏んできました」

「はぁ?」

「ええ、ええ! それはもう! あなたさまの地雷は大変素晴らしかったですわ! わたくし、昔は自爆が趣味でして、よく爆発していたのですが、久方振りに爆散する快感を味わい尽くすことができました!」

「はぁぁ?」


 あまりにも目を丸くしすぎて、おばあさんの目はそろそろ顔から溢れてしまいそうだった。

 まずはきちんと事情を説明して、臨戦態勢の杖を下ろしてもらたいところだったが、いつまでも素っ裸のまま、というのも、礼を失する。

 おれは死霊術師さんの肩を軽く叩いた。


「死霊術師さん、とりあえず服着たら?」

「むむ……たしかに勇者さまの仰る通りですわね。これは失礼いたしました。礼節を弁える常識人として知られているこのわたくしが、興奮のあまり素っ裸でご挨拶をしてしまうとは。魔王さま! わたくしにお洋服を着せてくださいませ!」

「勝手に着てください」


 べしっ、と。赤髪ちゃんが死霊術師さんにナース服を投げつける。死霊術師さんはいそいそとそれを着込んだ。


「ふぅ、これでいいですわね」

「何も良くはないよ。なんでナース服なんだい。アタシを馬鹿にしてんのかい?」

「わたくし、これが仕事着なもので」

「意味がわからないよ」

「今はしがない看護師をしております」

「アンタもうボケたのかい? さっきの死霊術師の自己紹介はどこにいったんだい?」

「わたくし、ナースで死霊術師なのです」

「仕事を舐めんのも大概にしな」


 死霊術師さんが飄々としているのはいつものことだが、いい加減おばあさんがイライラしてきたので、仲を取り持つために会話に割って入る。


「すいません。おばあさん、おれもこの筋肉が一張羅なもので」

「アンタはもうアタシの視界に入らんでおくれ」


 おれのウィットに富んだジョークはすげなく流された。

 あんまりな扱いである。おれの腹筋も泣いている。


「勇者さん」

「どうしたの、赤髪ちゃん」

「その、えっと……勇者さんの腹筋、触ってみてもいいでしょうか?」

「……いいよ?」


 むきっ。

 おれの腹筋も喜んでいる。


「アンタら、アタシの前でいちゃいちゃと乳繰り合うなら、さっさと帰っとくれ」

「まあまあ、おばあさま。落ち着いてくださいまし。こちら、粗茶ですが……」

「なんで勝手にウチの紅茶を淹れてるんだい!?」

「そこに良い茶葉とティーセットがあったので」


 結局、そのままみんなでティーブレイクという運びになった。

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