第94話 マリアのお仕事


異世界生活194日目



 魚人族を受け入れた翌日、朝からマリアと打ち合わせを行っていた。



 魚人たちに住居のこだわりはなく、通常の一般家屋で十分だと言っている。現在は9軒ほど空きがあるので、既婚者を優先にして住んでもらった。独身者たちには、長屋で共同生活をしながら、良きパートナーを見つけてもらうつもりでいる。


 今までも、共同生活で仲良くなり、一軒家へ移り住んだカップルが何組もいる。お互い気が合わず、別れる者も少数いたけど、そのあとギクシャクすることもない。長屋に戻り、新たな相手を見つけることに前向きだ。

 獣人たちは恋愛よりも、子孫を残すことに重きを置く風潮がある。色恋沙汰のもつれを気にするくらいなら、早く次の相手を選ぶことを重要視しているようだった。



 話は戻るが、今回移住してきた魚人の内訳は、成人男性が十人と成人女性が十五人、子どもが五人の計三十人。


 そのうち、夫婦もしくは家族となっているのが八組いて、子どもがいる家族が三組だ。「少し出生率が低いかな?」と思ったら、去年成人した若者が五人もいるそうだ。割と若い世代が多いので「今後の部族繁栄にも期待が持てる」と、マリアが嬉しそうに語っていた。


 また、作業の割り当てについてなんだが、漁師の職業を授かった九名が漁業に従事した。魔道具を用いた製塩作業と漁師の補助役として九名を選出、調理師の職業を授かった四名を含む計六名が食堂で働くことになった。

 子どもたちについては、他の種族と同様にメリッサ先生指導のもと、農業を手伝いながら一般教養を覚えてもらう予定でいる。



「んで、マリアは何をするつもりなんだ?」

「アタシはそうね……村の水番でもしようかしら。水路は近くにあると言っても、水魔法使いが村に常駐する意義は大きいでしょ?」

「たしかに、マリアほど優秀な水魔法の使い手がいてくれたら、村の生活もより快適になるだろうね」


 そうなのだ。魚人の族長マリアだけは、貴重な魔法スキルを所持していて、教会でも魔法使いの職業を授かっていた。ちなみに、今日の朝、春香に鑑定してもらった結果はこんな感じだ。


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マリンアークリア(マリア) Lv35

村人:忠誠83

職業:魔法使い

スキル 水魔法Lv4

念じることでMPを消費して威力の高い攻撃する。飲用可、形状操作可、温度調整可

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 レベルも高く、水魔法も既にLv4まで上がっている。


 レベルやスキルが高いのは、ドラゴ一家に誘われてダンジョンに連れ回されたから。本人は、戦いや強さに全く興味がない。

 それとマリアの本名は、ドラゴたち同様に真名まなというヤツらしい。竜人と違って、族長だけが代々受け継ぐしきたりのようだ。



「――え、ねえ聞いてる?」

「あ、っとごめん、何だっけ」

「もう、だからアタシの仕事のことよ! さすがに水番だけじゃ世間体が悪いでしょ。他に何かないのかって聞いてるのにっ」

「ん-、今のところは思いつかないな。……あ、仕事じゃないけどさ。桜と杏子に、魔法の指導を受けてくれ」

「え、それってもしかして……。アタシも火だるまになれってことかしら。桜ちゃんのように……」

「違う違う! あんな危険なことはしなくていいからっ。もっとじっくりと、安全に教えてもらってくれ」

「そう、なら全然構わないわ。アタシも彼女たちの魔法技術には興味あったし、むしろありがたいわ」


 あのときの桜はヤバかったな……。たしかに成果はでたけど、二度とやらないでほしいし、他の人にも勧めないでほしい。


「目標としては、氷を生み出せるようになってくれ。これから漁業も盛んになる。万能倉庫があるとはいえ、運搬中や転送する間も、鮮度の良い状態を保ちたい」

「なるほどね、納得したわ。――それじゃあ、水番のことは椿ちゃんの指示を仰げばいいわよね? さっそく話してくるわ」

「ああ、よろしく頼むよ」



 こうして魚人族の仕事もすべて決まり、いつもの日常が戻って来た。





◇◇◇


 昼を過ぎた頃、メリマスとメリナードが街へ戻る準備をしていた。


 本来であれば、メリマスだけで戻るはずだったが……。海へ行くための馬車が必要になり、6台のうち4台を村に預けてくれることになったのだ。

 メリナードや護衛のふたりも、ダンジョンでの冒険を諦めた訳ではなく、空間収納に入れた荷物を置いたら、すぐ村へ戻ってくるらしい。 


 ちなみに、16頭に増えた馬の世話については、商会員の二人に任せている。この二人はもともと、商会の馬番をになっていた者たちだ。もうひとり若い女性店員もいて、メリッサと一緒に先生役を任せている。



「それでは村長、行って参ります」

「みんな、道中気をつけてな。帰って来るのを楽しみにしてるよ」

「はい。帰りには持てるだけの酒を用意してきますので、村の皆さんにもよろしく伝えてください」

「そりゃ喜びそうだ。まあ、ルドルグには内緒にしとくけどな」

「いやいや、それは無理と言うもの。この件の提案者が、他でもないルドルグさんですからね」

「うへぇ。あの爺さん……抜かりないな」

「それでは近いうちに」


 今回の交代に伴い、『結界のネックレス』をメリマスに渡してある。ふいに何かあったとしても守ってくれると思う。街についたら、信用できる冒険者を護衛に雇うらしいので、余程の事がないかぎりは大丈夫だろう。




 みんなを見送ったあとは、村のあちこちに顔を出しながらのんびりと過ごす。


 鍛冶場の隣では、ルドルグたちが家具工房を建築していた。魚人の住居を建てる必要もなくなり、手のすいた職人たちがここぞとばかりに集まって立派な工房を手掛けている。工房の建築が終わり次第、大浴場の増築にかかると言っていたが、この様子だと、そっちも近いうちに完成しそうだ。


 建築現場のすぐ近くには夏希もいた。

 『NATUKI工房』と彫られたバカでかい看板を作成中だ。よくよく見ると、鍛冶屋や酒場、裁縫などを連想させる看板も作ってあり、どれも見事な出来栄えだった。


「大浴場とか倉庫にも飾る予定ですから、楽しみにしてて下さいよー」

「さすが巨匠だ。村の景観も良くなりそうだし、楽しみだよ」




◇◇◇


 陽もすっかり傾き、食堂の賑やかな雰囲気の中、ダンジョン組からひとつの報告があった。なんでも、ようやっと15階層のボス部屋を発見したらしい。

 ボス部屋にある扉の形状が、いつもとは全然違うみたいで「なにやら異様な雰囲気を感じた」と、みんなが口を揃えている。


「とにかくさ、扉もバカでかいし装飾も豪華なんだ。アレ、明らかに何かあるぞ」

「そんなにか……。それで、明日には挑戦するつもりなのか?」

「いや、まだやめたほうがいい。なんとなくだけど、今回は総力戦で挑んだ方が良いと思う」

「冬也くんに同意です。ラドさんたち戦士団のみんなを始め、杏子さんやドラゴさんたちのレベルアップを待ってからが良いと思います」


 冬也も桜も、今回はいつも以上に慎重だ。現場を見てないからいまいちピンとこないけど、ふたりが警戒するほどの何かがあるのだろう。


「だったら、私も参加したほうがいいか?」

「そう……だな。正直、村長がいると助かる。けど、何があるかは保証できないぞ」

「無茶するつもりは毛頭ない。回復役としてサポートに徹するのでも良いしな」

「私も、村長がいてくれたら心強いです。――なんにしても、今できる限界までレベルアップしてからにしましょう」

「そうだな。作戦の立案も含めて入念に準備してくれ。みんなも、冬也と桜の指示に従ってほしい」


 周囲に集まったダンジョン班の面々も、真剣な表情で頷きながら意気込んでいる。ボス攻略に否定的な者はひとりもおらず、なんとも冒険者らしい顔をしていた。



 今攻略中の15階層では、上げられるレベルの限界値は60程度までらしい。少なくとも、攻略に挑む全員のレベルが55を超え、魔鉄製の武具を揃えられるまでは挑まないことに決定した。

 

「ところで、レベル60ってどれぐらいの強さなんだ?」

「一概には言えませんけど、近接職だとオークジェネラル相手に1対1で勝てます。ファイターやメイジだったら瞬殺レベルですよ」

「マジか。ここにいるみんながその次元までいくってことだろ? ……そりゃあ、なかなか恐ろしい村になりそうだ」

「レベル60ともなればAランク、ヘタするとSに届く領域じゃ。中々どころか、驚異の村が誕生するじゃろな。儂、議会にこんな報告しとらんからのぉ。これが知れたら怒られるかも知れん」

「今さらだろう。もう関係ないんだし、村人が強くなるんだから何も問題ないさ」

「そりゃそうじゃ。――では皆の者、儂らも限界まで鍛えていくぞ!」


「「「うおおぉー!」」」




 ――決戦の時は近い――



 そんなこと言うと変なフラグが立ちそうだが……正直、俺もワクワクしている。慢心するつもりはないが、周りの雰囲気につられ、一緒になって盛り上がっていた。



















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