エレーニ・ゴレアーナ(四)

 東州公[エレーニ・ゴレアーナ]の詰問は、前の国主[ダイアネ・デウアルト五十五世]の葬儀を、公女[ハランシスク・スラザーラ]が欠席した件からはじまった。

「一体全体、おまえたちは何を考えているのだ。スラザーラ家の家長たる者が理由もなく国主の葬儀を欠席する。家宰は、鳥籠[宮廷]に対する自らの悪感情のままにそれを諫めない。私はおまえたちほど愚かな者を見たことがない。そのようなことで、スラザーラ家の家長と家宰が務まると思っているのか」

 東州公に一喝された公女は、「愚かな者」と呼ばれたことに誇りを傷つけられたためかはわからないが、「体調が……」と精いっぱいの抵抗を示した。

 しかし、それに対して東州公は厳しい口調のまま、「体調が何だ。スラザーラ家の家長なら、ってでも行け。私は月の物で体が辛かろうが、しゅうぎょ使としての勤めも、ゴレアーナ家当主の役目も、休んだことはないぞ。それが責任ある立場についた者の義務だからだ。それを、この愚か者が。おまえはスラザーラ家の恥さらしだ」と罵り返した。

 生まれてからこの方、他人から面罵されたことなどはまれな公女は、何とか泣き出さないように我慢していたが、目じりの紅が涙でにごっていた。

 サレがかわいそうなことだと思っていると、それを見透かしたように、東州公の紅を引いた斜視が、彼を射すくめた。

「ハランシスク。おまえはいつまで、子供のままでいるつもりなのだ。叔父上が横死されたあと、おまえが、おまえの血にまつわる義務を果たさなかったために、どれだけの人間が犬死したのか、理解しているのか。……しているわけはないな。できるわけがない。おまえには想像力が欠けている。それが、おまえの愚かさの正体だよ」

 東州公が口を開いていた途中から、公女のすすり泣く声が部屋に響いていたが、サレにはどうすることもできないでいた。

 その様子を見て取ると、東州公はサレに焦点の合わない視線を送った。

「ノルセン・サレ、おまえは、マルトレ候[テモ・ムイレ・レセ]の妹御の話は、ハランシスクから聞いているのか?」

 東州公の口から、タリストン・グブリエラの妻のなまえが出ると、公女が自分の長衣の端を両手で掴みながら、「その話はやめてください」と、か細い声で懇願こんがんした。

 しかし、その哀願を東州公は無視して、サレに「どうなのだ?」と、再度たずねた。

 答えようがなかったのでサレが黙っていると、東州公が言葉をつづけた。

「私がハエルヌン[・ブランクーレ]にはじめて会った時、あれはおもしろい男だと感想をらしたところ、ハエルヌンに会いたいと、この子は叔父上へねだったのだ。深く考えもせずにな。ハランシスクは、私が興味を持った男の顔を見たかっただけだった。しかし、叔父上はそれを勘違いしたのか、何かしらの思惑があったのかは知らないが、結果として、妹御からハエルヌンを取り上げて、ハランシスクと婚約させた……。その結果どうだ。妹御はおかしくなってしまって、引きこもりの日々だ。明るい女だったのに、ハランシスクの軽挙が彼女を狂わせたのだ」

 そのように断定する東州公に、サレは「その責をハランシスクさまに負わせるのは、酷ではないでしょうか。近北公[ブランクーレ]をお味方につけたかった大公[ムゲリ・スラザーラ]のご意向によるものでは?」と公女をかばった。

 サレの反論を聞いているのかいないのか、東州公は公女を見据えていた。そして、公女が「私はわるくありません」とうつむきながらつぶやくと、それを鼻で笑った。

「私にとって大事なのはその後だ。私は今日のように、この子を叱り飛ばした。自分の置かれている立場をよくよく考えて、言動を慎み、血の義務を果たせと。私が怒りを抑えられないのは、その私の忠告をだ、この子がまったく聞き入れて来なかった点だ。だから、ハランシスク・スラザーラは、スラザーラ家の面汚しだと言っている」

 罵声と共に東州公が右の拳で机を叩くと、茶器どもが騒がしい音を立てた。

 そのあと、場が公女の泣き声に包まれると、東州公がため息をついてから言った。

「なあ、ハランシスク。スラザーラ家の家督を、ボルーヌの娘に譲ってはどうだ。そのほうがおまえも楽だろう?」

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