勇者の華麗なる復活

 死の淵から舞い戻った時は、いつも時間が巻き戻されたかのような、不思議な感覚に襲われる。

 瞼を開くと、おれは死霊術師さんに膝枕されていた。ついこの前、あの双子クソ悪魔に殺されたばかりとはいえ、普通の魔術で普通に死ぬのは数年ぶりである。こうして生き返ってみると、なんだか懐かしい感覚が強い。


「如何でしたか?」


 頭の上で、死霊術師さんが豊かな双丘越しにゆったりと微笑んでいた。


「いや、これはたしかにすごいわ」


 むくり、と。体を起こす。


「爆発の質が良いね。足だけ吹っ飛んだりせずに、ちゃんと全身を粉々にされるのがすごい」

「そうでしょうそうでしょう!? そもそも中途半端な地雷は踏んでも足だけ飛ばされたりして死ねない不良品が多いのです! ですが、この地雷はちゃんと踏めば、全身粉々になります! 意識もいい感じにもっていかれたでしょう?」

「うんうん。あと、踏んでから起爆までの間が本当に短いのが良い」

「わかりますわかります! 勇者さまなら必ずわかってくださると信じていましたわー!」


 何事も、実際に体験してみなければわからないものだ。この魔術地雷は、相当に腕の良い魔導師が手掛けたものに違いない。

 しかし、あーだこーだと、おれと死霊術師さんが楽しく自爆の感想に花を咲かせていたのも束の間。


「……あ、勇者さま」

「ん? なに?」

「いや、その……後ろ」

「え?」


 微妙に気まずそうな表情の死霊術師さんに言われるがままに、後ろを振り返ってみると。

 ポロポロと涙を流して顔をぐしゃぐしゃにした赤髪ちゃんが、拳を固く握り締めておれを睨みつけていた。


「あ、赤髪ちゃん?」

「ゔーっ!」


 返答が言葉になってなかった。

 泣き顔で吠えられた。慌てて近寄ってみても、赤髪ちゃんは涙目でこっちを睨んでくるだけで。おれはすっかりたじたじになってしまった。


「いや、その……ごめんね? びっくりした?」

「当たり前ですっ! 急に死なないでください! びっくりするでしょう!?」


 怒られた。


「そ、そうだよね……すいません」

「自分の命を何だと思ってるんですか!?」

「ごめんなさい……」

「そのごめんなさいはきちんと意味を理解したごめんなさいですか!? わたしが何に怒っているか、勇者さんはちゃんとわかっていますか? 普通の人は生き返れるからってそんなにほいほい命を投げ出したりしないんですよ!?」

「はい、はい……わかります。本当に、ごめんなさい。反省してます……」

「本当ですよ!? 反省してください!」


 拳を固く握り締めた赤髪ちゃんに、ぶんぶんと胸板を叩かれる。

 困り果ててるおれを他人事のように見詰めながら、死霊術師さんが微笑んだ。


「勇者さま、愛されてますわねぇ……」

「もうやっちゃダメですからね!? いくらでも死んでいいのは死霊術師さんだけです!」

「わたくし、軽んじられてますわねぇ……」


 おれは死んじゃダメだが、死霊術師さんは良いらしい。

 とはいえ、これは盲点だった。死霊術師さんの魔法のおかげですっかり麻痺していたが、たしかに普通の人は隣の人間が急に死んだら、いくら生き返るとわかっていてもびっくりしてしまう。現実を捻じ曲げる魔法に慣れきっていると、このあたりの感覚が麻痺してしまうからよくない。

 まだぐすぐすと鼻をすすっている赤髪ちゃんの頭を撫でて宥めていると、死霊術師さんがおれの肩を叩いた。


「ところで勇者さま」

「なに?」

「わたくしは爆発する前に脱いでおいたから良いのですが……勇者さまは替えのお洋服はお持ちなのですか?」


 ……あ、やっべ。



◇ ◇ ◇



 丘の上に居を構えるその老婆は、立て続けに鳴り響き、近づいてくる爆発音を聞いて、静かに戦慄していた。

 老婆は、魔導師である。

 モンスターと人を近づけないために周囲の土地にばら撒いた魔術地雷は、老婆が最も得意とする魔術であり、そう簡単に破られはしないだろうという強い自負があった。事実、これまで地雷はその役目を忠実に果たし、モンスターも人も老婆が住むこの場所に一切寄せ付けてこなかった。

 しかし、それが今。何者かの手によって破られようとしている。

 これまで、随分と長生きしてきたが、自分も遂に年貢の納め時が来たのかもしれない。老婆は自身の愛杖を手に取り、強く握り締めた。あの魔術地雷は、生体反応を探知しなければ起爆しない仕掛けだ。つまりここを目指してやってきている何者かは、数え切れない命を使い潰して、自分の元に辿り着こうとしている……ということである。よほど腕の良い、モンスターを操る魔獣使いがいるのか。それとも単純に、大軍が攻めてきているのか。


「……」


 コンコン、と。

 控えめなノックの音が鳴った。賊にしては、やけにマナーが良い。老婆は鼻を鳴らした。


「開いとるよ。好きに入れば良い」


 ぎっ、と。

 立て付けの悪い扉が開き、そして……


「お邪魔いたしますわーっ!」

「し、失礼します……」

「こんにちは」


 全裸の美女と、かわいらしい赤髪の美少女と、股間に葉っぱを貼り付けたやはり全裸の青年が入ってきた。

 魔物ではなく、人間だった。大軍どころか、三人しかいなかった。そして、その内の二人が全裸だった。


「あ、はじめまして。ギルドの依頼で来ました、勇者です」


 股間に葉っぱを付けた青年が、丁寧に頭を下げて自己紹介する。

 自分、もうボケたかな、と。老婆は思った。

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