全裸決着

「いや、よく避けたね」

「バカ言え。当たってるわ」


 掠っただけ、と言えば聞こえはいいが、掠る程度にはぎりぎりの回避だった。

 へその上あたりに、真一文字に赤い線が入ってしまった。致命傷でもなんでもないが、これが直撃していたら、と思うとぞっとする。

 大きく飛び退いて回避してしまったので、もう逃げ場もない。背後の壁は、手を伸ばせばもう届く距離だ。これ以上下がることもできない。


「フッ……心なしか、キミの股間の槍も先ほどより小さくなっているようだ」

「は? どこ見てんだよ。ちょっとひゅんってなっただけだ」

「ひゅんしてる事実は否定しないようだね」

「ひゅんしてるのは事実だからな」


 手強い。魔法の分析に関しても見事だったが、おれの全身を観察して精神状態まで見抜いてくる。今のおれは魔法の性質も含めて、丸裸にされているに近い。

 いやまぁ、裸にされるまでもなく既に全裸なんですけどね……


「じゃあ、そろそろ終わりにしていいかい?」

「ちょっとまってくれ。お前のその槍、迅風系の魔術を併用してるだろ?」


 少しでも情報面でアドバンテージを取りながら時間稼ぎをするべく、おれは口を開いた。それまで常に余裕を保っていた優男の表情に、ほんの少しだけ驚きが混ざり込む。


「……へえ。そう思う根拠は?」

「槍のデカさに比べて、動きが機敏過ぎる」

「魔力による身体強化で、振り回しているだけかもしれないよ?」

「それにしては動作の起こりや繋ぎがしなやかだし、さっきの連撃はまるで突いたあとに攻撃の軌道が変化してるみたいだった」


 つまり、槍そのものから圧縮した空気を噴射して、攻撃の加速に利用している。そう考えるのが、最も自然だ。


「素晴らしい。立ち会ってすぐにここまでバレたのは、はじめての経験だよ」

「お前もおれの魔法を見抜いてるから、おあいこだな」

「ああ、そうだね。たしかにおあいこだ」


 でも、と。

 やわらかい顔つきに不似合いな好戦的な笑みを浮かべて、優男は告げる。


「いくら仕掛けがわかったところで、キミはボクの攻撃を防げない」

「なら、試してみるか?」


 もう逃げない、という意思を示すために。

 おれは腰を低くして完全に受ける体勢に入った。


「もしかして、さらに体を硬くすることができるのかな?」

「試してみたらどうだ?」

「矛と盾、というわけだね。いいだろう。それこそ、ボクの槍の本領だ!」


 もはや隠す気もないのだろう。意気揚々を構えられた槍から、髪を吹き上げるような勢いで旋風が荒れる。

 先ほどの言葉は、ただのはったりだ。『百錬清鋼スティクラーロ』はあくまでも、自分自身と触れたものの硬度を、鋼に近いレベルまで引き上げる魔法。それ以上硬くすることは、絶対にできない。

 だが、それでいい。


 瞬間、槍そのものが、消えたように見えた。


 受ける、と見せかけた。ぎりぎりまで引きつけた一撃を、右か左か。半ば勘だけに従って避ける。避けることが、できた。

 銀色に輝く巨槍が、魔導陣の壁を突き刺す。


「なっ……!?」


 そして、鋭利な切っ先が、絶対に壊れないはずの壁を貫いた。

 その一撃を打ち放った張本人の表情が、驚愕で歪む。


「どうして……!?」

「お見事。本当に鋼を貫く威力があるんだな」


 おれは今、後ろ手に結界の壁に触れている。触れたものを鋼の硬さに変える……というのは、何も硬くするだけじゃない。


 発想を、逆転する。


 物質の硬度を変える、ということは。例えば鋼よりも硬い物質を、ことも可能だということだ。

 勝負とは駆け引き。どんなに力で負けていても、どんなに速さで負けていても、持っているものを最大限に利用すれば、勝機が見えてくる。


 全裸の、身一つでも勝てる。


 あの一撃の回避に成功した時点で、おれは優男との駆け引きに勝っていた。


「結界の強度を、魔法で下げた……? まさか、これを狙って壁を背後に!?」


 どんな高位魔術で作られた物質であろうと、それは所詮どこまでいっても魔術止まり。

 魔法を使えば、いくらでも書き換えることができる。


「くっ!」


 渾身の力で壁に突き立てられた槍は、そう簡単には抜けない。

 そして、この距離ならおれが今、唯一まともに使える武器が届く。


「何か、言っておくことは?」


 拳を握り締めてそれを問うと、優男は槍を引き抜くことを諦めて両手を上げた。


「フッ……決闘を強行して、済まなかった」


 それから、と言葉を繋げて、


「キミとは、良い友達になれそうだ。是非、思いっきりやってくれ」

「ああ」


 諦めが良いというよりも、潔いと言うべきだろう。

 おもしろいヤツだ。


「これからよろしくな、レオ」


 そしておれは、きれいな顔面に全力の拳を叩き込んだ。



◇ ◇ ◇



 魔導陣によって形作られた結界が、消失していく。


「……勝ちやがった」


 憲兵は、言葉を失ってその光景を眺めていた。

 レオ・リーオナインの噂は、一般の憲兵である彼すらも耳にしていた。今年度の騎士学校の主席入学者。間違いなく次代を担うであろう、新星の1人。

 そんな実力者が、全裸の少年の前に倒れ伏してしまった。自分だけでない、戦闘の音を聞きつけ、結界を見て駆けつけてきた見物人たちも皆、一様に絶句している。

 ごそごそ、と。気絶したまま動かないレオの体から少年は『肩幕ペリース』を引き剥がした。これで、彼は騎士学校の頂点に位置する7人として、その資格を手にしたことになる。

 だが、全裸の少年はあろうことかその資格を腰に巻いて満足気に頷いた。


「よし」


 ────いや、よしじゃないが? 


「アリア! 学校行こう! 間に合わなくなるぞ!」

「え、あ、うん……じゃなくて! もしかして、そのまま学校行く気!?」

「いやだって、初日から遅刻はまずいだろ。不良になっちまうよ」

「いやもうその格好がすでに……」

「とにかく行くぞ!」

「あ、あたしの上着、着れるかな? 上裸に上着……?」

「姫様! その人、やっぱり知り合いなんですか!? ああ、ダメです! 上着を脱がないでください! 姫様の制服を貸すくらいならわたしが!」

「え。ほんとに?」


 騒ぎながらギャラリーの間を器用に縫って、彼らは人波に紛れて消えていく。

 そこで、憲兵はようやく自分の職務を思い出した。


「む! しまった、逃げられる!」

「いいじゃないか。今日のところは、とりあえず見逃してあげなさい」


 喧騒の中で、しかしその声だけははっきりと憲兵の耳に届いた。

 振り返れば、倒れている金髪の少年を助け起こす、1人の騎士の姿がそこにあった。


「……団長」

「おはよう。朝から大変だったな」

「いつからご覧になっていたんですか?」

「んー、お前が全裸の不審者を見つけて「詰め所までご同行願いたい」って言ってるところから、かな」

「最初からじゃないですか」

「はっはっは」


 鍛え上げられた、明らかに体格の良い体を存分に活かして、気絶したままの少年を騎士はひょいと抱え上げた。


「今年の新入生はどいつもこいつも、活きが良くて良いな。実に結構だ」

「笑い事ではありませんよ。入学初日の朝から、全裸で肩幕を懸けた決闘を行うなんて、前代未聞です。必ず騒ぎになります。あんな少年が本当に騎士になれるのかどうか……」

「ふむ……そうだなぁ。たしかに、礼節を弁えた立派な騎士にはなれんかもな」


 顎に薄く生やした髭をさすりながら、騎士は答えた。


「しかし、ああいうおもしろい人間が案外、世界を救う勇者になるのかもしれないぞ」

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