エレーニ・ゴレアーナ(十四)

 刀が刺さっているような胃痛に苦しみながら、サレが酒宴の会場に戻ると、場はまったくの静寂に包まれていた。

 客も歌妓かぎも黙ってサレを見つめていたが、彼と目が合うと、視線をそらせた。

 その中を、右手で胃を抑えながら通り過ぎようとしたときに、邪魔な椅子があったので、サレは力任せに蹴り上げた。それでも、だれも声を上げようとはしなかった。

 サレが場を離れて、ようやく、人々の話し声がちらほらと聞こえはじめた。


 人々のざわめきを背に、サレが明日までの命かとため息をついていたところ、顔なじみの老妓が声をかけてきた。

 彼女の背負っている楽器に目をやりながら、「東州公[エレーニ・ゴレアーナ]のところへ行って来たのかい。儲かったかい?」とサレが言葉を返すと、「はい。おかげさまで」と老妓が言った。

「それよりも、ちょうどよかった。南監なんかんさま。いいえ、いまは家宰さまでございましたね」

 老妓の言に「どちらでもいいよ」とサレが応じると、「お手紙をお預かりしております」と、彼女が紙片を差し出して来た。

 「だれからだい」と口にしながら、サレが文面をあらためると、それは東州公からのものであり、いまから顔を出して酌をしろ、とのことであった。

 サレは右手で書状を握りしめながら、その場にうずくまり、左手で胃を抑えた。

 老妓の「大丈夫ですか」という声が、すぐ傍にいるはずなのに、ずいぶんと遠くのほうから聞こえてきた。

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