隣の席の姫騎士さんと壁尻生徒会長

 騎士とは、王から認められ、叙任を受けた人間の総称である。古くは各地の諸侯が王都に赴き、国王から騎士の称号を賜ることで任命されていたが、それはもう昔の話。現在では専門的な訓練を受けた王都直轄の兵士の総称として認識されている。

 騎士学校では、三年間の訓練過程を経て、卒業と同時に騎士の称号を取得。各地の騎士団や王都の守護として配属されるのが基本的な進路になる。まあ、おれは強くなったらそのまま世界を救いに行きたいので、騎士になる気はないんだが……この学校を卒業しても職業騎士にならない人間はいくらかいるらしいので、べつに大丈夫だろう。おれの就職希望は勇者一択である。


「……」


 レオと同じクラスになったことも驚いたが、アリアと同じクラスになったことにも驚いた。そういえば、ウッドヴィル先生は「問題児はまとめて見ることになった」とか言っていたので、それを中和するためにおれやアリアのような模範的な生徒を固めているのかもしれない。レオは間違いなく問題児だ。

 隣の席のアリアは、真面目という言葉をそのまま形にしたような表情で、ノートにペンを走らせていた。窓から漏れる太陽の光が、うしろで二つにわけたツーサイドアップの金髪を照らしている。こうしてふと横に目をやると、本当に美人だなと思う。

 すっ、と。ノートの切れ端が差し出される。見てみると、そこにはきれいな文字が綴ってあった。


『授業中の盗み見は罰金だよ?』


 なんだコイツ。全然集中してないじゃねぇか。

 視線を黒板の方へ戻しつつ、おれも切れ端に返事を書き込んだ。


『これは失礼しました。お姫様』

『全裸くん、最近人気者だね』

『全裸はやめてくれ』

『上の学年の人たちも、全裸くんの噂で持ち切りらしいよ』

『レオが無駄に広めたからだろ』


 視線はお互いに前の黒板に向けたまま。テンポよく言葉を書き込んで、切れ端をやりとりする。


『いいなぁ。あたしもみんなとお話したい』

『すればいいじゃん』

『なんかまだ距離とか遠慮があるみたいで』

『やっぱりお姫様だからじゃない?』

『きみまでそういうこと言う』

『ごめんて』


 こういうやりとりが、案外楽しい。


『放課後はひま?』

『生徒会から呼び出し受けてる』

『やっぱり人気者だ』

『茶化すなよ』

『ごめんごめん。じゃあその用事がおわったあとでいいから』


 さらさら、と。ペン先が紙の上を踊る。


『放課後、一緒に遊びに行こうよ』


 くすり、と。前を向いたまま、横顔が笑った。


◇ ◇ ◇


「間違いないね、それはデートだよ」

「やっぱり!? やっぱりそうだよな!?」


 昼休み。

 おれはレオを裏庭のベンチまで引きずっていき、先ほどのアリアとのやりとりについて話していた。


「やるじゃないか。まさか入学早々に、しかもプリンセスと放課後デートの約束を取り付けてくるなんて。ボクも鼻が高いよ」

「お前はおれの何なの?」

「親友だとも」


 サンドイッチをもぐもぐと頬張りながら戯言をほざいているこのバカに相談を持ちかけるのは癪だったが、しかし背に腹は代えられない。おれは思い切って、次の言葉を紡いだ。


「それで、ちょっと聞きたいことがあってだな」

「相談!? キミがボクに!? これはめずらしいね。はじめてじゃないかい?」


 そりゃまだ知り合って一週間しか経ってないからな。


「おれ、王都に来たばかりで右も左もわからないんだけど、その……なんというか、女の子が喜びそうな店とか、そういうのを教えてもらえると助かるというか……」

「ふむふむ」

「あと、なんかこう……女の子と二人で歩く時に気をつけるべきこととか、そういうことがあるなら」

「童貞丸出しだね、親友」


 おれは立ち上がった。


「お前に頼んだおれがバカだったよ」

「冗談だよ。そう怒らないでくれ」


 くっ……恥を偲んで頼んでいるとはいえ、やはりこの恥ずかしさは耐え難いものがあるな。

 しかし、レオはどこに出しても恥ずかしくないタイプのイケメンである。すでに性格の方が残念であることはクラスメイトに周知されつつあるものの、他クラスや上の学年の女子からの人気は相変わらず高いらしい。入学早々、七光騎士になったが全裸の変態に負けてしまった悲劇の貴公子、というのがコイツに対する大まかな印象なのだという。なんかおれが変態扱いされてるみたいで腹立ってきたな……

 とはいえ、繰り返しになるがレオはどこに出しても恥ずかしくないタイプのイケメンである。認めたくないが、おれよりも女性経験は断然豊富だろうし、力にはなってくれるはずだ。自称親友だし、現在進行系で訳知り顔で頷いているし。


「なるほど。理解したよ。キミの力になってあげたいのは山々なんだが、しかし一つ問題がある」

「なんだ?」

「ボクも童貞だ。レディの手とか握ったこともない」


 おれは立ち上がった。


「お前に頼んだおれがバカだったよ」

「冗談じゃない。これは真実だ」


 冗談であってほしい。

 なんでこんなナルシストの金髪イケメンで売っているようなヤツが、女の子の手も握ったことがないタイプの童貞なんだよ。それは詐欺だろ。


「待ってくれ親友」

「待たないぞ童貞」

「ボクは今まで己の研鑽に全力を注いできた。だから女性経験を積むような遊びにかまけている暇がなかったんだ」

「ものは言い様だな」

「でも、キミと違って王都には何度も来たことがある。商家の息子として、女性が喜びそうなお店に心当たりがないわけじゃないよ。どうする?」

「よろしく頼むぜ親友」

「素直で結構だよ」


 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。聞くと愚か者に見えるが、聞かなければ本当の愚か者になる、とも言う。おれはレオに向かって深く頭を下げた。

 うむうむ、と満足そうに頷いて、今度はレオが立ち上がった。


「じゃあ、ボクは次の授業の準備を手伝うように言われてるから、先に行くよ。デート先の候補はあとでリストアップして渡してあげるから、キミは口説き文句でも考えておくといい」

「……困るなぁ」

「最初から弱気なのは良くないよ、親友。女性を落とすのも勝負事と同じさ。弱気だと、勝てる勝負も勝てなくなるだろう?」


 めちゃくちゃ良いこと言ってくれてるけど、コイツもめちゃくちゃ童貞なんだよな。

 レオを見送って、ベンチに座ったままぼーっと空を見上げる。先日の全裸決闘事件以降、アリアのおれに対する態度はちょっと余所余所しくなっていたが、今日はなんとなく普通に話せた気がする。話せたというか、切れ端に書き込んでやりとりをしただけなんだけど……


「……ん?」


 ガサゴソ、と。物音が聞こえた気がした。

 ベンチの裏。植え込みで死角になっている方からだ。もしかして、猫でもいるのだろうか。ちょうど良い、猫は好きだし、話し相手になってもらおう。


「へーい。猫ちゃーん。出ておいで〜」


 ガサゴソ、と。植え込みをかき分ける。

 が、そこにいたのは、断じて猫などではなかった。


「……」


 そこにあったのは、形の良い女性の臀部だった。

 要するに、お尻である。

 厳密に言えば、スカートが捲れ上がり、黒のタイツに包まれたパンツが薄く透けている……そういうお尻だった。ついでに言えば、色は白である。アリアの時といい、おれは白パンツに縁でもあるのだろうか。

 とにもかくにも、上半身を壁に空いた穴に突っ込み、パンツを見せびらかしている下半身が、おれの目の前にあった。


 なんだろう、これは。


「こんにちは」


 ケツが、喋った。


「え、あ、はい。こんにちは」

「驚いているようだね」


 そりゃ、いきなりケツに話しかけられたら、誰だって驚くだろう。

 とりあえず、見るに耐えないのでおれは捲れ上がっているスカートをそっと戻してあげた。すると、ケツが左右に動いた。


「今の感触。もしかして、スカートを戻してくれたの?」

「ええ。まあ」

「紳士な後輩だ。感心感心。もしかして、ワタシのパンチラには魅力がなかったのかな?」


 パンチラじゃなくてパンモロの間違いだろう。


「ところで、ちょっとお願いを聞いてほしいんだけど」


 ケツがさらに言葉を紡ぐ。


「な、なんでしょう?」

「実は猫さんを追ってたら、見ての通り壁の穴に嵌って抜けられなくなっちゃったんだ。ぐいっと引き抜いてもらえるとうれしい」

「な、なるほど……?」


 しかし、見る限りケツさんが通り抜けようとした穴はかなり小さく、腰の部分で完全に詰まってしまっている。引っ張っても抜け出すのはちょっと難しそうだ。多分、周りの壁を壊して出してあげた方が早い。


「ちょっと音が響くと思いますけど、踏ん張っててくださいね」


 おれは拳を魔法で硬くして、壁に向かって振り上げた。


「うわっ!?」


 雑に殴った壁が、雑に砕ける。元々穴が空いてたみたいだし、こんなものでしょう。

 ぶっ壊した勢いで嵌っていたお尻が抜けて、こてんとこちら側に倒れてきた。それでようやく、おれは彼女の下半身だけではなく、上半身も確認できた。

 首元のタイの色は、最上級生を示す青。対して、腰まで伸びる髪の色は漆黒。ブレザーの下に重ねているカーディガンも、髪色と同じ黒だった。きれいに切り揃えられた前髪から覗く琥珀色の双眸が、こちらを見上げる。

 おれは、思わず固まってしまった。

 それは彼女が美人だから、とか。見惚れてしまったから、とかではなく。壁の向こうに隠れて見えなかった上半身に、を彼女が身に着けていたからだった。


 ────ほら、黒い肩幕ペリースを着けていた人だよ


 朝聞いたレオの言葉が、頭の中でフラッシュバックする。


「ありがとう〜! 助かったよ! 後輩くん」


 そのは、女の子座りのままおれを見上げて、にっこりと微笑んだ。


「お礼は、デートの相談でいいかな?」

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