第28話 勉強会

 学生なら十二月に入ると誰しも必死になる時期がある。

期末テスト――

特に二年生二学期の期末テストは、将来を占う上で重要な試験と言える。


 馬鹿が集まったようなこのクラスでも、さすがに教科書を広げて教え合う、そんな風景が散見される。

ちなみに俺は一人で勉強する派なのだが……


「優斗、一緒にテスト勉強しませんか? 早坂は旧帝大出身だし、教えるのも上手ですよ」


そう声を掛けて来たのは、月島財閥令嬢、月島萌亜である。

学校で一二を争う美少女だが、彼女の素顔を知らない平民からは距離を置かれている上級国民だ。

ちなみに、彼女は俺の雇用主で、俺は騎士として彼女に仕えている。


そんな彼女が自宅へ勉強しに来いという。

たぶん行ったら、お母さまも一緒に夜までお茶会だ……

ちなみに、お母さまとは萌亜のお母さんのことだ。


「誘ってくれるのは嬉しいけど…… 家で整理したいこともあるからな。ちょっと考えさせて?」


彼女からの申し出は、異なる意図がありそうで素直に受け入れられない。しかも萌亜はわりと成績が悪いから得るものが少ない気がする。


「じゃ、じゃあ、優斗の家へ行っても良い、かな?」


彼女のご家庭からは騎士のお手当を貰っている。

ゆえに無碍にもできない。


「そうだな、家へ来るなら……」


彼女にオーケーの返事を出して、一緒に帰ろうと提案した。


「えっ! 本当に?! でしたら、出直してきます」


何か勘違いしているんじゃないだろうか。

とは言え、男子には理解できない準備が女子にはあるのだろう。

だが、一応釘は刺して置く。


「良いけど…… 終わったらちゃんと帰れよな?」

「分かってます!」


一抹の不安は残ったが、俺と萌亜は各々自宅へ帰ることになった。

そんな帰り道、夕陽で染まった住宅街を歩いていると――


ひたひたひた……


気配を感じて立ち止まる。


(誰かにつけられている?)


恐る恐る、振り返るが――

誰もいない。


「気のせいか……」


再び歩き始めると、またあの音が聞こえて来た。


ひたひた……


バッ


今度は、ノーモーションで振り返った。

――そこにはバレちゃった感まるだしの笑顔を浮かべた唯奈が立っていた。

(そういや、今日、唯奈って学校へ来てたっけ?)


「相談したいことがあるんだ。今からお家へ行っていい?」

「俺じゃなくて、箕輪に相談しろよ」


きっぱり断った。

以前コイツと俺は付き合っていたが――

サッカー部の箕輪を好きになったコイツは、キツく俺を振った過去がある。


控えめに言って、顔も見たくない。


「優斗に伝えたいことが有ってさ。二人きりで話したいんだよ」


相談なのか、何かを伝えたいのか――

唯奈の態度に、ふざけた様子は見られないだけに怖い。


「な、なんだよ?」

「将太と綺麗さっぱりと別れたよ。これで良いでしょ?」

「へっ?」


『これで良い』って何を言っているんだコイツは……


「あのね。優斗には酷いことをしたと思っているんだ。すごく反省したよ? もう前の様に付き合えないんでしょ?」

「う、うん。ごめんな」


将太と別れた報告の後から唯奈の表情がおかしい。

なんというか、嬉しそうだ。


「で、でも! 普通の…… 普通の幼馴染としてならどうかな?!」

「そ、それなら……」


幼馴染は、幼馴染だ。

そのことは天地がひっくり返ったって変わらない。

が、その後の唯奈のセリフに俺は震撼した。


「そうそう、可愛い彼女さんだね……」

「お前、何かしたのか!?」

「ふうん、まあいいや。今日は久しぶりに話せたし。またね、優斗!」


唯奈は手を振ると、あっさり俺を追い抜いて走り去って行った。

不安が俺を襲う。


俺は走った――


「果歩――!」


家に着くや否や大声で、名前を呼んだが返事は無い。

果歩が迎えに出て来るものと期待していたが当てが外れた。


(どうしよう……)


そうか!

慌てると、普段思いつくようなことでも気付かない。


スマホを取り出し果歩のスマホを呼び出した――


トルルルルッ!トルルルルッ!


「はい」

「果歩? 無事か?」

「どうしたの? 今は大学よ? 今朝、講義があるって言ったと思うけど?」


驚いたような声で、果歩が応える。

 

「そ、そうか。いや、忘れてた…… 邪魔してごめん」

「変なの。何もなければ切るよ」

「うん、ごめんな」

「うん」


ピッ!


まずはホッとした。

この分なら、今日は家に来るとは思えない。

と――


萌亜との約束を思い出した。

支度をしたら、家に来ることになっている。


果歩に感化され、購入したばかりの炬燵のスイッチを入れる。

部屋を片付けたり、お湯を沸かしたり。

そうしていると、玄関チャイムの音が鳴った。


ピンポーン


「あ…… もう来ちゃったか」


玄関へ行くと、萌亜は私服に着替えてやってきた。

茶色いシックなワンピースにカーディガンを引っ掛けた装いだ。

普段は制服姿ばかりだったため、ちょっと新鮮だ――

うん、大人っぽいじゃん。


「いらっしゃい!」


先ほどまで緊張の真っただ中にあった俺だが、萌亜の顔を見てホッとした。

ぶっちゃけ彼女で安心感を得られたのは初めてと言って良い。


「こんにちは。今日は宜しくお願いしますね」

「あ、車は?」

「駐車場が無いようなので、いったん返しました」

「そうなんだ。狭い家でごめんな」

「急に来たいって言った私が悪いんです。あっ。これはほんの気持ちです」

「気を使わなくても良いのに。とにかく上がってよ」


自分の部屋に通すと、しきりに鼻をヒクヒクさせながらあたりを気にしている。


「な、なんか変かな? 匂いとかさ」

「そんなこと無いです。シンプルで良い部屋です。それに優斗の香りでいっぱいで……」


おいおいおい……

恥ずかしいから勘弁してくれ。


「と、とにかく座ってよ」

「えっと……」


炬燵を前に萌亜は躊躇している。

そうか、考えて見れば彼女の家は洋風だった。


「好きな場所に座って。足伸ばしちゃってよ」


それでも、まごまごする萌亜に――

一番広い場所を勧めて、入りやすいように炬燵布団をめくる。


俺の方はいったん、萌亜の正面、一番入り口に近いへりに座った。


「暖かいですね…… 御粧おめかしして来て寒かったけど、炬燵って良いですね」

「うん、炬燵は大のお気に入りなんだ」

「ふふふ……」

「何かおかしいこと言った?」

「初めて男性の家に来ちゃいまし、きゃっ!」


身動みじろぎした俺の足が萌亜の足に触れ、彼女が悲鳴を上げた。


「ごめん! ワザとじゃないから」

「不意を突かれて驚いただけです。そっ、それに嫌じゃないですし……」


彼女は早口で何やら言ったが、声が小さくてよく聞き取れない。

それより――


「萌亜?」

「こ、これは病みつきになると言うか……」


そういうことはやめて欲しい。

萌亜は、炬燵に入れた自分の足を使い、俺の足を堪能しはじめたのだ。


「ちょ、も、萌亜? 控えめに言ってエロジジイみたいだぞ?」

「ええっ?!」


やっと萌亜も自分のしたことに気付いたようで、顔を赤くして俯いた。


「す、すみません」

「別に良いよ。これでさっきのとお相子だろう? ちょっとキッチンへ行ってお茶を淹れて来るな。えっと、これは食べ物?」

「はい。家にあったお茶菓子のクッキーを分けて貰ってきました」

「じゃあ、それは一緒に食べよう?」

「はい」


俺は立ち上がると、キッチンへ向かう。

お茶を淹れるのに必要なお湯は沸かしたばかり。


萌亜のお菓子をお皿に並べ、果歩が越して来た時に持ってきた宇治茶を用意した。

お盆に一式を乗せて持ってく。


「お待たせー」


そう言って部屋に入ると――

萌亜は、きちんと正座しており、その佇まいは美しい。


「粗茶ですが……」


その場でお茶を淹れ、彼女にスッと勧める。


「ありがとう」


と、萌亜。

俺は萌亜に近い席に腰を下ろし、自分の分を用意する。


「こっちのことは気にしないで飲んでよ」

「頂きます」


萌亜は、お茶を一口含んで目を瞑る。

その後、音を立てずに飲み下した。


「京都のお茶ですか?」

「分かる? 宇治茶だよ」

「我が家はいつも紅茶ですが、日本茶も悪くないですね」


日常的に紅茶を飲んでいるのは俺も知っている。

ただ、普段飲んでいない緑茶の産地をあてるとは思わなかった。


「だろう? でも、相変わらず萌亜の家のお菓子も美味しいよな」

「口に合って良かったです」


見つめ合って微笑み合った。

お茶は良い。

飲む人の人柄が、お湯を注いだお茶の様に滲み出る。


「有難うな」


自然と口から洩れた。

萌亜はこちらを向くと、目を丸くしていた。


「お前さ、いつも俺に気にかけてくれるよな。お母様もそうだけど……」


俺はお茶を一口飲んだ。


「な、何言っているの? 当たり前じゃない…… わ、私の婚約者ナイトなのですから……」

「それでも感謝しているんだ。てか、その騎士ナイトっていつまで続けるの? 実際はフリなんでしょ?」


お母さまの話を思い出して聞いてみる。

確かお母さまは、ブラフだと断言していたはずだ。


「んー、取り合えず私が良いと言うまで、です。何でそんなことを聞くのですか?」

「だって、今のクラスって、あと数カ月で終わるじゃん。新しいクラスになったら新たに誰かを任命するのだろう?」


素朴な疑問をぶつける。

クラスが変わってしまえば、職業柄彼女を守ることは難しくなるからだ。


「そそそ、そんなことある訳ないでしょ! 良いですか?! お母さまが、ああは言いましたけど、ナイトですよ? 私だけのナイト! お手当も貰っているでしょう?」


萌亜は前傾姿勢で人差し指を立てる。


お金の話をされると俺も弱い。

お手当も良いし、ここで一発金を貯めて自動車免許を取得しようなんて考えているのは内緒だ。


「いや、そうじゃなくて。クラスが変わったら……」

「大丈夫です」


自信満々に応える萌亜――

てか、その自信はどこから来る。


「でもまあ、その前に三学期になったら席替えだな!」

「大丈夫ですから……」

「はい」


何が大丈夫なのかは全く分からないが……

やっぱり萌亜は怖い……


でだ――


ここで、ちょっと思い出して欲しい。

今日は勉強会で集まったんだが……


――もうコイツに帰って貰って良いかな?

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