勇者の騎士学校生活。スライム攻略編
巨乳好き上裸おじさんは、尻餅をついたままのおれに手を差し伸べて、言った。
「やれやれ。自己紹介がまだだったな、少年」
「きょ、巨乳好き上裸おじさん!」
「自己紹介がまだだったな、全裸少年」
「失礼しました。お名前を伺ってもよろしいですか? おじさん」
このままだと、呼び名で醜い争いがはじまりそうだったので素直なおれは名前を尋ねることにした。このおじさん、明らかに強そうだし、殴られたら痛そうだ。
「グレアム・スターフォード。王都の守りを預かる、第三騎士団の団長だ。あらためてよろしく」
「え?」
「いや、え?じゃないが」
「巨乳好きの上裸おじさんが騎士団長?」
「こんなにかっこよく颯爽と助けに現れたんだから、そこはシンプルに感謝してくれ」
口ではからかってしまったが、おじさんの正体が騎士団長なら、いろいろと合点がいくことが多い。具体的には、憲兵のおっさんがおれには服を貸してくれなかったけど、おじさんにはすぐに貸した理由に納得がいく。いや、やっぱり納得はできないな。全裸差別反対。
「どうしてこんな愉快な状況になっているんだ?」
苦笑いするおじさんに手を握られて引き上げられた瞬間、おれは「お?」と思ってしまった。
まず、手の皮が分厚い。剣を何年も握って、鍛錬を重ねてきたのが素人目にわかるくらいだ。
次に、手の力が強い。痛い、というほどではなかったけれど、さり気なくおれの手を取っただけで「あ、この人は握力が強いんだな」というのがひしひしと感じられるくらい、がっちりと手のひらをホールドされる感覚があった。
最後に、体幹がヤバい。おれの体を片手で引き上げて起こすのに、体のぶれが一切なかった。なんというか、芯の強さが感じられてすごい。
「あー、えっと……うちの生徒会長が、スライムの入ったケースをプールの中にぶちまけてしまって」
「なるほど……イトのヤツ。気を抜いたらドジを踏むところはまったく変わってないな」
ん? その口ぶりだと、なんかおじさんと先輩が知り合いみたいに聞こえるんだが……?
おじさんは、おれの様子を確認してから、次にレオの方を見た。
「そちらの少年も大丈夫か?」
「はい。お気遣いありがとうございます」
「よし。では脱出を……ん?」
おじさんの目が、レオの手元に止まる。
レオがまるで宝物のように抱えている、黒い装丁に。
「その本は……」
「ああ、エロ本です」
「親友! エロ本じゃないと言っているだろう! これは……」
「これは『怪物の誘惑と蜜〜咲き狂う華達〜』じゃないか!?」
おじさんが、目を輝かせて食いついた。
なに? グラン先輩といいおじさんといい、なんでみんなこのタイトル知ってるの? そんなに有名なのかこのエロ本? もしかして無知なのはおれの方だったりするのか?
「しかもこのカバー……このタイトルの印字……これはもしや、初版じゃないか!?」
「っ……! さすがは騎士団長。お目が高い!」
「それ絶対騎士団長関係ないだろ」
「いやあ、懐かしいな。俺も昔はこの本を読んで大きくなったものだ」
どこを大きくしたんだろう、と。おれはおじさんの下半身を見た。
「おっと、無駄話をしている暇じゃなかったな。とりあえず、ここから出よう。少年たち、舌噛むなよ」
「え、ちょ」
スライムがまた取り囲む動きを見せる前に、おじさんの判断は早かった。まずは、また雑に剣を一閃して、壁を切って吹っ飛ばす。
そして、おれとレオをまるで藁でも持つようにひょいと脇に抱えて、もはやスライムの巣のようになりつつある校舎から飛び降りた。結構な高さから、しかも人間二人分の重さを抱えて落下したにも関わらず、足に魔力を回したおじさんの着地は、驚くほどやわらかかった。
「手荒くなってすまんな。もう中に残っているのはきみたちだけか?」
「あ、いや。友達の女の子が……」
「なに? まだ中に女子生徒がいるのか? それはまずいな……早く助けに行かないと」
「ああ……でも、多分大丈夫だと思います」
と、言ってる側から、スライムの一角が焼き切れて吹っ飛んだ。
「二人のバカ! バカバカバカっ! なんであたしだけ置いてくの!? 最低! 信じらんない!」
おれとレオへの文句と、焼き切ったスライムを撒き散らしながら、両手に赤熱させた剣を握りしめて、のしのしと。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、アリアが現れた。
どうやら、自力でのスライム包囲網から脱出に成功したらしい。魔法の相性問題もあるとはいえ、マジで強いな……アリアを置いていくというおれとレオの戦略的判断は、どうやら間違っていなかったらしい。
明らかに一歩、身を退いてひきつった顔でおじさんは言う。
「おい少年……なんかあの子、きみよりも強そうだぞ?」
「そうなんですよ。なんというか、おれももっとがんばらなくちゃって気持ちになりますよね」
「えぇ……?」
おじさんは困惑した顔をしているが、おそらくこの人も純粋な魔力出力とそれに伴うパワーでスライムをぶっ飛ばしているので、どっちもどっちだとおれは思う。
さらに、校舎のべつの一角ががらがらと切り崩され、そこから今回の事件の張本人が出現した。
「やあやあ、お待たせ。後輩くん」
なんだろう。この人たち、いちいち校舎を破壊しないと登場できないのだろうか?
黒の肩幕を翻し、解けた黒髪を振り乱して、この学校の最強がおれの傍らに着地する。
「あ、イト先輩。ようやく起きたんですね。はやく仕事してください」
「……」
おれの素っ気ない反応に、振り返った先輩は明らかに頬を膨らませて文句を言った。
「あのさぁ……後輩くん。せっかくこんなに美人で強い先輩が復活して、颯爽と助けに来たんだから、もっと目を輝かせてくれてもいいんだよ? 両手を握りしめて腕を振り上げて歓声をあげてくれてもいいんだよ?」
「先輩がそもそも足を滑らせなきゃこんなことになってないんですよ。その頭にこさえたタンコブはやくしまってください」
「……はいはい。そうだよね。そもそも、ワタシが足を滑らせていなければこんなことにはなってないもんね。うんうん、ワタシはどうせ……」
言われてから頭を抑えて、しゅんと肩幕を羽織った肩が下がる。
明確にしょんぼりモードになった会長をフォローするように、続いて降り立ったサーシャ先輩が、おれのことを睨み据える。
「ちょっとゼンラくん! 会長は打たれ弱いのよ!? もっと喜んで会長すごい!会長最強!と声の限り褒め称えなさい!」
この人、最強名乗ってるくせにメンタルだけはガラスみたいな強度だな……
じっとりとした目でしょんぼりイト先輩を眺めていると、おじさんが先輩に声をかけた。
「イト。お前何やってるんだ? 学校がもうめちゃくちゃじゃないか」
「グレアムおじさん!? なんでここにいるの!?」
「これだけの騒ぎになれば、騎士団長の一人や二人、駆けつけるのは当然だろう?」
「う、たしかに……」
「失礼ですけど、お二人はどういう関係なんですか?」
おれが問いかけると、イト先輩は自分の体重を預けるように、おじさんにもたれかかった。
「んー、ワタシを騎士学校に推薦した人で、あと保護者……かな?」
「どうも保護者です」
おじさんは素知らぬ顔でピースしているが、なんかこう、関係性を明らかにされても犯罪臭がすごいな。
「それで、グレアムおじさん。もう収集がつかないような状況になっているわけだけど……騎士団の人たちはまだ来ないの?」
「俺だけ道を無視して最短ルートで来たからな。到着にはもう少しかかるだろう。とはいえ、俺の部隊の到着を待っている時間はない。あのスライムを市街地の方に向かわせるわけにはいかないからな。捕まった生徒たちや教師たちも、命の危険はないとはいえ、なるべく早く助けてやりたい」
というわけで、と。言葉を繋いだ騎士団長は、寄り掛かっていたイト先輩の背中を軽く押して言った。
「俺たちで、あのスライムを倒してしまおう」
「え……? おれたちだけで、ですか?」
「ああ。元々、今日は合同実戦演習の予定だったろう? いろいろとイレギュラーが重なったとはいえ、あれだけ大きく成長したスライムを倒せるチャンスなんて中々ないぞ。経験を積む良い機会だ」
言いつつ、剣を地面に突き立てたおじさんは、レオからエロ本を受け取り、おもむろに開いた。
いや、なに当たり前のようにエロ本開いてるんだ?
「作戦は俺が立てる。きみたちは、おれの指示に従って動いてくれ」
「その本開く必要あります?」
「もちろんだ。この本にはスライムの生態が事細かに記されている。官能的な描写もさることながら、モンスターの生態を描いた本としても、学術的な価値が非常に高い一冊だ」
「フッ……照れますね」
「お前は親父さんの書斎から本パクってきただけだろ。照れるな」
「レオくん、あの本なに?」
「男の聖書だよ、アリア」
「アリア、このバカの言うことは気にしなくていいぞ」
パラパラとページを捲りながら、至極真面目な表情で中身を読み込み、おじさんは続けて言う。
「この本によると、スライムには大量の水分を取り込んで巨大化する変異種が存在する。通常の剣では刃は通らず、かといって炎熱系の魔術も焼け石に水で効果が薄い。中に取り込んだ人間の魔力を吸っているから、スタミナも充分だ。持久戦はこちらに不利になるし、取り込まれた人間を助けながら倒す必要がある」
「グレアムおじさん。なんで話しながら中腰になってるの?」
「生理現象だ。イト」
「うわ……」
イト先輩はゴミクズを見るような表情で、自分の保護者から一歩身を引いた。当然の反応だと思う。
「ふぅ……さて、そこの二刀流の物騒なプリンセス」
「……?」
「こっち見んな。お前に決まってるだろ」
「きみの存在が、あのスライムを倒す鍵だ」
「あたしが、ですか?」
「ああ。きみの魔法は、触れたものの温度を操作することができると見た。違うか?」
「は、はい。たしかにあたしの魔法は、触れたものの温度を上げることができますけど……」
「ならば、よし」
グレアムさんはアリアを片手で拝んだ。
「隣国の王女にこんなことを頼むのも恐縮だが、今のきみは我が国の騎士学校で訓練に励む、学生騎士だ。非常事態には、できることをやってもらわなければならない」
「……わかりました! あたしにできることがあれば、なんでもやります! がんばります!」
「良い返事だ。では……」
王国最強の五人。その一角に名を連ねる騎士団長は、にっこりと笑いながら言った。
「制服を脱いで、水着に着替えてきてくれ」
「は?」
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