第106話 アルモリア草の採取
アルモリア草の群生地は、街から北東に二〇キロメートルほど進んだ場所にある。僕が以前に
アーケシウスで街の外に出るのは、
あれからさらに緑化が進み、旧時代の都市の跡などの遺物を呑み込んだ緑の造形物が、荒れ地のあちこちに点在している。朝早くということもあり、街を行き来する都市間連絡船も活発に動いていた。
アルフェはいつものようにアーケシウスの頭上で、ホムは
アーケシウスの上では、アルフェが楽しげに脚を揺らしながら、歌を口ずさんでいた。
僕の気が紛れるように気を遣ってくれているのか、それとも歌が好きなのかはわからないが、やはりアルフェの歌声は心地良くて好きだ。
「……見えて来たね、森」
歌い終わったアルフェが、水で喉を潤しながら集音機を通じて僕に話しかけてくる。アルフェの言うとおり、アウロー・ラビットの襲撃を受けた森が間近に迫っていた。
「なかなか良いペースだ。この調子で行けるか、ホム?」
「もちろんです、マスター」
僕の呼びかけにホムがアーケシウスを仰いで答える。映像盤を拡大して注視してみたが、今のところ問題はないようだ。
移動ペースを保ちながらアウロー・ラビットの襲撃を受けた森を越えて北上すると、目印となるカザフ峠が見えてくる。このカザフ峠の麓にある泉の周りに、アルモリア草が群生しているのだ。
その泉の向こう側に
「あれか……」
それと思しきスクラップやジャンク品や貨物用コンテナなどが雑多に積まれている一角が僕にも確認できた。ここからでは全貌を把握出来ないが、組織と目されている以上は、おそらく旧時代の遺物を使って、砦のようなものを築いているのだろう。
念のため周辺を見回したが、それと思しき機体などは確認出来なかった。今のうちにアーケシウスを降りて、アルモリア草を採取すべきだろうな。
「アルフェ、視えるかい?」
「うん。あの赤いお花の向こう側の葉っぱが全部そうだよ」
アルフェが目印にした赤い花は、泉から少し外れた木の陰に向かって群生しているようだ。
「では、ここにアーケシウスを停めて採集しよう」
「うん」
僕の提案にアルフェが頷き、浮遊魔法でアーケシウスから降りる。
「こっちだよ、ホムちゃん」
アルフェはホムの手を引き、一足早く群生地へと向かっていく。僕も早く追いつかなければと、アーケシウスを駐機し、あらかじめ用意しておいたアルモリア草用の保存袋を手に機体から降りた。
「……リーフ、どう? これぜーんぶ、アルモリア草だよ」
群生地というだけあって、アルフェの示した場所まで近づくと、アルモリア草特有の香りが豊かに感じられた。爽やかで微かに甘い香りは、この辺り一帯に穏やかに薫っていようだ。
グラスの頃は感じられなかったが、子供の嗅覚というのは鋭いのだなと改めて実感する。
「これだけあれば、リーフのママ、元気になるかな?」
「そうだね。でも、これから黒石病抑制剤を錬成するにはかなりの量を使う必要があるから、多めに採取しておこう。保存方法も、もう考えてあるんだ」
アルモリア草で重要なのは、その成分だ。実験で用いたような培養液にして抽出成分を保管しておけば、いちいち採取に来る必要がなくなる。
「じゃあ、アーケシウスに積めるだけ採った方がいいかな」
「わたくしも、出来るだけお持ちします」
「それだと、この群生地のものを採り尽くすことになりかねないよ」
既に持ってきた保存袋は、採取したアルモリア草でいっぱいになっている。これだけあれば、向こう一年分くらいはなんとかなるだろう。
それよりも、この群生地のものを採り尽くしてしまって、次の入手が困難になることの方が問題だ。僕としても、これ以上街から離れて危険な壁の向こう側を移動するのは、出来るだけ避けたい。
「……山側にもまだあるし、まだまだ大丈夫だと思うよ」
僕の懸念が伝わったのか、アルフェが立ち上がり、辺りを見回しながら説明してくれる。
「ほら、あっちと……、こっちの黄色い花のところにもあるし……。それから、あの白くて小さな――」
そこまで言って、アルフェは不自然に言葉を切り、僕とホムの袖を引いた。
「……上手く言えないけど、ワタシ、嫌な予感がする。……逃げないと」
「……わかった」
僕もホムも気がついてはいなかったが、アルフェの浄眼にはなにかが視えたようだ。その予感めいたものは、必ず的中する。僕はホムを従え、急いでアーケシウスに戻った。
「急いで離れよう」
努めて落ち着いた様子を装いながら、アルモリア草をアーケシウスに詰め込んで出発する。来た道を速度を上げて引き返しながら、映像盤で周囲の様子を窺ったが、目立って変わった様子はなかった。
こちらに向かってくる都市間連絡船も見える。この調子ならば、面倒な事態にはならなくて済みそうだ。ホムに疲れが出るだろうし、少し速度を緩めておこう。
アーケシウスの歩行速度を落とし、アルフェの安全とホムの様子を改めて確認する。アルフェは、まだ緊張に身体を強ばらせているようだ。ホムはというと、積みきれなかったアルモリア草を抱えたまま、都市間連絡船を避けるように大きく迂回して走っていた。
「どうした、ホム? なぜ都市間連絡船を避けている?」
「なにかがおかしいです、マスター」
言語化できない違和感を覚えているのか、ホムの声から焦りのようなものを感じる。
「ワタシも、あれ、なんか変だって思う……。だって、ワタシたちに近づいてくるんだもん」
アルフェの言葉で、僕も違和感の正体に気がついた。この先にあるのは、カザフ峠とカザフ山だ。都市間連絡船が向かうような都市はない。
「まさか――」
頭のなかで警告が鳴り響いている。今からでも迂回させ、都市間連絡船から離れるべきだと操縦桿を握る手に力を込めた。
だが、都市間連絡船から武装した従機が射出される方が早かった。
「はははははっ! 見つけたぞ、ホムンクルス!」
嘲笑が降り、あっという間にアーケシウスとの距離を詰められる。
「マスター!」
ホムは僕を守ろうと従機の前に飛び出したが、従機のアームはホムではなく、アーケシウスの頭上に座っていたアルフェを捕らえた。
「リーフ!」
「アルフェ!」
従機の無骨なアームの中に、アルフェの身体がすっぽりと収まっている。恐怖で僕の名を叫ぶことしか出来ないアルフェに、僕とホムも思わず動きを止めてしまった。
「おっと、それが正解だ。間違っても、姑息な真似はするんじゃねぇぞ。こっちの嬢ちゃんがどうなっても知らねぇからな?」
父に救援信号を出したいが、アルフェを人質に取られては為す術がない。
「……こいつらの言う通りにするんだ、ホム」
僕の命令が苦渋の決断であることを理解したのだろう、ホムも大人しく従う。
僕の油断のせいで、恐れていた事態が起きてしまった。
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