雪、とけて(九)

 盛夏八月十五日、朝。

 コステラ=デイラ中央の物見やぐら(※1)から、コステラ=デイラを取り囲みはじめた大軍を見て、サレは狼狽した(※2)。

 はためく旗の波をながめていたところ、雄鶏や鷲だけでなく、月があった(※3)。

 それは想定済みだったので、それほど驚かなかったが、包囲軍の後方に薔薇の旗が見えたときには肝を冷やした(※4)。

 しかし、冷静だったゼヨジ・ボエヌが、サレを動揺させるための偽装だと看破したので、サレは安心した。

 事実、ボエヌの言ったとおりであった(※5)。



※1 コステラ=デイラ中央の物見やぐら

 当時、都で最も高い位置に建てられたやぐら。

 その高さと、やぐらからてんきゅうの様子を一望できたことが、国主に対する不敬とされたが、サレは無視した。

「ふしぎなことに下賤の者が見下ろしても、常に霧が邪魔をするので、宮中の様子を窺うことはできません」

とうそぶいたとされるが、これは俗説であろう。


※2 サレは狼狽した

 やぐらから降りて来たサレの動揺はひどかったらしく、家臣の前で大分とりみだしたが、オルシャンドラ・ダウロンがどうにか宥めたとのこと。


※3 雄鶏や鷲だけでなく、月があった

 雄鶏はマウロ家、鷲はカスト家、月はデウアルト家の家紋。

 デウアルト家の旗は、サレが公の敵であることを示す効果があった。

 ただし、これはカストあたりが旗を持ち出しただけで、宮廷が正式にサレを公の敵と認めたわけではなかったようだ。

 このあたりは史料が錯綜しており、マウロが宮廷に、サレを公の敵とするように働きかけたが、シヴァ・デウアルトに拒否されたという説もあれば、そもそも、そのような建白は行っていないとする話もある。


※4 包囲軍の後方に薔薇の旗が見えたときは肝を冷やした

 薔薇はオンデルサン家の家紋。

 サレはオンデルサン家が青年派につき、西南州で完全に孤立したと考えた。


※5 事実、ボエヌの言うとおりであった

 これは事実とは明確に異なる。

 オンデルサン家はマウロの圧力に屈し、ガーグ、ホアビウの両名が参陣しないこと、サレとは刃を交えないことを条件に、家宰に指揮させた兵を出している。

 なお、戦後、この件は問題視され、ハエルヌン・ブランクーレの詰問状に対して、コステラ=デイラ攻めにオンデルサン家が出兵していない旨を、サレが弁明した書状が残っている。ガーグはともかく、ホアビウを救う意図があったのだろう。

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