執政官殺し(八)

 近北公は、そのまま休むことなく、薔薇園[執政府]にて、近西州のラール・レコおよび[トオドジエ・]コルネイアと鼎談ていだんし、西南州の政務については、近北州と近西州が、内政の干渉とならない範囲で、コルネイアを支えていくことを約した。

 後日、それを受けて、コルネイアは執政官に復職する手続きをはじめた。

 今回は、遠北州も抵抗の姿勢を見せず(※1)、国主、スラザーラ家家長、六州の州馭使の同意を得て、コルネイアは執政官に復帰した。

 各州の使者が同席した就任式は、十月早々に執り行われた。

 なお、モウリシア[・カスト]が執政官を僭称していた時期は、記録上、執政官不在の扱いとなった。


 この日の近北公は仕事熱心で、コルネイアとの話し合いをすませると、すぐに、近西公[ウリアセ・タイシェイレ]を場に呼び出し、近西州の今後について、指示を出した。

 近西公は、今の大公[スザレ・マウロ]によって任命された大貴族で、近西州に出向いたはいいが、ノテ派、反ノテ派の両方から相手にされず、うの体で薔薇園に逃げ帰って来た人物であった。

 近北公は、次の二点を守ることを誓わせたうえで、近西州軍と一緒に、近西公を、近西州へ送り出すことにした。


一、ノテ家および軍事に関する事柄には一切口をださないこと


二、州馭使の名で出す書状には、すべて、コイア・ノテの嫡孫であるケイカの裏書をもとめること


 要は、ロアナルデ・バアニとラール・レコの操り人形になれということだったが、近西公は一切不満を表に出さず、それを受け入れた(※2)。

 近北公は同席したコルネイアに対して、ケイカ・ノテの裏書のない、近西公の書状は受け取らないように厳命した。


 近西公の意思を確認したのち、コルネイアから、都を再建するための木材が不足しているため、近西州からの移入に関して便べんを図ってほしい旨の話があり、レコは快諾した。

 その後、川を利用するなどして、大量の木材が、近西州から都へ早期に届いた。

 この木材の価格統制に関しては、近北公より、ラウザドのオルベルタ[・ローレイル]とサレが統括するようにとの下命があった。

 近北公の口から、オルベルタのなまえが出たのは、彼への一種の恩賞であり、この仕事を糸口として、サレは、西南州のまつりごとに、オルベルタを食い込ませた。

 コルネイアもまた、理財のことは不案内なところがあったので、オルベルタに任せられればとサレは考えたのだった。

 また、オルベルタならば、塩券の重要性も熟知していたので、サレの手元にある紙きれを、何とかしてくれるにちがいないと期待した。


 最後に近北公は、今の大公と面談するために、薔薇園の隅へ置かれていた離れに向かった。

 その離れのまわりは、みな老いてはいたが、ひとりで何人もの働きをするであろう古参兵が警固していた。

 サレを含めて、近北公の護衛をしていた者たちは緊張したが、公は気にすることなく、古参兵たちの出す殺気をいなすように、会見の場へ向かった。


「私は無罪放免ということか?」

「はい。すべては、だれでしたか……」

「モウリシア……、カスト」

「そう、そのモウリシアがわるかった、ということにします。その方が、私たちには都合がいいですし、とくに、それを強く願っている者もおりますので……」

と近北公がサレのほうへ目を向けたが、今の大公はそれに同調せず、まっすぐに、近北公の顔を見据えつづけていた。

「それで、私に何をしろと?」

「西南州のことは、すべて、えっと……」

「……トオドジエ・コルネイアくんだよ」

「これは失礼。そのコルネイアを信用して任せるつもりなのですが、残念ながら、すこし頼りないところがありますので、必要があれば、大所高所から、大公どのに助言をしていただければ、七州の民も喜ぶかと思います」

「つまりは、何もするなと言うことか?」

「……大所高所から、助言をしていただければと思います」

 今の大公は、近北公としばし無言で見つめ合ったのち、口を開いた。

「話は分かったが、私としては、大公の職を辞したいと思う。貴公が代わりにやればよい」

「いいえ、それは困ります。七州の混乱はいまだ収まっておりません。大公どのには、今の地位のまま、七州のために骨を折っていただきたい」

「気持ちはうれしいが、私が貴公の提案を断ったら、どうなるのだね?」

 大公の問いに対して、近北公は少し口角を上げたのち、また、無表情に戻ると、次のように抑揚なく言った。

「前のいくさで、おまえについた古参兵を一人残らず、殺す」

「……そのようなこと、だれにやらせるのだね?」

「ノルセン・サレか、ガーグ・オンデルサンにでもやらせるさ」

 近北公の発言に、音は彼にすべて吸い取られ、場が居たたまれないほど深い沈黙へ包まれた。

 その沈黙を破ったのは、今の大公であった。

「私はずいぶんと恥をかくことになるな?」

「生き恥をさらせばいい。私にはどうでもいいことだ。そんなことは……。それで、こちらの提案には応じていただけるので?」

 今の大公は目を閉じ、深く息を吐いたのちに、「貴公の好きにしたまえ」と応じた。

 「色よい返事をいただけて助かったな」と、近北公がサレに声をかけたが、彼は何と応じてよいのかわからなかった。

 それでも、今の大公を一瞥してから、何か答えようとしたところ、サレの口内に、近西州の山中で飲んだ、泥水の臭みが広がった。みじめな敗者の苦みが。

 サレが返答をする前に、「ところで」と、今の大公が話に割って入ってきた。先ほどから、まるで、ノルセン・サレという人間が、この場にいないような振る舞いを、今の大公はつづけていた。しかしながら、そうしたくなる気持ちがわからぬほど、サレも人情に疎くはなかったので、気にはしなかった。

 「何ですか?」と近北公が問うと、今の大公が、古参兵たちの今後について確認を求めて来た。

 それに対して、近北公が目配せで指示を出したので、サレは、同席していた大公の側近に向かって、説明をした。

「赤衣党と、役目を終えた緑衣党を解党し、あたらしく、都を警固する組織をつくりたいと思うのですが、先のいくさのために、人数が足りません。そこで、大公さまのご家来衆にも、その組織に加わっていただければと考えております」

 サレの言に、大公の側近はひとつ頷いたのち、彼に対して、「その新しい組織のなまえは何というのですか?」と、どうでもよい質問をして来た。

 何も考えていなかったサレが戸惑っていると、近北公が少し機嫌を悪くした声で、「決めていないのなら、何でもいいから、おまえがこの場で決めろ」と迫って来た。

 しかたがないので、サレは深く考えずに、緑、赤、白以外なら何でもいいと考えて、せいとうと名づけた。

「いいじゃないか。それならば、青年派の兵士も入りやすい」

 近北公の同意を得て、あたらしい組織のなまえは、青衣党に決まった(※3)。


 鳥籠からの帰路、近北公がサレに対して、次のように、今の大公について語った。

「これで、愚かな夢を見る者がひとり表舞台から消えた。自分の正しいと思うことに疑問を持たない、この世に必要のない人間が。しかし、どういうわけか、自分の正義を疑わないような人間は、死に絶えたと思っても、すぐにわいてくる。壁蝨だにのように……。それにしても、我々には想像できないな。どういう環境ならば、彼らのような存在が生まれてくるのか」



※1 遠北州も抵抗の姿勢を見せず

 ウベラ・ガスムンとルオノーレ・ホアビアーヌの謀略により、遠北州はペキ派と反ペキ派の抗争が収拾のつかない状況になっていたうえに、しゅうぎょ使ルファエラ・ペキがごうびょうを発症し、寝込む日が増えていた。

 そのために、コルネイアの執政官復帰に抵抗する余力がなかったばかりか、ペキの側近たちは、近北州との和議へ結びつけるために、積極的な同意を画策した。しかし、これはペキの反対にあり、消極的な賛同に抑えられた。


※2 それを受け入れた

 タイシェイレはこの約束をよく守っただけでなく、内政でそれなりに成果を残した。

 しかし、特筆すべきは、文化的に遅れていた近西州に、都の文物を伝えたことである。のちに、ブランクーレの命令で、州馭使の座をケイカ・ノテに譲ったが、その後も近西州に残り、その発展に寄与した。

 ケイカをはじめとして、近西州の民からは「前の州馭使さま」と呼ばれ、敬意をもって接せられた。


※3 青衣党に決まった

 都の治安を守るために作られた青衣党は、コルネイアの指揮下に置かれたが、マウロの影響力も残った。

「塩賊になるということは、人間であることをやめるということだ。一匹たりとも、青衣党に元塩賊を入れるな」

というサレの強い意向により、旧塩賊の者は締め出され、都から追放された。

 のちに、青衣党内で主導権争いが起こり、旧青年派が勝利し、自称を青年党と改めた。

 旧赤衣党は、主だった者がサレと共に西南州を離れてしまったことと、サレが傍観を決め込んだことを受けて、派閥闘争に負けた。

 青年党を牛耳った、マウロの古参兵であった者たちは、盟主にマウロを迎え入れることはせず、彼とは距離を取り、西南州内で独自の地位を築く方向に動いた。

 結果、執政官ですら、青年党幹部の同意を得なければ、青年党に命令を出すことができなくなった。また、のちに、青年党が西南州軍と密接に結びつくようになると、その同意がなければ、執政官は軍を動かすこともかなわなくなった。

 この青衣党(青年党)の動きは、西南州の権威権力の分散を志向するブランクーレに歓迎され、青年党幹部は、ブランクーレとよしみを通じるようになった。

 なお、青年党は、青年派の異称を引き継ぎ、「青年たち」「若者たち」と呼ばれるようになる。

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