番外編「勇者秘録」
彼と私の出会いのはじまりは、全裸だった。
何を馬鹿なことを、読者諸兄は笑われるかもしれないが、事実であるのだからそう語る他ない。私はこの物語を紡ぐものとして、可能な限り勇者として知られる彼の青春を、詳細な記録として、なにより心躍る物語として書き残しておきたかったのである。
現在では王都の名所として知られるようになった彼の銅像を見上げながら、当時を知る憲兵は語ってくれた。
「ああ、勇者様は臆することなく、動じることなく、正々堂々と決闘に望んでいましたね。あれは、自分の身体に恥ずかしい場所はないという、自信の表れだったのでしょう」
彼が自分の体について何ら恥じる部分がない、と。当時からそんな自惚れを胸に抱いていたかまでは、さすがに親友であるこの私も知るところではないが、しかし彼が全裸のままで勇猛果敢に立ち向かってきたのは、前に書き記した通りである。
また、彼のパーティーの一員として最後までその隣で戦い抜いた王女、アリア・リナージュ・アイアラスについて、二人をよく知る喫茶店の店主は目を細めて昔を思い出してくれた。
「放課後は、うちのお店によく寄ってくださいました、ええ、とても仲良く談笑されていましたよ。お二人にはまたぜひいらしゃってほしいものです」
魔王を倒し、世界を救った彼は、誰もが知る勇者となった。
彼は英雄だ。
だが、そんな英雄にも、ペンを握って学び、友と机を並べて笑う。勇者でもなければ英雄でもない、青春の日々があった。
魔王が遺した呪いによって、彼の名前を呼ぶことができる者は、誰もいなくなった。
もちろん、私も例外ではない。
あの日、たしかに呼んでいたはずの彼の名を、私はもう口にすることはできない。目を閉じれば鮮明に思い返すことができる思い出の中で、彼の名だけは忘却の彼方に消え去ってしまった。故に、今こうしてペンを握っているにも関わらず、私は彼の名前を綴ることすらできない。
それでもなお、私はペンを取ることを選んだ。
勇者である彼の、勇者ではなかった頃の美しい思い出を、多くの人に知ってもらうために。
彼の追放を黙って見送らねばならなかったのは、我が人生において、最大の痛恨といっても良い。
それでもあの夜、処分を受け入れた彼は、朗らかな表情で私に笑いかけてくれた。あの笑顔を、私は親友として生涯忘れないだろう。
たった一人の人間の双肩に、世界の命運を託してしまったことが、果たして正しかったのか。私には、未だにわからない。
しかし事実として彼は魔王を打倒し、世界を救い、勇者となった。彼が振るった剣のおかげで、我々は今日、この世界を生きている。
彼の名前を呼べる者は、もういない。
彼は勇者になった。その事実は、もう誰にも変えることはできない。
しかしだからこそ、私はかつて彼の名前を呼んだ一人の友として、宣言しよう。
────我が友愛は、永遠に不滅である。
〜勇者秘録・あとがき〜
著・王都第五騎士団団長 レオ・リーオナイン
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