スラザーラ内乱記注解

通過儀礼(七)

　五月五日。

　スザレ・マウロとトオドジエ・コルネイアの任官を祝う宴が、鳥籠[宮廷]で盛大に執り行われた。

　国主[ダイアネ・デウアルト五十五世]と公女[ハランシスク・スラザーラ]は病気を理由に欠席したが、摂政[ジヴァ・デウアルト]をはじめとした都の百官に加え、各州の使者が列席した。

　その翌日の五月六日。

　薔薇園[執政府]にて、近北州の使者より、近北公[ハエルヌン・ブランクーレ]の発議の内容が上申された。

　今の大公[マウロ]は、建白書を床に叩きつけ拒絶したが、新しい執政官[コルネイア]は意見を異にした。

「この世は、生きている者のためだけにあるわけではありませんが、この国難の時代、それが市井の民の安らぎにつながるのであれば、我々が受け入れがたきものを受け入れるのも、一つの手ではないかと考えます」

　薔薇園として門前払いはせず、近々上京する旨を伝えて来た近北公にその真意を質すことを、執政官が大公に伝えたところ、彼は髪を逆立てる勢いで、怒声を執政官に浴びせた。

「その市井の民の安らぎを妨げている最たるものが、各州州馭使による州権の私物化ではないのか。それを解消するために、少なくとも前の大公[ムゲリ・スラザーラ]殿と私はともに二十有余年を費やして来た。七州の安寧も考えずにそれに逆らい続けただけでなく、あまつさえ、ウストリレとつながる大罪を犯しているゼルベルチ・エンドラなる者を許すとはどういうことであるのか。そのようなことを、摂政殿ではなく、国主さまご自身が望まれていることなのか(※１)。また、前の大公殿を謀殺した男の孫を近西公に就けるなどいう、道義にそむく、破廉恥極まりないことを行って、執政官は七州が良き国になると思っているのか」

　今の大公の言に同調するように、モウリシア[・カスト]をはじめとした執政府高官の面々が、刺すような視線を執政官に集中させると、彼は次のように応じた。

「大公さまのお考えはわかりました。しかし、七州の統一など、わたくしには多くの者が求めているとは思えませんが……。とにかく、一度、執政官であるわたくしの職分として、近北公の真意を確かめます。それから、この議についての可否を判断いたします。執政官であるわたくしが」

「そのようなことをおまえにさせるために、私はおまえを執政官にしたのではない」

と怒声を浴びせてきた大公に対して、執政官も怒声で反論した。

「わたくしは大公から執政官に任命されたわけではありません。国主さまと公女さまから職を拝命されたのです。……大公は前の大公さまの敵討ちを望まれているようですが、本来の筋で言えば、敵討ちなどというものは、前の大公さまのご長女であらせられる公女さまのご意志により、可否が判断されるのではないのですか？」

「公女さまも私と同じ考えにちがいない。ご尊父が弑されたのだぞ」

　脇息を叩きながら断言した大公の言葉に対して、執政官が言い放った。

「そのようにおっしゃれるのならば、わたくしが公女さまにお聞きして参りましょう。前の大公さまの仇（あだ）を討ちたいと考えておられるのか否か」

　そのように述べると、何をかを言おうとして言葉の出ない大公を無視して、執政官は部屋を出た。

　その場に十一名の高官がいたが、彼の後を追ったのは二名だった。

※１　摂政殿ではなく、国主さまご自身が望まれていることなのか

　マウロは、ブランクーレの発議の背後にジヴァの存在を疑っているが、実際のところは不明。