都、狂い乱れて(三)
新暦八九七年初冬一月。
この冬は例年より寒く、めずらしいことであったが、都にも雪が降り積もり、緑衣党と赤衣党の抗争は、お互いに身動きを慎む方向に動いた。
某日、日が暮れていく中、サレ宅のみっともない庭が、雪化粧できれいに隠されているのを見ながら、執政官[トオドジエ・コルネイア]とサレは謀議に勤しんでいた。
「それにしても、執政官という職は名ばかりで、こういうときには何の役にも立たない」
と執政官がぼやいたので、「権力や兵力の裏付けのない権威に、意味などないということさ」と、サレは馬乳酒を仰いだ。
執政官は、その様を見ながら、よくそのようなものが飲めるなという目つきをしたのち、葡萄酒を一気に飲み干した。
雪が音を吸い取っているのか、部屋がしばらくの間、深い沈黙に包まれたのち、執政官が口を開いた。
「しかし、今日のように落ち着いて、あれこれ考えてみると、ふしぎなことがひとつある。……私の派閥の切り崩しに多額の金が動いたようだが、それほどの資産をスザレ[・マウロ]やモウリシア[・カスト]は抱えていたのだろうか。西南州の公金を使った形跡もない」
「今の大公[マウロ]のそういうところは敬意を持てるのだが」
「本来はまともな方なのだよ。我々や近北公[ハエルヌン・ブランクーレ]との亀裂を深めたいわけではない。ましてや、いくさだって避けたいのが本心だろうさ。政治というものがわかっていないから、モウリシアにつられてしまったのだろうか?」
「モウリシアではなく、前の大公[ムゲリ・スラザーラ]に、だろう。おそらく、自分がなにをすべきなのか。なにをしたいのかが、本当はわかっていないのではないだろうか。だから、理屈で動けない。……要は、善良なだけのいくさ人なのさ。私の兄上のように。いまの西南州の悲劇は、人の上に立つべきではない人間が、平民から崇められていることだろうよ」
「いろいろかつずいぶんと辛辣だね、きみ」
苦笑する執政官に、「話の腰を折ってわるかった」とサレが話を促した。
「忠誠心を高めるために、旗下の兵に金をくばっているだけでなく、新たに兵を集めてもいる。そんなことに使う金はないはずだ」
「だれかが、今の大公に金を回していることになるが、それほどの余力を持っている者は限られている」
話し込むふたりの声が、自然と小さくなっていった。
「公女[ハランシスク・スラザーラ]、近北公、マルトレ公[テモ・ムイレ・レセ]、ラウザドのオルベルタ・ローレイル。……東州公、エレーニ・ゴレアーナ」
執政官が東州公の名前を出すと、また、ふたりはしばらく無言になり、サレが煙管の灰を落とす音だけが室内に響いた。
「あまり考えたくない話だが、彼女が出てきたとなれば、話がだいぶ厄介になるぞ、執政官?」
「彼女の目的は何だろうか。州境でもめている東南公[タリストン・グブリエラ]に対する牽制か?」
「それはありうるな。加えて、近北公の西南州への影響力を削ぎたいのだろう。ひとつの目的のために、大金を使うお方ではない」
「問題は、彼女がその先をどう考えているか。彼女の野心の大きさだ」
「そうだな。彼女の母親は前の大公の姉だ。前の大公の遺志を継いで七州の統一を口にすれば、今の大公は喜ぶだろうが、近北公は黙っていないだろう」
「……次に近北公が西南州へ来たときに、スラザーラ家による、前の大公の葬儀が行われるのだろう?」
「ああ、準備をすすめている」と煙管に煙草をつめながら、サレが答えた。
「それが試金石になるな。東州公はどう動くかな?」
「前の大公の姪として、遺産相続を要求してくるか。それとも、公女の叔父であるボルーヌの娘を担ぎ出して、公女からスラザーラ家の家督を奪おうとするか。もしくは、今の大公と近北公がいくさになり、お互いに兵力を消耗したところを一気に西進してくるか……」
「近北公と同じく、領土的な野心はないお方らしいじゃないか?」
「そうらしいが……。なんにせよ。我々とちがって、選択肢がいろいろとあるのはうらやましい。まあ、東州公の件は、[タリストン・]グブリエラの健闘を祈るしか、今の我々にできることはないさ」
「東州公の下につく可能性もあるがな」と言いながら、執政官はサレから渡された煙管に口をつけ、一口吸ってから、煙とともに言葉を吐き出した。
「きみ、状況を近北公へ知らせて、公の考えを確認してくれないか?」
「そうだな。大局的に見れば、今の大公といくさをしてもらっては困る。しかし、我々に降りかかっている火の粉を払うには、近北公の兵力が必要だ。……難しいところだな。近北公に、東州公の脅威を煽れば、事態は動き出すかもしれん。しかし、それが我々にとって、都合のよい方向へ動くとは限らない」
「まあ、いまさら我々がじたばたしても仕方がない。我々は歴史が動くのを待つ身だからな。……しかし、こうなってみると、きみは、妻子を人質に出しておいて正解だったな。私もそうするべきだった」
執政官の言に対して、「そうかもな」と、サレは苦笑を浮かべた。
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