雪、とけて(五)

 和議がなり、外との交通が復活すると、北部州にて、遠北公[ルファエラ・ペキ]が近北公[ハエルヌン・ブランクーレ]に大敗した一方が、コステラ=デイラのみやこびとにも知れ渡った。

 いちおう、サレも驚いたふりをみせたうえで、北部州の一件が和議の履行を妨げるものではないことを、薔薇園[執政府]のモウリシア[・カスト]に宣誓書を出すことで示した。

 薔薇園および都人の間で、サレが和議の条件を履行するかどうか、懐疑的な見方が大半であったので、彼としては、言葉で少しでも彼らをなだめることができるのならばと考えて、書状を認めたのであった。


 身動きが軽くなったサレは、まず、人質に出した[トオドジエ・]コルネイアが万一にも殺されないように、ロイズン・ムラエソに命じて、鳥籠[宮廷]の貴族たちへ金をばらまくように命じた。

 結果、様々な経路を通じて、今の大公[スザレ・マウロ]に働きかけがあり、コルネイアの身柄は、薔薇園から鳥籠へ移された。


 つづいてサレは、今の大公を受取人とした親書を公女[ハランシスク・スラザーラ]に書かせた。

 その内容は、籠城により、窮乏を余儀なくされたコステラ=デイラの都人を救済するために、ラウザドより穀物を輸送する許可を求めるものであった。

「ずいぶん備蓄に金を使ったと報告を受けていたが、たった数か月で民草が腹を空かせるような状況に陥ったのか?」

 親書の草稿に目を通した公女から、そう問われたサレは「はい。申し訳ありません。私の考えが甘かったようです」とだけ答えた。

 また、ついでとばかりに、国主への親書も、公女に書かせた。


 今の大公に宛てる書状の草稿に対しては、表情を変えることのなかった公女だったが、国主宛ての草稿を一読すると、顔を上げてサレを凝視した。

 草稿には、公女がスラザーラ家の家督をボルーヌ・スラザーラの娘に譲り、自身はラウザドに隠居したいと考えているので、その可否を鳥籠にて評議してほしい旨の内容が記されていた。

「別に私はラウザドに移り住むことになっても構わぬが、おまえはついて来るのか?」

 そう尋ねられるとサレは「もちろんです。公女がお望みなら。……殺されずに、お供できればの話ですが」とうなづいた。

 「家族はどうするのか?」と公女が疑問を口にしたので、サレは淡々と次のように述べた。

「呼び寄せられるのならば、そうしますし、できなければ、南左[ウベラ・ガスムン]殿にめんどうをみてもらいます。南左殿ならば、息子の後ろ盾になってくれるでしょう。息子が近北州で仕官して、あちらでサレ家の名を残してくれれば、私の役目は終わりです。……いや、後者の方が私には都合がよいのかもしれません」

 サレの言に「なぜだ?」と公女がいぶかし気な顔をした。

「汚名と悪名にまみれた父親は、サレ家の次代を継ぐ息子の傍には、いないほうが……」

 「そういうものなのか?」と返して来た公女に、サレは「そういうものです」と弱くうなづいた

「しかしだ。おまえは、私をラウザドにやる気など、本当はないのだろう? 近北公や[オリサン・]クブララには話を通してあるのか?」

 自分を見つめつづけている公女に対して、サレは口端を少し上げてから答えた。

「いいえ。お二方には、事後にお伝えしようと考えております……。しかし、公女も勘がお鋭くなられましたな」

 サレの言に、「さすがの私でもそれくらいはわかるよ」と応じると、公女は机の上に親書用の紙を置き、草稿を見ずに、文言を書き写し始めた。

「何かあった時は、おまえに騙されて書いたと言えばよいのだな?」

 確認を求める公女に、「はい」とだけ、サレは応じた。

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