勇者と先輩は、屋上で二人きり

 やってしまった。

 完膚なきまでに、やらかしてしまった。

 やってしまったことは仕方ないとはいえ、沈んでいく夕日を見ていると、こっちの気分まで少し沈んでくる。ノリと勢いで、一国の大臣を相手に啖呵を切ってしまった。

 そのわりに、やってしまったことに対して後悔はしていないのだから、なんというか自分でも質が悪い。もしもおれがあの場に百回立ち会ったら、百回ともああ言っていただろう。

 アリアは怒っているだろうか? 考えなくても、怒っているに決まっている。というか、泣かせてしまったかもしれない。いやもうあれは声のトーンそのものが泣いていた。ばかって言われたし。そうです、おれがバカですごめんなさいと全力肯定したかったが、おれにも意地があるので仕方がない。こう見えても男の子なのだ、おれも。

 騎士学校からの追放。そして、騎士の称号の剥奪。

 先生は頭を抱えながら「なんとかする」と言ってくれたが、いくら騎士団長でもできないことはある。そもそも、アリアが処分される代わりにこちらが責任を取るという話なのだから、おれが何らかの処罰を受けなければ、筋が通らない。あの場で宣告された通り、この学校をやめなければならないのは確定と考えていい。


「やあやあ少年。元気かね?」


 肩を叩かれて、思わず咄嗟に振り返る。

 むにっと。

 おれの頬に、指が突き刺さった。

 こんなことをする人間を、おれはこの学校で一人しか知らない。


「……イト先輩」

「学校の屋上で夕日を見ながら黄昏れる……青春してるねぇ」


 そう言いながら笑うイト先輩の姿は、中々にひどいものだった。

 おれをからかってない方の手は包帯を巻いて吊り下げており、頭にも包帯がぐるぐると巻かれている。頬や膝といった体のあちこちにはガーゼが貼り付けられており、なんとも痛々しい。

 極めつけに、もう戻らない片目には、眼帯がしてあった。その片目でおれの顔を覗き込むようにして見ながら、先輩は聞いてくる。


「大丈夫?」

「その格好で大丈夫?とか聞かれると、こっちが逆に心配したくなりますね」

「あ、ワタシの心配してくれてるの? ありがとありがと。でもこの通り、元気ピンピンだよ。もう毒も身体からばっちり抜けたし」

「それはなによりです」


 聞いた話によると、レオが飲ませた解毒剤と応急処置が良かったらしい。ろくに戦えなかったことを不満気にぼやいていたが、人を助けるためにするべき処置を的確に行えるあいつは、なんだかんだやっぱりすごい。

 イト先輩は、入院着の上に羽織った制服のブレザーの袖をゆらゆらと揺らしながら息を吐いた。


「話は大体聞いたよ? なんでキミは、ああいうおバカなことをしちゃうのかなぁ」

「すいません。性分なもので」


 皆まで言葉にされなくても、追放処分の件を言っているのはわかった。


「それはワタシも、キミと一年間付き合ってきたからわかるけど……他に何か良い方法はなかったわけ?」

「ちょっと思いつかなかったですね」

「ちょっと思いつかなかったかぁ……それは、仕方ないね」

「はい。仕方ないんです」


 先輩は、また片目で笑った。

 それ以上、深くは聞いてこないのが、先輩のやさしさだった。


「それにしても、よくここがわかりましたね」

「んー? なんとなくここかなぁ……って。事の顛末はおじさんから聞いたから、多分学校で一人になれる場所を探してそこにいるだろうな、と」

「名推理です」

「うむうむ。ワタシは名探偵だからね。後輩の考えていることは先輩としてなんでもお見通しなのだよ」


 名探偵イト・ユリシーズの推理は、そこそこ当たっていた。

 しかもどうやら、おれの心情まで見透かしていらっしゃるらしい。まったくもって敵わない。


「それならそれで、そっとしておいてもらえると助かるんですが」

「え。やだ」

「即答で拒否?」

「だって、弱ってる後輩を慰めてあげるのは先輩の役目でしょ?」

「よく言いますよ。どうせ慰めに来たんじゃなくて、からかいに来たんでしょう?」

「うん」

「それも即答かよ」


 相変わらず良い性格してんな。


「その怪我でからかいに来ないでくださいよ。怪我人は大人しく寝ててください」

「大丈夫だよ。なんかいろいろ包帯とか巻かれてるけど、大きな怪我は目玉抉られたくらいだし」

「目玉抉られてるのは大丈夫じゃないんですよ。大怪我の自覚持ってください」

「先輩のきれいな顔が見れなくなってさみしいかね?」

「はい」

「即答なの!?」

「イト先輩の顔はきれいですからね」

「ああ、うん。たしかにワタシの顔はきれいだけど」

「少しは照れてくれませんか?」


 実際、少し一人になりたいと思ってここに来たのは、決してうそではなかったのだけれど。

 しかし、この先輩と話していると、そういうセンチメンタルな気持ちの沈み込みが、至極どうでもいいものに思えてきて。

 多分、それは先輩もそうだったのか。

 おれたちは数秒間、目線を合わせて無言のまま、同じタイミングで吹き出した。


「……ありがとね」


 唐突に感謝の言葉を贈られて、おれは聞き返した。


「何がです?」

「助けてくれて」


 少しだけ、声のトーンが変わったなと思った。

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