第32話 獣人族領-ep.2
<獣人族領-ケーモスの街>
異世界人が現れて50日が経過
日本人の受け入れや仕事の割り振りもひと段落した。住居に関してはまだ完全ではないが、それもあと少しで目途が立つだろう。
最終的に、約1千人がケーモスの街へ定住することとなったわけだが――。結局、街の戦士団への加入希望者は30名足らずだった。破格の優遇措置を講じたにも関わらず、だ。
戦闘スキル持ちのほとんどは、冒険者を希望した。これは男女問わずだった。おかげで、ダンジョン産の魔石や素材は値崩れするほど供給されたのだが、比較的浅い階層のドロップ品なので、市場にそこまでの影響はない。
面談での様子では、大半の者が人を殺めることに否定的であったが、魔物に関しては、自ら嬉々として狩っている始末だ。まったく、異世界人というのはよくわからん……。まあ、大猪やオークの肉は良い食料源となる。いくらあっても困ることはないので、街の運営としては好都合だった。
むしろ当てが外れたのは、農耕スキル持ちのほうだ。
当初、日本人が育て始めた麦や野菜は、驚くべき成長速度で収穫に至った。これで一気に食糧事情が改善する。と喜びもつかの間、二度目の収穫量が激減してしまったのだ……。栽培途中で作物が病気にかかり、収穫物はずいぶんと小さく、品質もあまり良くない。
日本人曰く、土の栄養が足りないらしい。それが何なのか我々には理解できないが、骨や卵の殻を砕いたものや、落ち葉と糞を混ぜたものを利用するんだと、彼らは息巻いて準備しているところだ。
異世界人は高度な文明と知識を持っていた。と、物語ではそう伝えられている。しばらくは彼らに任せておくのが最善だと決断。それと並行して、農地の拡大も同時に行っている。当面はそちらを頼りにやり過ごすほかなかった。
「ゼバス、首都から戻された奴隷たちについて、何か報告は挙がっているか?」
「はい領主様。反乱や脱走の報告もなく、問題はないようです」
「そうか、まあ中央議会謹製の隷属具だ。そんなことになれば即死だろうがな」
街に集まった日本人2千人のうち、半分は奴隷落ちとなった。犯罪者や反抗する者は当然として、最も多かったのは、頑なに人権を主張する者たちだ。
元の世界に戻せだの、拉致行為に対する保証をしろだの、挙句の果てには自治権を主張し、生活費の保証をしろと……。いったいお前らは、何様なんだと呆れたものだ。
「勝手にこちらへ来ておいて、良くあれだけ吠えられたものだな」
「国が自分たちを召喚した、と主張する者が多数を占めておりましたが、何を根拠にあのような思想に至るのか理解できません」
「異世界人の召喚など聞いたこともない。大昔に来た異世界人も、ある日突然現れた迷い人だった、と伝承にもあるしな」
そもそも、ここまで大規模な召喚が可能ならば、当の昔に議会が実行して隷属させているだろう。
「まあよい。それで、最近巷で噂の芋の話だが……手に入れることはできたのか?」
「いえ、市場に出回る量が少量のようで未だに……申し訳ございません」
少し前から、とてつもなく旨い芋がある、と市井で噂が広まり私の耳にも届いていた。
「そうか、何処で生産されたのかも不明なのだな?」
「はい。ですが少なくとも、ここケーモス領で採れた物では無いようです。他領産もしくは、人族領から行商が運んできたものかと思われます」
行商か……。そういえば最近、人族領との交易が減少していると議会から報告があった。その要因が戦の準備なのか、向こうでも食糧不足なのか、いずれにせよ私に対処できる問題ではない。
「さて、今日は午後から日本商会と面会だったな。抜かりなく準備しろ」
「畏まりました」
<獣人族領-首都ビストリア>
連合議会:定例会合にて――
「では次、日本人奴隷について報告せよ」
「はっ、奴隷6千人のうち3千人は戦闘奴隷として軍に配属、千人は首都にて農奴となりました。残る2千人は5つの領に返還し、鉱奴や農奴となっております」
「ふむ、戦闘奴隷の状況はどうだ?」
「現在、首都近郊のダンジョン2つを軍で占拠、戦闘スキル所持者を優先して鍛錬を実施しております」
「練度はどの程度上がっておるのだ」
「奴隷たちのレベルは平均10、ダンジョン5層まで攻略が進んでおります。奴隷の数が多いため、魔物の再出現が間に合っていない状況です」
1つのダンジョンに1500人が入れる訳もない。かと言って、これ以上ダンジョンを軍で占有すれば、冒険者ギルドからの反感を買う。
「力量のある者から優先して階層攻略。活動できる領域を分散するしかないか……皆はどう考える?」
「そうですな。冒険者ギルドに無理を言って、既に2つのダンジョンを占有している現状、それしかないでしょう」
「いっそのこと、『大森林』の奥地へ送り込むというのはどうでしょう。被害は覚悟の上となりますがね」
大森林の東は、川を越えたところから強力な魔物がでる。かつて軍を派遣して全滅したことを思えば、到底無理のある選択だった。
「せっかく手に入れた戦力を減らしてどうする。ヘタに踏み込み、魔物が川を越えてきたらそれこそ一大事だぞ」
「暫くは現状のまま、じっくりと攻略を進めさせるのが妥当だろう。どうせ人族側も似たような状況だ。むしろ人数が多い分、レベルの上りも遅いはずだ」
「そのあたりは、密偵からの報告を精査しながらとなりましょう。それより気にすべきは、人族側に現れた『勇者』や『賢者』などの存在でしょう」
「他にも『聖女』と『剣聖』だったか、なんでもユニークスキルという特殊なスキルを所持しているらしいな」
まだ詳細は判明していないが――。国王直々にお触れを出し、勇者たちの存在を明らかにしたらしい。
(しかし、また勇者が現れるとはな……)
我ら獣人族の伝承にはこうある。
かつて大陸の東西を完全に分断していた大山脈。大昔に現れた勇者一行が大魔法を放ち、山脈南端の一部を消滅させた。その消滅した山脈の跡地が、我ら獣人族領の東にある『大森林』になったと――。
もし言い伝えどおりなら、今回現れた勇者たちも、我らにとって絶大な脅威となる可能性があった。
「まだ姿を確認したわけではない。まずは事実確認を優先せねばならん」
勇者らの存在確認と能力の調査。このふたつを最優先することで皆が合意した。
「では次に、日本商会の件だ。武具と魔道具に関する協定について詰めていこう」
最近、大きく勢力を伸ばしている日本人の商会。その商会長を務める者は、随分と統率力のある人物と聞き及んでいる。
むろん警戒はすべきだが、武器や魔道具を安価に卸すとなれば無下にできん。相手の出方をみながら、友好的な関係を維持していくべきだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます