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微睡の中、少しずつ意識が覚醒して行く。
意識を取り戻したコウの視界に入って来たのは――
「アハッ! コウく~ん、おはよう~。胸から直接~、剣が生えてるのって~、何度見ても面白いね~♪ クスクス」
薄ら笑いを浮かべた長浦芽衣――否、メイだった。相変わらず眼鏡は掛けていない。
何かしらの台の上に仰向けに寝かせられているらしい。服は脱がされて裸にさせられている。
大小様々な機械が部屋の中に置かれているのが目に入る。
どこか、博士のラボを彷彿とさせる空間だ。
(身体は……くそっ! まだ動かせない!)
「君は……! ここはどこだ?」
「ここわぁ~、JRミドルタワーズの~、二つのタワーの内の高い方~。助けを呼ぼうとしても無駄だよ~♪ ここわぁ~、最上階の更に上で~、認識阻害掛けてるから~、外から見てもなんにも無~い空中にしか~、見えないからぁ~♪」
(そんな場所があのタワーの上にあったのか!?)
するとその直後――
「喋り過ぎだ、メイ」
突如奥の方から、神経質そうな男の声が聞こえた。
「ここは、この私――終楽園永遠の研究所だ」
「!」
未だ身体を動かせないコウの下へやって来たのは、長身痩躯で灰色の長髪を持った男だった。白衣を着ており、見たところ歳は四十代くらいだろうか。
「お前が終楽園か!」
「なるほど、あの老い耄れから話は聞いているようだな」
「聞いてるさ! お前が博士の発明を悪用して世の中をめちゃくちゃにしたってな! お前のせいで、どれだけ多くの人が傷付き、倒れ、悲しみに暮れてると思ってるんだ!」
身動ぎ一つ出来ないコウだが、諸悪の根源を前に、思いの丈をぶつける。
「なるほど、お前にとってこの私は悪か」
「当たり前だ! それに、長浦さんに何をしたんだ!?」
「何もしていないさ。ただ、コヤツの家族を救ってやっただけだ」
「何だと!?」
終楽園はメイを冷たく一瞥すると、説明し始めた。
「あれは五年前のことだ。私は、お前がデビルコンタクト討伐をしていることを知った。そこで、いつの日か、必要になった際にお前を拉致してここへ連れて来るような、手駒が欲しいと思った。そんな時、コヤツ――長浦一家のことを知った。片親で、母親は娘とまだ幼い弟を連れて、貧困に喘いでいた。ただでさえ片親なのに、その母親が病気がちで、殆ど働けなかったのだ。そこにある日、救いの神がやって来た。この私だ。そして、取引を持ち掛けた。娘がデビルコンタクトのモニターを今後数年に亘り継続してやってくれれば、毎年大金を払うと。母親は拒もうとしたが、まだ幼い娘は、『お金がたくさん手に入るよ』『お母さんの病気も治せるし、弟も助けてあげられるんだよ』というこの私の温かい言葉に、『私、やる!』と言った。そしてこの私は、デビルコンタクトによりコヤツを洗脳して、もう一つ別の人格を作ることに成功し、予定通り手駒にすることが出来た」
「別の人格を作って手駒にした……だと!? 何てことするんだ!」
「何を怒っているんだ? 約束通り、金は払っている。そのお陰で、母親の病気もかなり良くなっているのだ。感謝されることはあっても、文句を言われる筋合いはない。最も、母親の治療費に金の殆どを使っているせいで、家族の生活水準は以前と変わらないがな」
全く悪びれず、終楽園は平然と言い放つ。そして更に続けた。
「そして、コヤツをあの学園に入学させた。ちなみに、コヤツ以外にも、この私の息の掛かった眼鏡少女を市内全ての中学と高校に潜入させてあったのだ。お前がどの学校に入っても良いようにな。コヤツは、偶然あの学園でお前と一緒になっただけだ。ちなみに、高校に関しては転入学もあり、一年と二年のどちらに入って来るか分からないため、そのどちらにも対応出来るように、各高校に二人ずつ配置しておいた。無論、お前の学園の一年にも眼鏡少女はいたが、お前が二年生として転入学してくることが分かった時点でコンタクトへと変えさせておいた」
「そんな……!?」
何年も前から用意周到に計画が進められていたことと、姉に似ている長浦芽衣との運命的な出会いが、自分が憎むべき終楽園によって演出されたということにコウはショックを隠せない。
「なるほど、お前にとっては芳しくない情報であったようだな。もう一つ。先程お前は、この私のことを悪だと言ったが、それは違う。全てはあの老い耄れが悪いのだ」
「どういうことだ!?」
その質問に、終楽園が眉を上げる。
「この私は、葉空大学であの老い耄れの右腕として働いていた。奴の研究を手伝いもしたが、自分でも数々の発明を成し遂げた。この私には、奴以上の才能がある。奴の発明よりも、この私の発明の方が余程インパクトがあり、優れている。そんなことは自明の理だ。だが、どれだけこの私が新たな発明品を発表しようが、いつも奴の発明品の方が評価され、マスコミに取り上げられた。本来ならば、この私が貰うべき数々の賞も、全てあの老い耄れが搔っ攫って行った。奴が悪いんだ。奴がちゃんとこの私のことを評価していれば! この私の天才的な発明品が世に埋もれることなどなかったのだ!」
余りにも勝手な終楽園の言い分に、コウは唖然とした。
「そんなの、逆恨みじゃないか! 博士に嫉妬したなら、いつか自分の発明で見返せる日まで、努力し続ければ良いじゃないか!」
「お前は何も分かっていない。発明というものは、一週間や二週間で出来るようなものではない。何年も掛かる事さえよくある。それが報われない悔しさは、お前には決して分からない」
「だからって、自分の勝手な嫉妬や劣等感で犯罪を犯して、何の罪も無い人たちを傷付けて良いわけないだろう!」
コウの叫び声に、終楽園は溜息をついた。
そして、底冷えするような冷たい目で、コウを見下ろした。
「なるほど、あの老い耄れと共に暮らせる訳だ。思考回路が全く理解出来ん。もう良い。お前の役目は、ここに連れて来られた時点でほぼ終わりだ。後は、その
「
終楽園はその質問には答えず、どこか遠くを見るような目で彼方を見詰める。
「初めてあの老い耄れが作ったニューコンタクトを使って、この私が他人を傷付けた時。気付いたのだ。この私の残虐性、破壊衝動、殺人衝動がどうしようもなく増加していることに。無論、紳士で優しい私には、そんな欲求はほんの少ししかない。それにも拘らず、目の前の人間を殺さずにはいられなかった。抗い難い、突き動かすような衝動だ。そこで、この私はその機能を大幅に増強し、更に眼鏡への悪意を紐付けた上で世間でゴミと呼ばれているような者達に分け与えた。すると、彼らは活き活きと、眼鏡を掛けた一般市民を殺し始めた。何故眼鏡への悪意を紐付けたか、分かるか? 単なる破壊衝動ではなく、特定の層に対する粛清とすれば、イデオロギーが付随するからだ。イデオロギーが生じれば、社会全体に伝播しやすくなる。事実、眼鏡への憎悪はデビルコンタクトの広がりの数倍のスピードで社会全体に広まって行き、デビルコンタクトの海外販促と共に世界へ波及した。無論、この私が用意したのはそれだけではない。デビルコンタクトが使うコンタクトに『精神操作』が出来る仕掛けを入れておいた。つまり、最終的にデビルコンタクトは、『攻撃性が増す』ことと『眼鏡への憎悪が燃え上がること』、そして『この私の言うことを聞く』という三つの機能を帯びたのだ。その時点で、この私は既にあの老い耄れを超えた」
人を操ること、そして人を殺すことを何とも思わず、滔々と捲し立てる終楽園に、コウは吐き気を催す。
「だが、それだけではない。終にこの私は、究極の発明を成し遂げたのだ! それが、サーテックだ」
「サーテック!?」
「ああ、そうだ。脳に神経が直接繋がっている眼球にコンタクトを着用することで脳に影響を与えて超能力を得るのではなく、直接眼球に手術を施すことで、脳により大きな影響を与えて、世界の理にさえ干渉する力を手に入れることが出来るのだ!」
「そんなことが……!?」
「そして、そのために必要なのが、お前の
「僕の
「そのために、
説明しながら、終楽園がコウの身体に近付く。
「ここまで長かったぞ。ある時、サーテックの開発をしている最中に、足りない材料があることに気付いたのだ。それは、デビルコンタクトが無から生み出す力を掻き消すことの出来る、ナノテクノロジーを駆使して作られた武器だった。その欠片――いや、粉末だけでもあれば、サーテックは完成する。だが、残念ながらこの私の力を以ってしても、それは作れなかった。別に私の才能が足りない訳ではない。無論私の才能は誰よりも優れている。ただ、私は自分が生み出したデビルコンタクトの能力に対抗し、掻き消し、否定するような物を作ろうという気持ちになれなかったのだ。よって、あの老い耄れに作らせることにした。まぁ、この私がデビルコンタクトを世の中にバラ撒き大勢の者達に好き勝手に暴れさせていれば、早晩奴は対抗策を用意するだろうとは思っていたがな。ただ、ロボットやドローン、またはアンドロイドなどを作ってそれに搭載するのだと思っていたため、人間に使わせるとは意外だったがな。まぁ、特殊な眼鏡を作り、それと連動する形で発動する剣を作るとは、デビルコンタクトを作った私に嫉妬したため、眼鏡という形を取りたかったのだろう。笑えるではないか」
自分が博士に対して抱いて来た醜い嫉妬や劣等感を棚に上げて、厚顔無恥にも終楽園は博士のことを扱き下ろす。
「だが、ロボットだろうが人間だろうが、どうでも良い。博士はこの私の思惑通りに動き、お前はこの私の策に嵌まり、まんまと掴まってここに連れて来られた」
「くっ!」
悔しそうな表情を浮かべるコウだが――
(ここまでは想定内)
ここに連れて来られることは、想定内――どころか、望んでいたことでもあった。
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