第60話 結界についての考察


「それで、あなたはどこの誰?」


 この冒険者風の男、現在は手足を縛られ、両足も負傷している状態だった。にも関わらず、うめき声ひとつ出さないのは見上げた根性である。


 と思うが、こうなってしまった以上は素直に白状して欲しいものだ。


「……」


 だが何度問いかけても一向に口を開いてくれない。


「冒険者なんかだと、ギルド証とかタグみたいなのがあるよね? とりあえず身ぐるみ剥いでくれ」


 ウルガンらに頼んで、革鎧や衣服をすべて剥させる。が、所持品は剣とナイフ、それに数枚の金貨が入った皮袋のみだった。


「村長、身分を証明するものは何も。冒険者証も携帯してません」

「あのさ。仮に冒険者だったとして、彼に何かあった場合……ギルドからの報復とかってある?」


 そうなっても村の中なら対処はできるが、街との交易がし辛くなっては面倒だ。


「いえ、冒険者が依頼途中で死亡することはままある事。全て自己責任ですからそれは在りえません」

「そうか、ならひとまずは安心か。ちなみにこの顔に見覚えは?」


 ウルガンとウルークは、「街の酒場で何度か見かけた気もする」と言っていたが、どこの誰かまでは判らなかった。


「二人の認識がその程度なら、どこかの商会の手先って線も薄いか。まさか議会の暗部ってことも無いだろうしなぁ」


 議会主導の偵察であれば、もっと綿密に計画するだろうし、凄腕の専門職を手配してくるはずだ。こんなアッサリと捕まるわけがない。


「なぁ、これ以上何も話さないなら後は処分するだけだけど……命乞いとかしなくて大丈夫?」

「……っ」

「わかった、もうい――」

「待ってくれ話す! オレは街の冒険者だ……。依頼を受けて村の様子を探ってた」


 やっと話してくれる気になったみたいだ。


「冒険者証は? あと、誰からの依頼か教えてくれるかな」

「冒険者証は森に入る前に埋めて隠した。依頼主からそう指示があって……。依頼主は酒場で声を掛けてきた男だが、フードを被ってたから顔はハッキリと見ていない。本当だ!」

「誰ともわからんヤツからの依頼を受けたと?」


 議会との協定が結ばれてすぐ、大森林への侵入を禁じるお触れがでている。しかも厳しい罰則付きって話だ。そんな状況のなか、安易に依頼を受けるだろうか。


「いや……あの……報酬が破格で、つい飛びついちまったんだ」


 冒険者の男曰く、かなり額を前金として渡されたらしい。入手した情報次第では、さらなる追加報酬を約束していた。上手くいけば1年は遊んで暮らせるほど――。


「村の偵察に関して、具体的な指示はあったのかな?」

「村のことなら何でも、と言っていた……。異世界人の数や特徴、あと村で作っている作物と農地の広さについては高く買う。そう言われた」

「ほかには?」

「見たことが無い道具や建物があればその特徴をと、これも価値があると言ってた。……依頼されたのはこれで全部だ」


 彼が本当のことを言ってるのかは不明だが、どれも依頼主の特定に至るものではない。日本人のことや道具にしたって、誰が興味を持ってもおかしくない情報だ。


「なあ……オレは助かるのか? 何でもする! 奴隷になってもいいから助けてくれよ!」

「それは無理かな」

「そんなっ! だったら――」


 先ほどまでの沈黙とは打って変わり、大騒ぎしだす彼の口を塞いで黙らせる。とてもじゃないが、この男に忠誠があるようには見えない。金次第で誰にでもなびくだろう。


「今からスキルの検証をするから、一応周囲を警戒しててくれ」


 ウルガンたちにそう伝えて、地面に横たわっている彼を囲うように敷地を拡げた。


 点滅状態の段階では、結界の中に人がいても弾かれることもなく、その場に残る。というのは先ほど捕まえたときに判明している。

 ならばこの状態で、結界を固定した場合どうなるか。というのが今回試したいことだった。


 ゴブリンなどの魔物は、敷地を拡げると同時にその場から消失する。敷地を固定しても消えたままだった。だが、敷地を解除すると元の場所に復活した。普通の動物に関しては、結界を固定してもその場に残る。ここまでは検証済だ。


 では、対象が人だった場合はどうなるのか。とてもじゃないが、村人や奴隷では試したくなかった。この機会を逃すつもりはない。


「じゃあ敷地を固定するよ」


 そう宣言して固定をした瞬間、目の前の彼は一瞬で消えた。


 ドサッと音がして、すぐ近くにある穴の中に落ちた。どうやら指定しておいた追放場所へ転移したらしい。穴の中を覗くと、縛られた状態のままの彼が転がっていた。


「なるほど、人の場合はこうなるのか。侵入の許可を出してないから、自動的に排除されたって感じだな」


 これでまたひとつ、結界についての考察が進んだ。ちなみに、現在までに判明しているのは以下のとおり。


1.生きた状態の魔物や草木、これには切り株も含むのだが、これらの生命は結界を解除したときに元の状態に戻る。


2.伐採済みの木や落ち葉、あと魔石もだが、その時点で生命扱いから外れる。元々魔素により形成されているので、結界が生成される際に魔素へと変換されて消滅する。


3.変換された魔素は、結界の解除と共に大地へと吸収される。ただし、命あるものは元の状態に戻る。その仕組みは不明


4.魔物ではない普通の動物は、魔素により形成されてないのでそのままの状態で残る。結界から排除されない理由は不明だが、村に対し害意がないからだと考えている。馬やクルック鳥も同様だ。


5.兎人の元集落にある住居や道具などの人工物は、結界を固定してもそのままの状態で残った。森の外で結界が張れないため、街の建物にも有効かは不明。


6.大森林以外の場所では、敷地を拡張できない。大地神の加護に有効範囲がある可能性、大森林特有の魔素が存在する可能性がある。


 これらに加えて今回わかったのが、


7.人を巻き込んで結界を固定すると、拘束していたロープを含めて追放、指定場所へと転移する。点滅状態では追放されずにその場へ残される。人も魔素により構成されていないので、結界に変換はされない。


 考察には所どころ穴がある。全てが正しいとは思わないが割といい線まできているはずだ。


 ちなみにゴブリンが消えた位置や木があった場所、そこに剣を構えた状態で結界を解除してみたんだが……見事に剣が貫通した状態で復元した。当然ゴブリンは死んだし、木には剣がめり込んでいる。さすがにこの検証結果を目にしたときは恐怖した。


 村に人がいる状態で結界を解除したらとんでもない事態になる。木と同化なんてしちゃった日には……大惨事だ。外敵に対しては必殺技になるんだろうけど、決して気楽には使えない。そう自分に言い聞かせた。



「そ――ちょ、村長!」

「あ、ごめん。考え事してた」

「いえ、結界の外でしたので。気をつけて下さればと」

「ありがとう、不用心だったね」

「――して、この者はいかがされますか」

「村の情報をどこぞの輩に教える義理は無い。金に釣られた報いだと思ってもらおう」


 もしここで見逃せば、のちのち私や村に悪影響がでる。うっかり手心を加えた挙句、あとになってから後悔する。なんてことは絶対御免だった。


「では、あとは我らが」

「いやいや、自分でやる。せめて苦しまずに退場してもらうよ」


 侵入者への対処と貴重な検証を終え、村の中へと戻っていった――。





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