雪、とけて(十四)

 九月一日の正午。

 サレから、防衛の指揮官を任せられていたオーグ・[ラーゾ]が(※1)、遊軍を引き連れて、コステラ=デイラを南北に貫く大通りを馬で横切ろうとした時、謎の行列と出くわした。

 旗がひらめいているので、だれの行列かと確かめてみると、何と旗に太陽が描かれていた[※2]。


 気がついた住民たちが沿道に並んでおり、ある者は万歳を叫び、別の者は目頭を押さえていた。

 オーグが馬を降りて、行列の先頭に近づき、片膝をついて頭を下げると、行列が止まった。

 行列を止めたのは、オーグに気がついたタレセ・サレであった。


「どうしたもこうしたもありませんよ。きょうのあさのドンパチのせいですよ。あれのせいで、いままでにないかんしゃくを起されて。もう、書斎の中はめちゃくちゃですよ。それで、[南衛]府監どのに話があるとおっしゃられたので、私がそれでは人をやりましょうと返事をしましたら、たいへんお怒りになられて、呼んでもどうせ理由をつけて来ないから、自分から出向くとおっしゃられだしたのです。もちろん、私たちもお止めしようとはしたのですが、ならば、自分だけで府監どのの屋敷へ行くとおっしゃられて、そうなると、玉体をむりやりにお止めするわけにもまいりませんでしょう? それで、行列を仕立てて、府監どのの屋敷へ向かうところなのです」

 まくし立てるタレセの言を、オーグはいちいち頷きながら、最後まで聞き終えた。

「なるほど。それは侍女長にはどうしようもありませんでしたね」

「そうでしょう?」

「しかし、私はてっきり、味方の士気を気になされて、お出でになられたのかと思いましたよ」

 そうオーグが言うと、タレセが右手を振った。

「そのようなことをなさるお方のわけがないじゃないですか」

 タレセの返答に、オーグは応じず、話を変えた。

「ところで、お館さまのところへは?」

「もちろん、早馬で知らせてあります。砲弾がそちらに向かっているとね」

「しかし、まいりましたね。お館さまも情緒が不安定で、屋敷で休んでいるそうですよ」

「あらあら。コステラ=デイラも終わりが近いわね。まあ、私は構わないけれど」

「公女さまの近くにいれば安全ですからね」

とオーグが返事をすると、タレセは微笑しながら首を振った。

「そういう意味じゃないわ。……私はアイリウン・サレの妻だった女よ。そういう意味で言ったんじゃないわ」

 自分をたしなめるタレセの言に対して、オーグが「それは失礼しました」と頭を下げた。

「いいのよ。……ところで、あなたはどちらへ?」

 オーグのはるか後方で待機している兵たちを見ながら、タレセがたずねた。

「北が危ないので、そちらへ向かう途中です」

「あら、まあ、それはごめんなさい。ここで行列を止めておきますから、お先にどうぞ」

 タレセの言を受けて、オーグは立ち上がり、再度、頭を下げた。

「それでは、いくさ中につき、失礼いたします。顔前に兵を通す無礼については、侍女長から公女さまへ、よしなに」

「そのようなことを気にするお方ではありませんよ。……ラーゾさん、何事もなるようにしかならないわ。おたがい、できることをして……、ね?」

「はい」

とひとつうなづくと、オーグは馬上の人となった。


 以上のようなやりとりがあったことを、いくさが終わったのちに、サレは聞いた。



※1 防衛の指揮官を任せられていたオーグ・[ラーゾ]が

 塩賊退治に参加する中で、ラーゾは指揮官としての才能をサレに認められ、彼に代わって采配を振るうまでになっていた。

 いくさ事に関する書物をよく読み、のちには、古典の注釈書を書き残すまでになった。


※2 何と旗には太陽が描かれていた

 太陽は、スラザーラ家の家紋。

 なお、七州において、天体にかかわる文様の使用は、三名家(デウアルト・スラザーラ・ハアリウ)以外では厳禁であった。

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